第3話「料理長なしで作るお夕飯」
「それよりも、アルカさんが汚れちゃいますよ」
今までは心に片づけてきた言葉を、初めて言葉にして伝えてみる。
いつもなら嫌われたらどうしようって考えちゃうけど、アルカさんになら率直に伝えられるような気がした。
アルカさんが私に与えてくれるすべての優しさを大好きだと思うからこそ、私はその優しさに応えられる人間になりたい。
(私、やっぱりアルカさんに出会うことができて良かった……)
私を助けてくれたのがアルカさんで良かったと、心の底から思う。
「俺、別に汚れるのは平気だよ」
「戦闘帰りでも、衣服が少しも汚れていないので……」
「気にしたことなかったけど……確かに!」
「アルカさん、強すぎるんですよ」
自然と、この暗闇の中でも互いの口角が上がっていくのが分かる。
「私なんて、ほら、見てください! この手!」
アルカさんの手は自分の頭から離れてしまったけど、歩き出すタイミングが一緒に重なった。
「これが庶民と、お金持ちの差ってものでしょうか……」
「関係ない! 関係ないからっ!」
「絶対に汚れない服とか着てそうですよね」
「そんな服、そもそもあるのかな……」
今ある状況を楽しんだ者勝ち。
もちろん勝ち負けの世界ではないけれど、農民は農民らしく頑張っていきたい。
「ディナートさん、本当に駆けつけてくれないんですね……」
「一応は、辺境の地にいるわけだからね」
「遠いっていうのは分かってますけど!」
ヘブリックの宿屋で、体を身綺麗にした私たち。
石鹸の香りに包まれている暇はなく、私たちには夕飯を作ってお腹を満たすという重要な役割が残されている。
宿屋の簡易キッチンへと集合して、ディナさんが持たせてくれた食材をテーブルの上に並べる。
「私、申し訳ないくらい料理ができないのですが……」
「その言い方だと、俺の方ができるかも」
「ダンジョンとかで、ご飯ですか?」
「そうそう、長い時間ダンジョンに籠りたいときとか」
アルカさんと言葉を交わしていたって、望んでいるご飯は完成しない。
私たちは食材に視線を向けるだけで、どちらも手を動かそうとしない。
「今こそ、ダンジョンで培った技術を活かすときだよね!」
「よろしくお願いします……」
なぜなら、私たちはディナさんの手料理に魅了されている同士。
自分たちの料理が美味しくならないことくらい、容易に想像できてしまう。
「……ミリちゃん、包丁使える?」
「恐らく無理です」
「……了解」
「戦力不足で申し訳ございません……」
主に魔法の力を使って、モンスターを討伐するアルカさん。
でも、いざというときは刃物を使うこともあるらしくて、アルカさんは丁寧にじゃがいもを食べやすい大きさに切り分けていく。
まともに包丁すら使えない私からすれば、アルカさんの包丁さばきは神がかって見える。
「私はマーポッカの素を……」
この場にディナさんがいるのなら、マーポッカから取った出汁を使う。
でも、料理に不慣れな私たちが使うのはマーポッカの素。
恐らく、現代の日本でいうところの鶏がらスープの素だと思われる。
「待って、トンホッグの肉を先に炒めた方がいいかも」
「あ、炒めたお肉のところに、そのままスープを注ぎ込めばいいですね」
「うん、うん」
人間、できるだけ楽をしたい。
そんな想いを抱えているのは、全人類が共通だと私は信じたい。
私たちのことを考えてくれたディナさんのおかげで、今日のお夕飯は基本的に煮込んで完成させる楽々レシピ。
トンホッグを炒めるひと手間だけは、ディナさんのこだわりを感じる。
「にんにくで、肉炒めると美味しく仕上がるんだよねぇ」
「確かに、にんにくは魅惑の食材ですね」
食に関心のなかった私でも、にんにくとお肉を組み合わせることで食欲を掻き立ててくれる唯一に化けることは知っている。
焼肉屋さんで食べるお肉はもちろん、実家で炒めてくれたお肉の味を思い出すだけで私の食欲は爆発しそうになる。
「ただ……」
「ただ、香りだけは気になっちゃいますね」
「そこ! エチケットの問題とかで、にんにくを削るってどうなんだろ」
「口臭をなんとかする薬草とかないんですか」
こんな会話を繰り広げている私たちなので、もちろんお肉を炒める際ににんにくは使用していません。
そこが寂しくはあるけど、お肉は順調に熱を通して理想の炒め具合になってきた。
「そういう作用の薬草もあるんだけど、薬草を入手するのも大変なんだよね」
お金があれば、どんな問題でも解決できる。
そんな私の発想は覆されて、ご実家がお金持ちのアルカさんは慎ましやかな生活を送っているらしいことが伝わってくる。
(ご両親と不仲なのか、それともご両親の教育方針なのか……)
私がアルカさんのことを考えているうちに、鍋には食べやすい大きさに切られた玉ねぎとニンジン。そしてメイン食材のじゃがいもが投入される。
これらの野菜に熱を通すのも、私の役目。
自分の役目をまっとうするために、私は野菜とお肉を丁寧に炒めていく。
「次にキャベツ……で、次はなんだっけ」
ディナさんからお預かりしたメモを見ながら、私たちは今日のお夕飯を完成させていく。
「もうスープを入れちゃってもいいのかな」
「じゃがいもが硬そうに見えるんですけど……」
「んー、煮込めば柔らかくなるよ」
「ですね」
ディナさんが傍にいたら、怒鳴りつけられるような適当さ。
けど、堅苦しい夕飯作りが始まってしまったら、私たちは夕飯を美味しく食せなくなってしまうと悟る。
「この黄金色のスープを見るだけで、野菜にスープが染み込んでくれそうな期待感が高まります!」
今日は魔法を使った調理ではなく、魔道具から放たれる炎の力を利用してのご飯作り。じゃがいもに早く熱が通るように、魔道具の火力を上げる。
「って、アルカさん! このきのこ類って、いつ入れれば……」
「えっと、ちょっと待ってね」
テーブルの上に置かれている、見た目は舞茸のように見える謎きのこ。
野菜と一緒に炒めなければいけないのではないかと焦っていると、アルカさんはメモを見ながら手順を確認していく。
「なんでか分かんないけど、きのこは炒めなくていいみたい」
「じゃあ……今、ですか?」
「多分……」
互いの了承が取れたのなら、あとはもうきのこをスープの中に投入するのみ。




