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アルスストーリア  作者: ればにらのにもの
2章『イロモノ教会の修道女』
7/18

不安

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1 日ぶりとなる村に着くとやはりというかクロエは腫れ物を扱うような、蔑んだ目を注がれた。シュレイとも偶然会ったが、再会を喜ぶ彼とは対照的に彼の母親は怯えた目でこちらを見ていた。つい教会の修道女たちの態度を見て忘れそうになっていたが、これがこの世界の現実なのだ。

「皆様、早く行きましょう…」

いたたまれなくなったのかイサベルは先に村の外へと向かって行った。私たちも彼女に続き、その場を後にした。


まさか2日連続で同じ森に入る羽目になるとは思いもしなかった。しかし、この森か。昨日ブディグルモはいたものの、それ以外の生物の気配はあまりしなかった。

「食べられるやつがいればいいんだが…」

「こんな深い森なんだから、鹿とか兎とかいるだろ。それにこっちは 4人固まってるからな、警戒して出てこねえのかも」

確かに一理ある。

「それじゃあ二手に分かれて探すのが効率的ね」

「まあ妥当だな」

ちょうど 2 人ずつで手分けが出来る人数で良かった。そこだけは止められなかった神父に感謝すべき点だ。

「で、どう分けるんだ?」

「わ…私はラニ様と組みたいです!」

ふむ、まあグレゴみたいな筋肉だるまと組むのは年頃の少女からすれば厳しいものがあるだろう。それにクロエと組むのも後衛と後衛になるうえ、私とグレゴにもしものことがあった時に回復できる人材がいないと困る。

「いいけど、2人もそれでいい?」

2人も同意見だったのだろう。すぐに頷き、組み分けは決まった。

「それじゃあ、日がてっぺんになる頃にここに戻ってくること。目印は…このでかい木でいいか」

というわけで、私たちは手分けして獲物を探し始めた。

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「あの、ラニ様」

不意にイサベルが話しかけてきた。

「ん?どうしたの?歩くのが早かった?」

「いいえ、その、聞かせてほしいことがあるのです」

なんだろうか、何かおかしなことでもしていただろうか。

「なに?」

「…その、ラニ様とグレゴ様は所謂『男女の関係』というものなのでしょうか…?」

思わずずっこけそうになった。何がどうしてそうなるんだ。

「ただの旅仲間だよ!た・び・な・か・ま!」

「そうなのですか?」

「そうだよ!なんでその結論に至ったんだよ!」

「えっと…ついこの間村に来られた吟遊詩人の方が『旅をする男女は大抵夫婦だ』とおっしゃっておられたので…」

はあ…吟遊詩人ってのは碌なもんじゃない。私とグレゴが夫婦だ?天と地が手を取り合って踊ったとしてもあり得ない。そんな私の様子を見てイサベルがおろおろとしだした。

「…あの…気分を害されたのでしたら申し訳ございませんでした…」

「いーよいーよ別に。気にしてない気にしてない」

それを聞くと彼女はほっと胸を撫で下ろしていた。ところで聞きたいことがあった。

「そういやイサベル、あんたはいつから魔法が使えるの?」

「ええと…実のところ私にもわからないのです。10 数年ほど前に屋根から落ちて大怪我をした大工のザック様の傷を治そうとして発動したのが最初だと聞かされております」

「ちょっと待って、あそこの村の人にその力を知られてんの!?」

「は、はい…いけないことでしたか?」

まずくはないか?治癒系統の上級なんて様々な現場、特に戦場では引っ張りだこな力だ。たとえ聖職者であっても強制的に徴兵されるというのはよくある話で、この目の前にいる少女はなぜきょとんとしていられるのだろうか。

「いけないわけじゃないけどさ…なんか兵士みたいな人とか来たりしなかったのかなって」

「いいえ、そのような人たちは見たことも聞いたこともございません。」

あの村の人々は善人が多いようだ。情報提供して実際に居たとなると報告者には最低でも数百のレイダル金貨がもらえるというのに。

「あの…その兵士様とお会いしていなければ何か不利益が起こるのでしょうか?」

「ん?いや、別にないならいいんだ。ただイサベルの周りにはいい人が多いねって話」

「はい!神父様もパウラ様も修道院のお友達の皆様も、村の皆様もいい人ばかりです!」

彼女は誇らしげにまっすぐな瞳でそう言う。そんな彼女に癒されつつ私たちは森の奥へ奥へと踏み入っていった。

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「いた…」

歩き始めて1時間ほどだろうか、ついに野生動物を見つけた。鹿だ。

まだこちらには気付いていないだろう。ゆっくりと獲物へと息を殺し近づく。木の枝を踏むようなヘマをしないように足元を警戒しつつ一歩、また一歩と距離を詰める。もう鹿の呼吸するたびに少し膨らんでは縮む腹が目で確認できるほどだ。大人の背丈ほどの木の皮を食み始めた。今しかない。私はその横から勢いよく飛び掛かり、抜いた剣の切っ先を思い切り鹿の腰に突き刺す。驚いた鹿は私を蹴り上げようともがくが、側部にしがみついているので蹴り上げることが出来ない。さながら大きく揺れる船から振り落とされまいと甲板にへばりつく船乗りのようだった。暴れているうちに内臓が剣先でかき回されたか、数分で鹿は力尽き、動かなくなった。額の汗を拭い、一息吐く。

「まずは1匹、と」

この1匹だけではまず足りないだろう。もうあと2、3匹は狩っておきたい。持って帰るのが面倒になるがまぁいい。

「すごいです!ラニ様!」

遠くで観察していたイサベルが駆け寄ってきた。

「狩りというものは罠にかけたり、弓で狙撃したりするものと思い込んでいましたが、まさかあんな豪快な方法があったなんて!」

「普通はそうなんだけどね…。…危ないから私の真似はしないでね?」

「えっ…村の外では皆様ああやって狩りをするのではないのですか?」

「まさか、あんなやり方命知らずのバカだけしかやらないよ」

そう答えるとイサベルの顔がみるみる赤くなった。

「ラニ様!」

「は、はい」

思わず姿勢がぴんとなる。非常に怒っているのは誰の目から見ても明らかだった。

「そんな危険なことはおやめください!いくら私が回復系統の魔法を使えるとはいえ、癒すことの出来る傷には限度がございます!」

「ご、ごめんなさい、もうしません…」

年下の少女に説教されるとは、情けないことこの上ない。

「わかればよいのです。今ここでディジヤ様に誓ってください。もう危険なことはしないと」

っ…神に…誓う…?

「それは出来ない。旅人である以上危険は常に隣りあわせだ。…それに、神になんか…」

イサベルが反論されたからかびっくりしたような、困惑したような目でこちらを見ていた。

「神に誓うことは出来ないけど、イサベルになら誓うよ。あんたの近くでは危険なことは出来るだけしない。ごめんね、これだけしかできなくて」

「…私も申し訳ございません…ラニ様の価値観を蔑ろにしていました」

なんか微妙な空気になってきた。せっかく狩りが成功したというのにこれじゃダメだ。

「ね、ねぇイサベル、今から血抜きするからさ、手伝ってくれない?」

話題の切り口が見つからなかったからと言って適当にやりすぎたか…?

「はい!ぜひ!」

良かった。なんとかなったみたいだ。

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その後、私たちは獲物を探して森の中を歩き回ったものの、まったくと言っていいほど獲物が見つからず、結局日も高くなってきたので、待ち合わせ場所へと血抜きした鹿を抱え戻った。

「おうお二人さん、随分と遅かったじゃねぇか」

戻るとグレゴとクロエは得意げに出迎えてくれた。彼らの後ろを見ると大きめの鹿が2頭に角兎が6羽、さらに野鳥が5羽転がっていた。

「わぁ!大猟でしたね!」

「へへっクロエの弓の腕があってこそだぜ」

「ふふん、もっと褒めなさい!」

くっ…まさかクロエの弓の腕がこれほどまでとは…。

「競ってはなかったけれど、今回ばかりは完敗だわ」

私が両手を少し上げてひらひらして見せると、さらに満足げにしていた。

「さて、出ねぇとは思うが、一応これを狙う動物が来る前に帰ろうぜ」

「どうやって持って帰るんだよこの数」

2人は同時に「あっ」と声を漏らす。まさか狩るだけ狩って持って帰る手段を考えていなかったのか?鹿1頭持ってくるのでも骨が折れる作業だったのにそれが 3頭になったのだ。しかもそれ以外もいる。

「…だってしょうがないじゃない!面白いぐらいに狩れたんだもの!」

「そうそう!仕方ねぇって!」

「お前らなぁ…」

「まあまあ、運ぶことの出来るものだけでも持ち帰って、そうでないものはディジヤ様への捧げものとすればよいではありませんか」

イサベルの意見に同意し、鹿1頭、兎2羽、野鳥1羽を置いていくことにした。せっかく獲った獲物を捧げたんだ。せめて村に帰るまでは守って欲しいものである。

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帰りの道中も行きと同じく生き物の気配はほとんどないまま教会へと帰ることが出来た。

「おぉ~見込んだ以上の収穫だねぇ」

真っ先に出迎えてくれたのはパウラだった。教会の扉の前に立っていたのを見るに、私たちが狩りに行っている間、ずっと待っていたのだろうか。豪胆そうに見えてもやはりイサベルのことが心配だったのだろう。

「わっすげえ、おじさん達これ獲ってきたの!?」

シュレイがひょっこりと顔をだした。この子も待ってくれていたのか。昨日出会ったばかりだが、素直に嬉しい。

「おうさ!まあ今回はクロエ姉ちゃんが頑張ってくれたけどな!」

「そうなんだ!やっぱ弓使えるのってすげぇや!」

それを聞いて、またクロエが鼻を高くしていた。

そうこうしているとパウラがぱんと手を叩いた。

「さあ!主役たちが主菜を取ってきたことだし、宴会を始めようか!」

早い。本当に心配していたのかこの人は。とにかく、私たちも支度を手伝うことにした。血抜きは出来ている上にある程度解体しているので、それほどは難しくはないと思うが。

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今日も昨日と同じく楽しい夜だった。2日も連続してこんなに楽しかったのはいつ以来だろうか。なんだか故郷を思い出して眠れなくなり、私は教会の裏に出て月を見ていた。

「ラニ様」

後ろから声を掛けられる。

「どうしたの、イサベル。アンタも眠れないの?」

「いえ、ただラニ様が外に出ていくのが見えて、気になって…」

「そっか」

当たり障りのない会話をした後、しばしの沈黙が流れた。沈黙を破ったのはイサベルだった。

「あの、少しよろしいでしょうか」

「どうしたの?」

「今日私がディジヤ様に誓ってくださいと言った時にラニ様はどうして『神なんか』とおっしゃったのですか?」

無意識だったが口に出ていたらしい。聖職者の前で言うべきではない言葉だ。

「ごめん、忘れてもらえない?」

「いえ、怒っているわけではないのです。ただ気になって…」

怒っていないのか…まあ減るものでもないし、彼女も秘密を教えてくれたのだ。私も教えよう。

「私さ、故郷の村が伝染病で壊滅しちゃったんだよね」

「えっ」

イサベルが呆気にとられるが続ける。

「流行り始めた頃にずっと神に祈ってたんだ。どうか私の家族を、友達を救ってくださいって。でも、結果はさっき言ったとおり。だから神なんか信じてないし、もしいたらぶん殴ってやりたいね」

「そう…だったのですか…」

「ごめんごめん、こんな暗い話、するもんじゃなかったね」

そう言うとイサベルは真剣な顔で私の手を握り言った。

「話してくださってありがとうございます、ラニ様。もう気負わなくて大丈夫です。私が貴女様の心を癒せるようになりますから!」

「ははっ…何それ」

真剣に何を言っているんだと笑ってしまった。そうは言ったものの込み上げてくるものがあった。

「ねぇイサベル、少し胸借りてもいい?」

「どうぞ、おいでください」

イサベルに顔をうずめた私の目からは熱いものがいくつも流れ落ちるのだった。






…この時、神父も外に出た私に気付き、外にいることに気付いていたのならば、あんなことにはならなかったのかもしれない。

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