新たな出会い
あの方を見た時、私の全身に衝撃が走りました。これが吟遊詩人の方が語っていた物語や、 友人に貸してもらった本で読んだ「雷に打たれたような衝撃」という恋に落ちた時特有のものであるということはそういったことに疎い私でもすぐに理解できました。ですから、恋というものの持つ力というのは恐ろしいというお話は的を得たものであったのだと今では思います。
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「クロエ、何か家名以外に実父に繋がる手がかりとかないの?」
彼女に問いかける。彼女は一瞬ビクッとし、ゆっくりと首を回し振り向く。
「えっ……と……実は何も……」
頭を抱えた。このバカはとてつもなく広いアルベート大陸を隅から隅まで探し歩く気でいたのだろうか。
「よくそんな無計画さで生きてこれたなぁ…」
流石のグレゴも感心していた。
「でっ…でも!お母さんが言うにはお屋敷に住んでたそうなの!だから、多分貴族だと思うの!」
「別に貴族じゃなくても田舎だと無駄にでかい家に住んでる奴だっているっての…」
「う…」
クロエが苦い顔をする。
「はぁ…こんなことだったらあの時恥を忍んで同行を断るべきだったな…」
「ラニ、あんまりいじめてやるなよ。可哀想だろ?」
不憫に思ったグレゴが助け船を出す。クロエは少しぱぁっとした笑顔を浮かべた。
「じゃあお前はコイツがアホだと思わないのか?」
「さーて次の村までもうあと30分ほどだ、気合い入れてけー」
助け船はあえなく撃沈、クロエはまた沈んでしまった。
しばらく歩いているとグレゴが唐突に足を止めた。何かあったのだろうかとグレゴの向く方をよく見てみるとおそらく子どもと思われる人影が中型ぐらいの魔物に追いかけられていた。
「ラニ!クロエ!急ごう!」
私たちは大急いで走った。あの人影が、私たちが辿り着くまでなんとか逃げ切ることを祈る。
「誰かーっ助けてーっ!」
少年の声がよく聞こえるほど、魔物に近づくとその正体がわかった。ブディグルモという他の動物の血を吸う魔物だ。人が、特に老人や子供が奴にやられると間違いなく死んでしまう。
「うわっ!」
追われていた少年は躓き転んだ。それを見てブディグルモは雄叫びを上げ、少年へと距離を詰める。蛭のような口を伸ばしまさに吸血しようとする絶体絶命の瞬間、すぐの距離まで近づいていた私は咄嗟に腕を出し少年を庇う。腕に激痛が走るもののすぐさまグレゴが
「こっちだマヌケ!」
と斧で一撃を与えた。すると奴は怯み、口を窄めてすぐに逃げ去っていった。
「あなた、大丈夫?」
クロエが心配そうに追われていた少年を助け起こす。少年は服についた土を払いながら
「うん!ありがとうおじさん、姉ちゃんたち!」
そう元気そうにお礼を言った。
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「それで、君はなんでこんなとこで追われてたんだ?」
噛まれたところを止血しながら聞く。
「えっとね、薬草取りをしてたんだ。そしたらあいつの尻尾を踏んじゃって、それで…」
魔物に襲われる原因でよくあるやつだ。森の中は注意して歩かなければどこに、どんな魔物が潜んでいるかわからない。時々それで怪我人や死人が出る。彼もその1人だったというわけだ。
「それは災難だったね…えっと…」
クロエが少年を慰めようとするもどう呼べばいいかと言葉を詰まらせる。それを見て少年は
「僕、シュレイってんだ!ありがとう、エルフの姉ちゃん!」
と気の利いた返しをし、少し感心した。
「ところでシュレイ、薬草取りは手ぶらでしてたのか?荷物が無いみたいだが」
グレゴが何気なく聞いた。それを聞いた途端にシュレイは「しまった!」という表情をし、みるみる顔が青ざめていった。
「そうだ…!あそこにカゴを置いてきちゃったんだ!」
「カゴ?」
「あれが無いと母ちゃんにぶん殴られる…ねぇ、お姉ちゃんたち、僕に付いてきてくれない?!」
子どもの切実な頼みであるし、何より乗りかかった船だ。私たちは彼のカゴを取りに行くことにした。
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「それにしても…深い森だなぁ…よくこんなところで薬草取りなんてしてたな、シュレイ」
「へへっ、この森にはよく来るんだ。いつもは村のおじさんと一緒だけど、冒険してみたくなってさ。いつかは僕、世界中を回る冒険者になるんだ!それで宝物を見つけて大金持ちになるんだ!」
鼻を指で擦りながら自慢げに言う。それを聞き、グレゴは楽しそうに笑った。
「はははっ!そいつはいい夢じゃねえか!いつかおじさんとも冒険しようぜ!」
「うん!いいよ!」
グレゴとシュレイのやり取りを見て微笑ましそうにクロエが「いいなぁ…」と呟いた。それが聞こえたのかシュレイはきょとんとしてクロエに言った。
「エルフの姉ちゃんも一緒に冒険しようよ!もちろん茶髪の姉ちゃんも一緒に!」
「いいの?私混ざり物の中でも嫌われてるエルフなんだよ?」
「僕を助けてくれたじゃん!そんなの関係ないよ!」
「…ありがとうね、シュレイくん」
「えへへ!」
明るく言い放つ彼の姿はとても眩しく見えた。
「オイ、ラニ。こいつは将来絶対タラシに育つぜ?」
いつのまにか隣に来てたグレゴが私の脇をつつきながらそんなことを言ってきた。
「せっかくの感動の場面が台無しだアホ!」
頭を一発殴った。
そうこうしていると、シュレイが「あっ!」と叫んで指を指した。魔物がいたのかと全員が一瞬身構えるが、指し示す先にはカゴが置いてあった。これが目的の物らしい。
「よかったぁ、中身もそのまんまだ。ありがとうおじさん、姉ちゃんたち。これで母ちゃんにぶん殴られないですむよ!」
「そりゃよかった!それじゃあ帰るとするか!カゴはおじさんが持ってやるよ!」
グレゴがカゴを持ち上げようとした次の瞬間、森の奥からブディグルモが現れた。頭部の傷を見るに先ほどの個体のようだ。剣を抜きながらグレゴとクロエに聞く。
「どうする?逃げるか?」
「ああ、と言いてえとこだがシュレイがいるから逃げるのは難しそうだしな。ここで倒しちまおう」
「同感。それにさっき、ラニの血を吸ってるし人の味を覚えて襲うようになったら大変だもの」
2人はすでに臨戦体勢だった。
「シュレイ!遠すぎない位置で隠れてて!こいつはすぐ私たちが倒すから!」
「わ、わかった!気をつけてね3人とも!」
シュレイは近くにあった倒木の後ろに隠れた。それを見た私たちは、武器を構え、再度目の前の魔物へと向き直る。
さあ、戦闘開始だ。