第2話「美味しいご飯は、お互いの距離を縮めるのにも役立ちます」
「そうだ! 私には絵で再現するという手がありましたね」
アルカさんにいただいた絵を描く道具を、ディナさんからいただいた木箱の中から取り出す。
木箱の中に何が入っているか把握していても、私に与えられたおもちゃ箱のような木箱には夢がいっぱい詰め込まれている。
「賄い作りに集中するから、おでんの絵は頼んだ」
「あ、はい……」
絵を描く段階になって、私はあることに気づいた。
(絵を描く道具って、消耗品ばかり……)
前世の日本ではデジタル機器を使って絵を描くことができたけど、異世界ではそこまで文明が発展していない。
これらの道具を使い切ったら、私はまたアルカさんに頼るのか。
(アルカさんはダンジョンで拾ってきたと言ってた……)
絵を描くために、アルカさん並みの財力は必要ないということ。
でも、ダンジョンという場所に赴く際の戦力が必要だということに気づいてしまった。
(絵描き兼、食材調達に接客に冒険者???)
異世界に来てから、こんなに職業が増えることになるとは思ってもみなかった。
どれだけ働くつもりなのか。
自分で自分にツッコミを入れたくはなるけれど、どれも自分でやってみたいと申し出たこと。
(不安はあるけど、やっぱり今の生活が楽しい)
四つも職業があったとしても、体を酷使するまでには至っていない。
好きな時間に好きなだけ働くというスタイルを許してもらっているおかげで、毎日楽しく労働させてもらっている。
「ディナさん、ディナさん、こんな感じです」
楽しいって気持ちを持って挑んだ、おでん紹介のイラスト。
なかなか雰囲気ある絵を描けたって自信はあるけど、大変なのはこれからだった。
「この茶色いのは?」
「これは練りものですね」
ディナさんが、ちくわやさつま揚げに目を向けてくれる。
「練りものって?」
「…………魚のすり身を成形して、熱を加えたものです」
練りものを言葉で説明しようとすると、なんだかとても美味しくないように感じるのは気のせいだろうか。
「……魚が必要ってことか」
「はい……恐らく……」
私が前世で料理人スキルを持った人間なら、その能力が今の世界にも引き継がれたかもしれない。でも、残念ながら、前世の私には料理人スキルどころか調理スキルすら備わっていない。
ただ、絵を描くことが好きな人。
食費の優先度はかなり低く、生きることができる最低限を口にできればそれでいい。
「そんな人間で、申し訳ございませんでした……」
「知識のことか? 別に気にすることないだろ」
「え」
「未知なる料理を作るって、好奇心くすぐられて楽しい」
おでんに対する関心度のなさを嘆こうとすると、ディナさんは前向きになれるような素敵な言葉を私に贈ってくれた。
まさにプレゼントを贈られたときのような、そんな温かい気持ちが心に生まれてくる。
「味が分からなくたって、こっちの世界に合わせた味にするのは俺の役目」
「…………」
「ミリが落ち込むところなんて、どこにあるんだ?」
「あ……ありがとうございます!」
おでんの絵を描くことでしか、ディナさんに協力することはできないと思っていた。
でも、絵を描くだけでいい。
私という存在を肯定してくれるディナさんの言葉が、とても嬉しい。
「あと、出汁は濃い目に作った方が美味しくなるというのが個人的な見解です」
「へえ」
「異世界にも出汁文化があるので、そこの説明は大丈夫ですね」
初めて異世界転生をしたときに食べた、あのおうどんの味は今でも忘れられない。
ディナさんは私にいろんな物を食べさせようとしてくれるから、なかなか同じメニューと再会することが難しい。
そんなディナさんの気持ちが嬉しくもあり、うどんが恋しくなる理由にも繋がってしまう。
「ミリにとって馴染みのある出汁は、魚のアチートを乾燥させたものを削ったり、海藻類のケルネールを使うやつだな。普段は肉や野菜、香草を用いた出汁を使うことが多い」
魚のアチート、海藻類のケルネールという謎の単語が並ぶ。
絵を描くのが得意な身からすると、その謎の単語の正体と対面してみたい。
けれど、その食材が万が一グロテスクな外見をしていたら、私は食事ができなくなってしまう可能性がないわけではない。
非情に葛藤しながらも、今日も私は魚のアチート、海藻類のケルネールの見た目を知らずに生きている。
「出汁に、お醤油とかを加えて、つゆの味付けをしていきます」
現代日本にはあって、異世界にない食材はたくさんあると思う。
でも、醤油や味噌といった調味料は共通している。
おかげで、前世で食に関心を持ってこなかった私でもディナさんに食べ物の説明がしやすい。
「味噌味とか、塩味とか、あっさり味とか、いろんな味があるんですよ」
「へえ、人気な味を残すってのもやってみてもいいかもしれないな」
「でも、我がお店には料理長しかいませんよ? ディナさんが、おでんに集中することになっちゃいますよ?」
「俺の負担は察してるんだが、この世界でどんな味のおでんが馴染むか……やってみないとわからないってところがな」
「もっと負担を加えるなら、おでんの種も地域性があるみたいです……」
さすがに、どの味にどの種が馴染むのかという知識がない。
全国を巡って食べ歩くことをしたことがない私は、ぼんやりとした知識をディナさんに与えてディナさんを混乱させていく。
「いろいろ試せるの、面白そうだけどな」
でも、ディナさんの表情は楽しそうに見えた。
さすがは料理人。
そんな言葉が出てくるくらい、ディナさんの生き生きとした表情にプロ意識というものを感じる。
「私のお母さんが言っていたんですけど……」
お母さんが私に伝えてくれた料理の知恵がかすかに頭に残っているけど、娘は料理をしない娘に育ってしまった。
私は母が与えてくれた知識と経験を活かすことができなかったけど、ディナさんなら私の前世を活かしてくれるかもしれない。
「おでんは煮物のようなものなので、煮汁が冷めるときに味が染み込みやすいんです」
「ああ、なるほどな。煮込んだあとに冷ませってことか」
「そのあとに、冷やしおでんにするか、あったかいおでんにするかは好みだと思います」
「季節的に夏だから、冷やしおでんの方が美味そう」
私の家では、おでんは冬に食べる物っていうのが定番だった。
冷やしおでんを経験したことがない私からすると、ディナさんが作る冷やしおでんの味を妄想するだけで食欲が掻き立てられる。
「煮込む時間を考えると、結構時間がかかりそうだな」
「個人的には、種にしみっしみなおでんが好きです! が、これも個人の好みがありますよね……」
「個人の好みだろうと、ミリの話を聞かせてもらえるのは参考になる。他人の話を聞くのは楽しいよな」
私に向けて、楽しいという言葉を口にするディナさん。
いつも鋭い目つきを私に向けてくるようなディナさんが、私に対して、こんなにも簡単に笑顔を向けてくれたことが意外だった。




