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アルスストーリア  作者: ればにらのにもの
2章『イロモノ教会の修道女』
9/18

戦闘の末

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「クソッこりゃまずいな…」

グレゴは何度もザニファスの攻撃を受け、ボロボロになった得物を見てそう呟いた。奇跡的に死者は出ていないが、いつ自分か、それ以外の誰かが死んでもおかしくはない。現に何度も攻撃を受け止めた彼の骨は何本かヒビが入っていた。隣をちらりと見ると、息も絶え絶えで今にも倒れそうなクロエが両膝をついてザニファスを睨みつけていた。彼女がそれほどまでになっているのは、弱点を探すために、短時間に何度も何度も魔法を使っていたためだ。

「はぁっ…はぁっ…『力の根源たる…土のッ…幻素よ…えぐ…れぇ…』バレッ…トぉ…」

手のひらを向け、中級魔法の詠唱をするも、小石程度を発現させる魔力しか彼女には残されていなかった。

「おや、クロエさん、貴女…魔力欠乏状態ですか?エルフというのは高い魔力を持ち、特に髪の色が金に近ければ魔力が多く何百発と魔法を放てると聞いていましたが…やはり混ざり物である貴女は少し違うのでしょうか?」

「何百発なんて…金髪のエルフが…みんな…私の…伯父さん並なワケ…ないでしょ…」

それだけ言うと、クロエが倒れる。あんな風に倒れてしまっては格好の的でしかない。

「くっ…!」

グレゴは攻撃を受けた時に怪我をし、痛む左足を振るい立たせ、彼女の元へ跳ぶ。担ぎ上げ、安全そうな場所を探しながら走り逃げる。しかし、どこへ隠れたとしても奴が本気で魔法を使えば村全体が廃墟へと姿を変えるのは時間の問題だ。安全な場所などここにない。それに自分が逃げてはシュレイやその母親、村の人々が犠牲になってしまう。グレゴはその最悪の結果だけはなんとしても避けたかった。

「どこへ隠れたんですぅ?貴方がたのせいで随分無駄な時間を過ごしました。ですから、楽には殺しませんよぉ?」

「殺す」という言葉を使っている彼に失笑するも、グレゴは覚悟を決めた。今まだ教会にいるであろう相棒を信じていない訳ではない。彼女ならば形勢を逆転させてくれると信頼している。だから、自分にできるのはその時間稼ぎだ。

「ここだぜ!バケモン神父!」

グレゴはもう折れそうな斧を持ちザニファスと相対する。

「ハハハハッ!やっと観念しましたか!貴方の次はクロエさんです!」

(へへっ、これが死か…)

悔いはない。そう言いたいところだが、大いに悔いはある。

(ラニとクロエに先に逝くって謝らねえとな…それにシュレイにも…)

グレゴはただ目を瞑り、その時を待つ。しかし、その時は訪れず、予想外のことが起こった。ブシュウ、と何かが溶けるような音とザニファスの悲鳴とが聞こえた。それはつまり、彼女が間に合ったことを意味していた。

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「待たせたな相棒」

「泣かせてくれる演出じゃねぇか」

グレゴは満身創痍になっていた。血だらけで埃に塗れ、あんなに大切にしていた斧はもう斧とは呼べないボロ切れだ。

「悪い…俺は寝るぜ…」

「ああ、起きたら全部終わってるから、ゆっくり寝てろ」

グレゴが地面に倒れる。あそこまで頑張るなんてすげぇ奴だ。さて、探す手間が省けて幸運だ。

「なぜ…なぜなぜなぜなぜディジヤ様から貰い受けた私の体が…貴女…アナタアナタアナタアナタッ!さては毒を使いましたね!?やはり悪魔の遣いだ!」

「ピーチクパーチクうるせえよ…!人のことを悪魔の遣いだの舐めたこと抜かしやがってクソ野郎が!」

「なっ!」

「今私が投げたのは聖水だよ…教会に大量に備蓄してあったな」

聖水、その単語を聞いた瞬間奴は呆然とする。

「聖水で…ワタシの体が…溶け…?それではまるで、この姿が魔物と言っているようなものではないですか…?」

「まるで、じゃなくてお前は魔物なんだよ。分かっただろ?その姿は神様がお前に与えたもんじゃねえってことが」

奴の顔が苦悶に満ちた歪んだ表情へと変わる。

「...ナイ...トメナイ...ミトメナイミトメナイミトメナイミトメナイィィィィィ!」

ここまで来ると怒りを通り越して哀れに思えてくる。許すつもりはさらさら無いが。

「今だ!みんな!」

廃墟となった家屋の陰に隠れていた修道女達が一斉に聖水を投げつける。

「ぐぎゃあああああああああ!」

もろに喰らった奴がブスブスと音を立てて崩れ去る。あれほどまでに強大な力を持っていたのにも関わらず、なんて呆気ない最期だろうか。

「って…そんな簡単にくたばるわけないよな」

溶けた化け物の体の中心であったと思われる場所に顔の半分が無くなっている神父がうつ伏せに倒れていた。

「ワタしのシタこトがァッ…間違ッていルわけガなィィィ…」

「見上げた根性だよ、お前の考えはよくわかったからそろそろくたばってくれない?」

「セめて道連レにィ!『力ノ根源たル水の幻素よ、穿テェっ!』アイス…」

「諦めの悪い奴は好きだけど往生際の悪い奴は嫌いだよ」

物騒な魔法を唱えようとしてた奴の首を刎ねる。今度こそ奴の体が力なく地面に倒れ、溶けて消える。 人を殺したのは人生で 2 度目だが、本当にいい気分がしない。深くゆっくりとため息を吐く。

「イサベル、アイツらを治療してやって」

「はい!もちろんです!」

その後、村の外へと避難した人たちが帰ってきてから村中を見回ったが、幸いにも死者は出ていなかったようだった。シュレイもなんとか無事に逃げられていたようだった。神父が持っていた本は聖水を浴びた影響かぐずぐずに溶けていた。これでとりあえずは一件落着と、そうした。そうしたかった。

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数日の時間が流れた。

長い間昏睡状態にあったパウラも目を覚まし、神父に代わり教会の最高責任者となった彼女が起きたということで今回の騒動の責任を追及されたが、『神父は悪魔に操られてしまい、あのようなことをした』、『村の復興にはディジヤ教が全ての補償を行う』ということで一連の騒動は呆気なく終わりとなった。私たちも何かしら責任を問われると思ったが、彼女が機転を効かせて暴走した神父を打ち破った英雄としてくれたおかげで、村の人々から称えられた。クロエへの視線も若干は変わったとは思う。 そうしているうちにグレゴはだいぶ動けるようになり、クロエの魔力もほとんど回復したため、私たちは村を出立することにした。

「おじさん達、もう行っちゃうの?もう少しここにいなよ!」

シュレイが引き止めてくる。

「止めてやりなさんな、シュレイ。旅人が旅を止めるのは死ぬことって言っても過言じゃないんだよ」

それは過言だろ。

「悪いな、おじさん達はやらなきゃならねぇことがあんだ。なーに、終わったらまた戻ってくるからよ、そん時に一緒に冒険しようぜ、な?」

グレゴは本当に子供の扱いに慣れたものだ。

「絶対!ぜぇーったい!戻ってきてね!待ってるからね!」

「ああ、男同士の約束だ!」

2人はがしっと強く握手を交わす。男同士の約束、か。これが青春ってやつなのかね。歳は親子並に離れているが。

「アンタらこれからどうするんだ?」

「まーそのうち新しい神父が派遣されてくるだろうし、それまで代理でアタシが神父をやるさ。女だったらなんて言うんだろうね?神の婦女で神婦とか?」

この人というのは本当に軽い。本当に土手っ腹に穴が空いて数日間倒れていた人間か?しかし、他の修道女に心配をかけないためにそう振る舞っているのかもしれないし、ツッコむのはよそう。というかそうであってくれ。

「まぁ、旅に疲れたらいつでも戻っといでな。アンタらならいつだって歓迎するよ」

「ありがとう。色々世話になった」

いざ次の街へと旅立とうとしたその時、

「お待ちください皆様!」

イサベルが呼び止めてきた。

「どうか、どうか私もご一緒させていただけないでしょうか!」

「ダメだ」

「どうしてですか!?炊事に洗濯もこなします!治癒系統魔法だって使えます!決して足手纏いにはならないと自負しております!」

「あのな、イサベル、行楽と違って旅に安全は保証されてないんだ。怪我はするし、最悪死ぬかもしれない」

「承知の上です!その時は私の魔法で治療します!」

この子は本当に押しが強い。だが、今回ばかりは折れるわけにはいかない。何かと戦った経験すらない少女を私たちの旅に同行させては無駄に命を消費させるだけだ。

「それに、アンタはここに必要な人間だ。アンタほどの腕があれば、ここの修道院を訪れるけが人たちをすぐ治療することも出来る」

「他の子たちだって出来ます!リネアも、マールも!私が魔法を教えたのですから!」

私は後ろで見ているグレゴとクロエに視線を送り助け舟を要求する。

「今回ばかりはラニが正しいぜ、イサベル。諦めな」

「そうよ、ベルちゃん。私たちの旅は過酷なの。貴女が死んでしまったらここの人たちはみんな悲しむのよ?それって辛いことでしょう?」

「ですがっ…私は…!」

「アンタからもなんか言ってくれよ、パウラ」

育ての親の 1 人である彼女からも止められたら流石に折れるだろう。折れてくれないと困る。

「行っといで、イサベル」

そうそう、同行を諦めるように…ん?

「今なんて言った?」

「おや、若いのに難聴かい?アタシはその子に『行っといで』って言ったんだよ」

「はぁ!?バカかお前!」

思わず声を荒げる。自分の言っている事が分かっていないのか?

「イサベルはね、小さい頃から自分は後回し、後回しの控えめな子だったんだ。その子が自分からやりたいと言い出したことにアタシ…いや、アタシらが口出しできる道理なんてないだろう?みんなは止められるかい?」

修道女たちはみんな口々に「イサベルに頼らないでもやっていけるってことを証明しなくちゃ!」だの「安心して旅してきなよ!」だの言っていた。三対十数は数が違いすぎるだろう。

「パウラ様…皆様…」

だからって主張を曲げるわけにはいかない。

「それだとしても、彼女は連れて行けない」

「おや、そうかい」

やけに物分かりがいい…いや、コイツ絶対碌なこと考えてない。本能的にそう感じた。

「あー残念だねぇ、イサベルはずぅーっとアンタらのことを助け続けたってのに、酷いひどーい旅人さんはその子を足手纏いだと思ってたんだって。こーんなにひどい話があるかい?」

うっ…痛いところを。

「それに、世間様から見てどうだろうねぇ、聖水を大量に提供した教会の頼みも断る上に短い間とはいえ献身的に補助してくれた少女を足手纏いと捨て置いていく旅人三人、これじゃあ誰が悪人かわからないねぇ…」

「…それは脅しのつもり?」

「脅しだなんて人聞きの悪い、ただの客観的な事実(ほんとのこと)だよ」

くっ…脅すとは言ったが実際大いに世話になった。言い返す言葉がない。

「…ラニ、どうするんだ?」

「……………」

「黙ってちゃわからないでしょ、どうするの?」

2人から同時に詰められる。ザニファスが暴走しなければ、イサベルに大きく世話になったのが寝床と食事の提供の借りは返したで済んだのに…あの野郎死んでも迷惑をかけやがって…

「ああ、もう!わかったよ!連れていけばいいんだろ!?」

「ラニ様!」

イサベルが抱きついてくる。パウラを見ると、してやったり顔でニコニコ笑っていた。クソ が。

「おいおいラニ…」

「貴女…」

うるせぇ、自分で蒔いた種ってことぐらいわかってらぁよ。

「その代わり!足手纏いだと感じたらすぐにここに帰らせるからな!」

また断りきれなかった。いや今回ばかりは私が全面的に悪いのだが。

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あの後、イサベルは修道女たちや村の人々との別れを済ませ、改めて私たちの旅仲間となっ た。選別として大量の聖水ももらった。どう使えと。

「それにしてもすげぇことばっかり起きたなぁ」

すげぇこと、で片付けるには少々事が起きすぎな気もするが同意する。

「こんなこと、もうこれっきりにして欲しいもんだよ」

「そうそう起きないわよ、聖職者が魔物になって襲ってくるなんて」

コイツが言うと碌な事が起きそうにない。同行が終わるまで頼むから同じような事が起き ませんようにと今だけは神に祈らせてもらおう。

「イサベル、今だけ神頼みするのってアリ?」

「ええもちろんです!何を祈るんですか?」

「クロエの言った事が本当に起こりませんようにって」

「どういう意味よ!」

クロエが私に手のひらを向ける。

「バカっ!それは洒落にならねえだろ!」

「問答無用よ!」

魔法を使われたら私は一目散に逃げるしかできない。いつか魔法切れるようになって仕返 ししてやると心に誓う。


「止めなくてよろしいんですか?」

イサベルがグレゴに聞く。すると彼は笑いながら彼女の頭を撫で、答える。

「大丈夫大丈夫、こういうので絆が深まるもんだから」

「そうなんですね…よーし私も!」

そうして彼女らの戯れ合い(じゃれあい)にイサベルも加わるのだった…


ラニ達の旅はまだまだ続く。


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