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異世界で朝ご飯亭の広報を担当します!  作者: 海坂依里
3食目『おでん定食』を異世界に広めてみましょう
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第3話「異世界で初めての釣り体験」

「ミリ?」

「あ……たくさん煮るときのことを考えて、つゆは多めに準備しないとですよね」

「だな、煮物になったら意味がない」

「はい……」


 ディナさんが、笑顔を向けてくれたことが意外。

 そう、素直に口にすることができなかった私は、おでんの話で誤魔化した。

 おでん作りに夢中なディナさんは私の変化に気づかなかったけど、そこにほっとしてしまった。

 一瞬、寂しさのようなものも感じたけど、多分、きっと、気のせい。


「おでんといえば、定食でしょうか」

「…………」

「おでんをメインにして、ご飯と……あー、私では、添え物の案が何も……」

「定食ってなんだ?」

「…………え!?」


 言われてみると、ディナさんのお店には単品の料理しか置いていない。

 たくさんの量を食べる人たちは、単品の料理を何品も頼むことで満足して帰っていく。

 単品を何品も頼まなければ、お腹が満たされない。

 接客をやっていながら、その事実に気づいていなかった。


「ご飯と小鉢……汁物を事前に組み合わせて、お客さんに一気に出すものを定食と言います……」

「絵で説明してもらえるか……」


 異世界で定食という言葉を説明することの難しさに涙しながら、私は自分が頭に思い描いたおでん定食をディナさんに提供した。


「勝てます……」

「なるほどな、単品を何品も頼む必要はなくなるってことか」

「勝てますよ! 定食文化を私たちが広めるんです!」


 私にとっての当たり前は、異世界では当たり前ではない。

 異世界にとっての当たり前は、私にとって当たり前ではない。

 それを理解した私たちなら、最高のお店を作ることができる気がする。


「とりあえず、魚が必要ってことだね。りょーかいっ」


 おでんに仕込む練り物を作るために、アルカさんと魚を調達するために川へとやってきた。

 川では子どもだけでなく大人の姿も見られて、それぞれが釣りを楽しんでいるのが伝わってくる。


「どんな魚が必要か、まったく分からないのですが……」

「そこはディナに任せるとして、俺たちはなるべく多くの魚を持ち帰ろっ」

「よろしくお願いします」


 せっかく前世の記憶を引き継いでいるのに、異世界に転生した際に知識を活かすことができていない。

 おでんをなんとなくの知識で説明することはできても、調理する側のディナさんにとっては情報がなさすぎて苦労していると思う。


(でも、アルカさんもディナさんも、私に謝罪は求めていない)


 妄想に浸るのは大得意だけど、人と関わっていく上での妄想は控えた方がいいのかもしれない。

 どんなに私の頭で妄想を繰り広げても、実際に返ってくる言葉はまったくの別物だということを二人が教えてくれる。


「っていうか、異世界から来たって発想が面白いんだけど」

「ありがとうございます……」

「ミリちゃんなら、いい物語を書く人になれそう」

「ありがとうございます」


 私は、役立たず。

 役立たずなことを責められたり、咎められたりという展開は決して起きない。

 想像していたような展開は、現実ではそうそう起こらないのだと学んだ。

 落ち着いて周囲を見渡せば、太陽の光を浴びることで更に輝きを強める新しい世界。

 何も怖いものは待っていない。

 そう言われているみたいで、なんだか心がくすぐったくなった。


「さーて、適当に《《ネリモノ》》の材料になる魚を捕まえようか」

「はい、頑張ります!」


 釣りはやったことがないけど、新しいことを経験するのがとても楽しみに思えるようになってきた。

 初めての釣りが、私にどんな感想をもたらすのか。

 釣りから受ける影響を、私の心臓はどくりどくりと変な音を立てながら待ち望んでいる。

「釣り竿か何か……」


 釣り竿を手渡されるものと思いきや、アルカさんは何も手に持っていない。

 アルカさんと一緒に川っぽい場所に来たはずなのに、どこかから肝心の釣り道具をアルカさんが取り出すという展開にはならない。


(異次元から、道具を取り出す的な展開ではない……?)


 アルカさんは手に何も持たずに、私に手を振っている。

 まるで私とアルカさんが待ち合わせ場所に到着したような感覚を受けるけど、今はそういうときではないと知っている。


「魚は雷属性の魔法で……」


 アルカさんが川に手を突っ込んだだけで、すぐに底に手がつくくらい浅い川。でも、異世界での魚捕りは、川の深さを私に教えるだけでは終わらなかった。


「痺れさせて、捕獲する」


 人生初の釣りを体験してみたかったような気もするけど、これはこれで斬新だなーという感想がすぐに生まれてくる。

 そんなことを思う自分は、もう異世界での生活に順応し始めているのかもしれない。


「一応お尋ねしますが、釣り竿はありますか?」

「あるけど、面倒じゃない? いちいち魚が餌に食いつくのを待つなんて」

「あー……なるほど」


 釣り経験はない。

 釣り経験はないけど、現代の日本で釣りを好まれている皆様にとんでもない発言を繰り出されたことだけは判断できる。


「モンスターを捕まえるとか、怖くない?」

「怖くはないですけど、緊張はしますね」

「ははっ、でも、この川は化け物級のモンスターとか出てこないから大丈夫だよ」


 目の前にいるアルカさんが、物凄く頼りがいのあるお兄さんに見える。

 私にとっての救世主的存在のアルカさんを自分の視界に入れるだけで、なんだか顔が火照ってしまうのは吊り橋効果ってものなのか。


「早く帰って、ディナさんに練りものを作ってもらわないとですね」


 顔に宿ってくる熱を紛らわせるためにも、私が使用できる最低限の魔法に意識を集中させる。


(少し意識するだけで、簡単な魔法が使えるなんて……)


 想像していた異世界生活とは少し違っていて、魔法を使うのに、そこまで集中力が必要ないところが悔やまれる。

 物語の世界で描かれるような、魔法学園に入学編は私に必要ないらしい。


「あ、魚は少し多めに捕ってね」

「失敗したとき用ですか?」

「地主さんに支払う用だよ……」

「急に現実的ですね……」


 何事にも、何かを借りるには、お金が必要だという現実の厳しさは、どの世界も共通ということらしい。


「あれ? でも、魚でいいんですか? お金ではなくて」

「魚が大好きな人だから、それで大丈夫」

「なるほど」


 お金を要求してこないところは、少し良心的。

 とは思うけれど、潔くお金を払った方が後々に揉め事にならないような気もする。

 お金がすべてではないと言うけれど、お金が人生を左右するといっても可笑しくはないと私は思っている。

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