第7話「一緒に、いただきます」
「みなさんは何をかけるのが好き……」
ご夫妻が用意してくれたパンの中から、どれを選ぼうかと目線を向けていたときのこと。
目の前に座るクラリーヌ様が、私のハムエッグを熱心に見つめている様子が視界に映る。
「クラリーヌ様?」
「私は、半熟たまごが好きなのですが……」
完全に火を通したたまごが、もしかすると珍しかったのかもしれない。
「一口、いただいても宜しいかしら」
「…………もちろんですっ!」
私が返事をするよりも早く、アルカさんは取り皿を用意してくれていた。
スプーンを使って、マグカップの中で掬いやすいかたちへと変化を遂げた固々ハムエッグを取り分ける。
「それでは、みなさんご一緒に」
アルカさんの挨拶は、幼い頃の給食の時間を思い出す。
みんなで手を合わせて、朝食を食べる準備を整える。
「いただきますっ」
三人で声を重ね合わせて、今日の一日を始めるための食事の時間が始まった。
「ミリ、私の物も召し上がりなさい」
お嬢様口調のクラリーヌ様だけど、その召し上がりなさいって言葉にクラリーヌ様の優しさが込められていると気づいた。
心が喜びを感じているのが分かって、心臓が自然と高鳴っていく。
「クラリーヌ様、いただきます」
まさに私の理想通りに固まっている、とろっとろの半熟たまご。
口に入れなくても美味しいと分かって、口に入れたら美味しすぎるってことが容易に想像できてしまう。
「美味しい~」
食事を美味いと感じたら、美味しいと言葉で表現するのは当然のことかもしれない。
でも、その当然ができていなかった前世のことを考えると、こんなにも素直に美味しいと言葉を発することができている自分に驚かされる。
「ミリは、塩コショウを使うのかしら?」
「あー……」
たくさんの調味料が用意されているのに、私はそれらを使わずに基本的な味を口の中に運んでいた。
食材の味を感じるためという格好のいいことは言えず、ほかの調味料に興味を持つことができなかった前世の私が再登場。
「私は、トマトケチャップが好みですわ」
「俺は、このソースかな」
みんなには、好みの味というものがある。
私は?
そんな問いかけをしたところで、私は答えを返すことができない。
半熟たまごが好きってことくらいしか自分の好みが分かっていないけれど、食事の場へ広がっていく二人の笑顔に追いつきたい。そんな気持ちが、私の中に生まれた。
「私、いろいろ試してみたいです」
「いいと思うよ」
マグカップ一杯分のハムエッグでだけでは足りないくらいの調味料の数々に、迷いが生じる。
でも、その生まれた迷いにすら、二人は口角を上げて私を見守ってくれている。
「あ、ハムエッグをパンに乗せても美味しいかも」
「アルカ、それではマグカップで作った意味が……」
「ほらほら、リーヌもやってみなよ」
「もう」
私がトマトケチャップを選び終わると、二人は自分の好みのための食事環境を整えていく。
自分の好きという気持ちを込めた食事は、人を自然と笑顔にしていくことに気づいていく。
「ん」
口の中に、塩コショウだけでは味わうことができなかった新しい味が誕生した。
トマトケチャップの味は知っているけど、まったく新しい食べ物を発見したかのような喜びが湧き上がってくる。
「って、見ないでください!」
アルカさんとクラリーヌ様が、美味しそうに食事を食べ進める私を見つめていた。
二人の視線を独占していたことが恥ずかしくなった私は、左手を仰ぎながら風を呼び込んで、顔に溜まる熱を逃がしていく。
「ミリ」
私も、作ったハムエッグをパンに乗せてみたい。
マグカップで作った意味がなくなるとクラリーヌ様に再度指摘されると思って、身を縮まらせる。でも、私を待っていたのはクラリーヌ様の怒った顔ではなかった。
「こんなにも楽しい食事を用意してくれて、本当にありがとう」
笑顔。
言葉にすると、えがおという三文字しかないことが非常に惜しいと思う。
「こちらこそ、楽しい時間をありがとうございます。クラリーヌ様」
笑顔という言葉だけでは表現できない幸せそうな表情が、私に大きな幸福をもたらしてくれる。
自分もクラリーヌ様のような、相手を幸せにするための笑顔が浮かべられているような気がする。
「アルカさんも、ありがとうございます」
「俺からも、ありがとうね。ミリちゃん」
気がするってだけで、ここに鏡はない。
けれど、視界いっぱいに広がる笑顔を見て、私の顔にも笑顔が広がっているんじゃないかって感じることができた。
(みんなが、食事を通して幸せを感じている)
食事から生まれる笑顔に心を惹かれながら、私は新しい調味料に挑戦するために手を伸ばした。
『マグカップで作るハムエッグ』 習得




