カルドラ教会
クロエの弓の一射から戦いの火蓋は切って落とされた。しなる矢がブディグルモに向かって飛んでいくんそれが視界に入った刹那に私とグレゴは地面を思い切り蹴り、一気に間合いを詰める。
「グレゴ!目を潰すぞ!」
「わかったぜ!」
視界を奪えばあまり派手に動けなくなるだろうと踏んでの選択だった。眉間を矢で射られ、さらに二方向から同時に叩かれる形になったためブディグルモは混乱したのか棒立ちのまま私たちを交互に見るだけであった。
「はあっ!」
気合いを入れて思い切り武器を振ると、奴の目に当たった瞬間「ぐしゃり」という生々しい感触が伝わる。間違いなく潰した、その確信があった。両目を潰されたのが相当効いたのか甲高い鳴き声を上げ、さらに視界が暗闇になったことでバランスを崩し地面に倒れ込む。
「でええりゃああ!」
すかさずグレゴが斧を振り上げ飛び、頭をかち割った。もろに直撃したブディグルモはグゥという断末魔をあげて動かなくなった。
「よし!もう出てきても大丈夫だよ!」
クロエの呼びかけを聞き、倒木の後ろから出てきたシュレイは尊敬の眼差しを私たちに向け、興奮しながら走ってきた。
「わぁ…!すごいね 3 人とも!バーって!どわーってなって!そんでそんでおじさんがガーって飛んで…!」
「ははは、おじさん達にかかりゃあこんなもんよ」
グレゴは鼻を高くしつつ、シュレイの頭を撫でた。そんな光景を脇目に見つつ、剣を納刀しながら彼らに言った。
「それじゃあ、今度こそ帰るか」
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「あれが僕の村だよ!」
「ほんと!?よかった…日が暮れるまでになんとか着いたわね」
あのあと森から出るまでは良かったのだが、そこから帰るという道のりがあるのをすっかりと失念していた私たちはシュレイ先導の元、大急ぎで彼の村へ向かった。辿り着いたのは良かったのだが何やら村の中で騒ぎが起こっているようだ。一抹の不安を抱えながらも村の中へと入っていく。すると、村の人々が広場に集まっていた。その中で一際焦燥した様子の女性が声を荒げ、数人の少女がそれを落ち着かせていた。
「あの子が薬草を取りに行くって言ってもう半日以上も経っているんですよ!?あの子に何かあったら…」
「落ち着いてください、まだ日が完全には暮れていませんからもう少し待ちましょう。捜索隊も準備しますから…あっ!」
その声で人々はこちらに振り返った。先程まで声を荒げていた女性はこちらへと小走りで向かってきて…そしてシュレイに思い切り平手打ちをした。
「シュレイ!アンタいったいどこで何してたの!」
「ごめんよ、母ちゃん!魔物に襲われてたところをこの人たちに助けてもらったんだ」
それを聞くとシュレイの母親は勢いよくこちらへ向き直り、深々と頭を下げてお礼を言った。
「ああ、なんてお礼を言えば良いのか…!息子がご迷惑を…」
「いやいやいや、気にするもんじゃねえよ奥さん、俺たちはアンタにお礼を言われるために
助けたわけじゃねえんだから」
グレゴが慌てて頭を上げるように言う。
「こいつの言う通り、私たちはシュレイが襲われてたから助けたんだ。そのお礼は彼からもらってるよ」
「そうそう、もうそれだけで十分ですよ!」
私たちの言葉を聞いてか、訝しげな目でこちらを見ていた数人の村人もほっとしたような表情を浮かべてそれぞれ「大事にならなくて良かったよ」などといった言葉を浮かべて帰っていった。しかし、1人だけその場にこちらをじっと見て立ちすくんでいる少女がいた。服装から判断するにおそらく修道女だろう。
「アンタは帰らないの?」
「えっ?あっえっと…」
何やら様子がおかしい。私の方をじっと見ている。
「私の顔に何か付いてる?」
「いえ!そういうことではありません!ただ、えっと…そう!今日はもう遅いですので、私どもの教会で1泊しませんかと提案しようとしたのです!」
思いもがけない提案だった。野宿は疲れるので非常に助かる。
「いいのかい?イサベルちゃん。ウチも息子を救ってくれた恩人様方を泊めたかったけど、いかんせんウチの家じゃ晩御飯は振る舞えても泊まるには狭いからねぇ…」
横からシュレイの母親がホッとしたような顔で言ってきた。イサベルと呼ばれたこの少女が提案してくれなければすぐに出発するつもりだったのでそこまで思い詰めなくても良かったのだが。しかし、気になることがある。この村は地図にのっていたものの、近くに教会なんて無かったはずだ。
「ねぇ、本当にここの近くに教会があるの?」
「はい、カルドラ教会というのですが…」
「カルドラ教会があるの!?」
クロエが食い気味に少女に向かって鼻息荒げに聞く。
「何がそんなに興奮する要素があるんだ?」
その言葉を聞いた途端クロエはくるんとこちらを向いたかと思うと私の肩を強く掴み、すばらしさを述べた。
「カルドラ教会ってのはね!ディジヤ教の総本山と言われる教会でね!世界中にいる信者が一気に傾れ込むのを防ぐために地図には記されてなくて!幻の教会と言われているの!」
「あ、ああうん…」
「それで!地図に記されていないという点から世界中の信者たちはカルドラ教会を目指して旅をするのよ!そして見つけることの出来たものは願いが成就するとされているの!」
「へ…へぇ…」
あまりの熱量にただただ気圧されるしかなかった。まさか宗教にここまで情熱を持っていたとは…
「もしかして、貴女様方もカルドラ教会の言伝を信じて旅をしていらっしゃったのですか?」
達…どうやら私とグレゴも含まれているようだ。まあ一緒に旅をしているのだから当然なのだが、これと一緒にされるのはどうも納得がいかない。
「いや、私とこのでかいのは地図を持たずに旅してたこのうっかりエルフのお守り役だよ」
「そうだったのですか…同じ信徒でしたら様々なお話が出来たのですが…」
なぜ残念がるのだろうか。信徒ならクロエがいるじゃないか。
「まあそれは置いといて、宿を貸してくれるって本当?」
「はい!少々埃っぽいですけれど、泊まることは出来るはずです!」
埃っぽいぐらいはどうということはない。何より毛布などがあるのが重要だ。
「じゃあ、ありがたく泊まらせてもらおうかな」
私たちはシュレイたちに別れを告げ、教会へと向かった。村の東側から出ると大体30レアルほど離れた丘に教会が見えた。
「総本山と言う割には小さいんだな」
「はい、大きいとすぐに見つかってしまいますので、小さく建てることで見つけられた時のありがたみを増させた、と伝えられております」
見つけにくい総本山を有り難がるなんて信仰する人達の考えることはよくわからない。宗教ってそんなものなのだろうか。
「ところで、まだ皆様のお名前を伺っておりませんでしたね。なんとお呼びすればよろしいでしょうか?」
「私はラニ、デカいのはグレゴ、エルフはクロエだ。全員呼び捨てでいいよ」
「なんか雑じゃない?」
そう言ってくるクロエを無視して彼女に問う。
「アンタのことはなんて呼べばいい?さっき言われてたようにイサベル、でいい?それとも他に呼んで欲しい名前はある?」
「先ほども呼ばれたように、イサベルがいいです。いえ、どうかイサベルと呼び捨てにしてください!」
足を止め、私の右手を両手で握りそう懇願してきた。
「そ、そう?わかった。そう呼ぶよ、イサベル」
たじろぎながらそう答えると、我に返った彼女は慌てながら「申し訳ございませんっ」と手を離した。
「おー近くで見ると普通の教会って感じだなぁ」
グレゴが声を上げる。いつのまにか着いていたようだ。
「では皆さん、私が扉を開けますね」
それを聞いてクロエがさらに挙動不審になりながら身構えていた。ぎぎぃーっと音を立てて古い扉が開くと中には十数人の男女がいた。男女と言っても男は1人だけだったが。
「イサベル、アタシたちの準備は出来たよ!早くシュー坊を探しに行こっか!」
「おや?そちらの方々は信仰者の方々でしょうか?申し訳ありませんが、今から私達は人探しに行かねばならないのです。訪れて頂いたのは非常に喜ばしいことなのですが、また後日にしていただけないでしょうか?」
こちらを認識するとおそらく序列が高いのであろう男女がこちらに話しかけてきた。どうやらこの 2 人は遅くまで帰らないシュレイを心配してこれから少女たちを引き連れて彼を捜索しようとしていたらしい。
「神父様!修道女長様!シュレイくんはこちらにいるラニ様たちに連れ帰ってきていただきました!ですので、もう探しに行く必要はなくなりました!」
それを聞くと、全員ほっとした顔をして息を吐いたり、床にへたり込んだりとするのだった。