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異世界で朝ご飯亭の広報を担当します!  作者: 海坂依里
3食目『おでん定食』を異世界に広めてみましょう
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第5話「異世界での熱中症対策」

「熱中症だな」

「申し訳ございませんでした……」


 幸いにもディナさんのお店は目の前に見えていたころもあり、私はなんとか自力でディナさんの店まで辿り着いた。


「別に謝らなくていいから! ほら、横になって!」

「軽い熱中症なので、椅子に座らせてもらえたらそれで……」


 お店の中は魔法の力で動く冷房もどきが稼働していて、熱中症になってしまった私の体を心地よく冷やしてくれる。


「寝込まなくていいってことは、何か口に含めそうか?」

「なんとか……」


 異世界にスポーツドリンクは存在しないだろうから、出てくるのは水と梅干しあたりかもしれない。

 熱を帯びた身体で妄想を膨らませてみるけれど、異世界で初めて熱中症になった私を待っていたものは想像を遥かに超えたものだった。


「飲み干す必要はないから、少しでも」

「…………これは?」


 目の前に差し出されたのは、器に入った薄茶色の液体。

 決して泥水というわけではなく、出汁をとったような透明感のある液体……。

 出汁……。


「おでんのつゆが完成したんですか!?」

「ミリはいろんなパターンのつゆがあると言っていたが、とりあえず定番のものを作ってみた……」

「二人共! 今は、つゆの話はしなくていいから!」


 まさか熱中症対策に、おでんの出汁を出されるとは思ってもみなかった。

 驚きに包まれる私を更に驚かせたのは、差し出されたつゆの温度にあった。


「冷たっ」

「熱々でもいいんだが、熱中症なら冷たい方が飲みやすいだろ?」


 つゆの温度には驚かされるけど、口の中に広がるのは驚きでもなんでもない。

 前世の私が口にしたことのある、懐かしくて優しいおでんの味。


「ミリちゃんの生きた世界がどうかは分からないけど、俺たちの世界では熱中症には冷たい味噌汁と塩むすびって決まってるんだ」


 塩分と水分を体に取り入れたいときに、味噌汁と塩むすびという発想になる異世界の人たちを凄いと思った。


「さすがに、即席で味噌汁は用意できなかった。悪かったな」

「いえ! それより、再現率が高すぎて……あの、とても感動しているってこと、ちゃんと伝わっていますか……?」


 自分の夢を否定するすべての人たちを敵だとみなしていた、前世の尖った私。

 そんな私が対人スキルに優れているわけがなく、こういうとき対人スキルが低いと不利だということを改めて学ぶ。


「伝わってるから、早く元気になってくれ」

「感謝の気持ちはじゅ~ぶん受け取ったよ」


 どんなに自分は一生懸命に想いを語っていても、アルカさんとディナさんにはこれっぽっちも届いていないかもしれない。

 私に友達って存在がいれば、二人の表情とかで、なんとなく察することができるかもしれないのに。経験のない自分を、凄く悔しいと思う。


「美味しいです……懐かしいです……これが、おでんのつゆです!」

「じゃあ、次は具材……じゃない、種の研究か」

「味見は私に任せください!」

「二人共!」


 アルカさんの大きな声が、辺りに広がる。


「ミリちゃんは熱中症!」


 おでん作りに勤しもうとしていた私たちを止める、その声が。

 嬉しすぎて、優しすぎて、前世で涙を知らなかった私の涙腺が緩み始めてしまう。


「ミリさん、このおでん定食ってものをいただきたいんだけど……」

「品数が多くて、私たちでも食べ切れるのか心配で……」

「このイラストは、おでんの種を追加したい人用……つまりは、いっぱい食べたい人に向けたイラストになっています」


 ただの絵描きが、異世界におでんという食文化をもたらしました。


「種はお好きな物を三品選んでいただいて、追加したい場合は追加料金をいただくかたちになっております」

「知らない食材ばかり……」

「あー、でも、ミリさんのイラストを見てると、初めての食材にも挑戦したい……」

「初めての方に食べやすい種は……」


 と言っても、おでんが世界に広まるまで時間がかかるのは承知済み。

 私たちは、おでんを求めにお店を訪れる人たちを精いっぱいもてなす。

 それが、ディナさんのお店を盛り上げるためにできること。


「冷たいおでんと温かいおでんが用意できますよ」

「冷たい方で!」

「ありがとうございます!」


 気温が高い日が続いていることもあって、冷たいおでん定食の方へと人気は傾いている。でも、体を温めたいって人も、もちろんいる。


(麺類以外で、冷たいもの温かいものが選べるって新鮮なこと)


 そして異世界では馴染みのない定食文化が始まったことで、おでん定食は次から次へと注文が入るようになった。


「いやー、定食ってやつは凄いな」

「ありがとうございます」

「こんなに満腹になるまで食えるとはなー」

「ミリが……新しく雇った彼女のおかげです」


 アルカさんとディナさんの、今という時間をいただいている。

 時間は無限ではないからこそ、二人が私のために割いてくれた時間に恩を返したい。


「あれ? おでん定食のポスターとメニュー表は完成したんじゃなかった?」

「品数が多く見えるみたいなので、三品選べるってところを強調するイラストに変えてみようと思いまして」


 お店が営業時間を終え、ディナさんは賄いの準備中。

 アルカさんは明日以降の発注を受けている最中で、私は大好きなお絵描きの真っ最中。

 ただし、絵を描くことに没頭しすぎて、睡眠時間を削ることは禁止された。

 熱中症どころか、健康に生きるためには、睡眠と食事が欠かせないとお二人からの忠告。


「できた」

「ほら、ミリちゃん」

「はい! 今、行きますっ!」




『おでん定食(冷)(温)~種は3品お選びいただけます。追加も喜んで~』

ポスター・メニュー表 完成

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