第4話「手を繋いでくれる人」
「……っ」
私がコレットとの出会いにのんびりと浸っているうちに、ディナさんは私を置いて帰ってしまったかもしれない。
待ち合わせの約束を交わしていないのだから、そんな展開になっても可笑しくない。
(帰ってそう……ディナさんの性格なら、絶対にあり得そう……)
複雑な地形ではない上に、私たちは徒歩で隣町へとやってきた。
街の入り口にさえ戻ることができれば、サンレードの街には一人で帰れると思う。
いい歳になって迷子かよって展開にはならないけど、自分の隣を歩いてくれる人がいないって結構心細いということに気づいた。
(アルカさんに付いていけば良かった……)
私はディナさんに嫌われてはいないと思うけど、好かれてもいないと思う。
そもそもディナさんが私に興味を持っていないことは一目瞭然で、よく一緒に暮らすという物凄い勇気を出せたなーと、自画自賛。
「少しは、仲良くしてくれてもいいんですよ」
夕飯の時刻に近づけば近づくほど、ドンナヴィの街から人の数が減っていく。
溢れた独り言を拾ってくれる人が現れても可笑しくないくらい落ち着きを取り戻していく街を見ていると、さっきまで元気だった心が寂しさを訴えかけ始める。
(荷物持ちの意味、なくなっちゃった)
どんなに拒否されたとしても、ディナさんと親しくなりたいと思っていた。
どんなに拒絶されたとしても、食事を通して命を救ってくれたディナさんにお礼をしたいって気持ちを諦めたくないって思った。
(この気持ちを捨てられたら、楽になれるのに)
お店からコレットの似顔絵を回収し終わる頃には、人とぶつからないように注意する必要もなくなるくらい賑わいが一段落した。
店じまいを始める人たちも出てきて、ドンナヴィの街が一日の終わりを迎えることを察する。
(やっぱり帰っちゃったかな……)
街から人がいなくなったわけではないから、似顔絵を回収する中でもいろんな人たちとすれ違った。
自分が見逃した人たちの中にディナさんがいたとしても可笑しくないし、まだ自分が探していない場所にディナさんがいる可能性もある。
(おとなしく帰るか、それともまだ探すか……)
浮かび上がる二つの選択肢。
街から人の数が減っているのは本当だけど、中途半端にまだ人の数が多い。
よく、好きな人のことは人混みの中でも見つけられる。なんてことを言うけれど、自分にその能力があるとは思えない。
(ディナさんのことは好きだけど、恋愛とはまた違う……)
友達未満。
一方的に自分が想いを寄せるだけの関係で、果たしてそんな荒業が可能なのか考える。
「ミリ!」
なんでだろう。
なんで、自分が迷走し始めるときに、異世界の人たちは私に声をかけてくれるんだろう。
「ディナさん……」
突然呼ばれた自分の名前に驚く私を置いて、周囲はそれぞれの帰路へと向かっていく。
「ミリっ!」
声が聞こえる。
ディナさんが私を呼んでくれている声だって分かっているのに、私はディナさんがまだどこにいるのか見つけることができない。
「っ」
せっかく、ディナさんが私の名前を呼んでくれたのに。
蔑んだ目で見られていた初めましての日々から、ようやく私たちの関係は大きく変化したのに。
(私だけが、ディナさんを見つけることができないとか……)
そんなの、嫌だと思った。
「ディナさん!」
大好きな人の、名前を呼ぶ。
「ディナさんっ!」
大切な人の、名前を呼ぶ。
大声で叫ぶ私のことを振り返っていく人たちはいるけれど、人を探しているんだと分かると、人々は私のことを無視して通り過ぎていく。
それは当たり前。
だって、私たちが生きる世界は他人同士が生きる世界だから。みんながみんな他人に興味があったら、それはそれで大変な世の中になってしまうかもしれない。
「……っ」
でも、いつかは異世界という新しい場所で、他人だった者同士が繋がる日が訪れるかもしれない。
いつかは異世界で知り合った人たちが交流を持てるようになっていくかもしれない。
「ディナさんっ!」
今日の他人が、明日は他人じゃなくなっているかもしれない。
明日の他人が、一年後には大親友になっているかもしれない。
それを、クラリーヌ様とコレットとの出会いを通して教えてもらった。
「ミリ!」
「ディナ……さん……」
「うるさい」
「うっ……」
ディナさんに見つけられた私は、ディナさんに左手を握られた。
繋がれた左手に恥ずかしさを感じるのが普通のはずなのに、なんだか私は泣きそうになってしまっている。
これじゃあ、迷子と迷子を捜している保護者にしか見えないかもしれない。
「ディナ……さん」
「あんな大声出すなって。恥ずかしい」
「ディナさんが悪いんです」
「俺?」
握られた手が、あったかい。
「名前で呼ぶなんて、狡すぎます」
「は? ミリが俺に気づいてないんだから、名前くらい呼ぶだろ」
「そうなんですけど!」
握られた手から感じる温もりが、凄く優しい。
「そっちこそ、やっと愛称で呼んでくれたな」
心の中では、ずっとディナさんと呼んでいた。
それを知らないディナさんは、とんでもなく嬉しそうな表情を浮かべて私を見つめてくる。
「なんですか? 私のこと泣かせたいんですか? そうなんですね?」
「なんで、俺が怒られるんだよ……」
駄々をこねるような言い回しをするなんて見苦しいかもしれないけど、私は最後に願いを託した。
「呼んでも……いいんですか?」
「好きにすればいいだろ」
「だって……愛称って……特別で……その、あの……」
なんで、こんなに目線をきょろきょろと泳がせてしまっているのか。
繋がれた手が離れることはないって分かっているのに、この場には安心ってものしか存在しないはずなのに、体全体を襲いかかってくる羞恥心が私の心を可笑しな方向に動かしていく。
「私、ディナさんとは、まだ親しくなれていないと思っていて……」
「一緒に暮らして何日経つんだよ」
男女が一緒に暮らすのは云々言っていたのはディナさんだったのに、ディナさんの一言一言に心を動かされていく。
完全に心臓が可笑しな動きをしていて、明日は異世界初の病院に行かなきゃいけないかもしれない。
「あの、だって、愛称で呼ばせてもらえるほど……私……ディナさんに対して何もできていません……」
「はい、荷物持ち」
片手は、私と手を繋いで。
もう片手には、夕飯の材料が入っているだろう紙袋。




