出会い
エルへの町にたどり着いたのはそれから1日と少し経った頃だった。
「思ったよりもひでぇな…」
町の状況はグレゴがそう漏らすほどだった。そこにはボロボロの衣服を身に纏った物乞いや空の酒瓶を振り回して暴れるアルコール中毒者と思わしき者、何かの骨をしゃぶってる子どもらがそこにはおり、予想していた数倍は腐った町だと私たちは思い知らされた。
私は一刻もそこから離れたかったので、無気力そうな若者に酒場の場所を聞き逃げるようにそこから立ち去った。
こんな腐った町でも酒場は賑やかだった。賑やかと言ってもテーブルを囲んで昼間から能天気そうに酒を飲んでいる集団がいるだけだったが、それでもあそこに比べたら幾分かマシに見えた。
私とグレゴはカウンターに座り、酒一杯とつまみを一つずつ注文し、今後どこの町へ行くかなどの予定について話し合った。ふと店の中を見回してみると、この酒場は冒険者協会も兼任しているらしく、大きな掲示板がテーブル席の奥に鎮座していた。ただ、遠目で見ても依頼はまばらにある程度で、私がこれまで見た中で最も寂しい掲示板の一つだった。
半刻ほど過ぎた頃だろうか、店に1人、女が入ってきた。彼女は掲示板の前にすたすたと歩いて行くと、そのうちの一つの依頼を剥がした。それを掲げると、
「誰か、私と一緒にこいつを討伐してくれない?街道に我が物顔で居座ってて邪魔だし、成功報酬は私いらないから」
そう酒場中に通る声で問いかけた。彼女の肌は白く、碧眼で顔立ちも整っていて弓を携えた姿はとても美しかったが、誰も目線を合わせようとしない。それどころか目を逸らす始末だ。
それは彼女の灰色がかった金髪から覗く耳が尖っていたことからだろう。混ざり物のエルフ。それは苦難を運んでくるという言い伝えがある厄災の象徴。それに話しかけに行く勇気がある人間はそうそういない。
「いくら全額報酬が貰えても混ざり物と組む奴なんてそうそう居ねぇよ、なぁグレ…」
そう酒を飲みながら話しかけようと隣を見るとそこにいるはずの大男の姿がどこにもない。
もう一度混ざり物エルフの方を見てみると、グレゴが彼女に話しかけようとしている。そうだった。あいつはとんでもないお人よしだったことを忘れていた。
「なあ嬢ちゃん。俺たちもそこの街道を通ろうっていう話になってたんだ。もしアンタがよ
けりゃ俺たちが手伝ってやるよ。それに報酬も山分けでいい!」
グレゴは人当たりのいい笑顔でそう言っているのを見て私は呆気に取られたが、すぐに二人の元へ向かって行ってグレゴを激しく非難した。
「何勝手に協力申し出てんだよ!私の意見をまず聞けよ!そう旅に付いてくるとき決めたろ!?」
「だってお前絶対『面倒に巻き込まれそうなのはごめんだ』って断るじゃねえか。それなら
先に約束取り付けた方がいいだろ?それに報酬は山分けしてもレイダル金貨3枚だぜ?」
ただただ絶句するしかなかった。なんて奴だ。仲間の意見を無視する前提だなんてあまりにも無茶苦茶過ぎる。しかし、こいつの野草や魔物知識は深く、どれが食える、食えないはほぼ任せっぱなしにしていた。ここで別れるとなると窮地に立たされるのは私の方だ。それに、グレゴは嫌がるかもしれないが、報酬が全額貰えるというのは悪くない話だった。はぁーっと深くため息を吐く。
「…次の目的地までだかんな」
そう答えるとエルフは少し困ったような顔をしたがすぐに元の澄ました顔に戻り
「短い間だけどよろしくね」
そう私たちに向かって言った。
酒場にいる飲んだくれ共は口々に
「混ざり物の...よりによってエルフなんかと組むなんてアイツらイかれてる…」だの「アレの話を聞いたことねえのか」だの言っていた。 舌打ちをしてさっさとそこから離れた。
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目的の街道まで行くまでは片道で 7 時間ほどかかるらしい。酒場を出ても周囲からの目が痛かった私た
ちは昼過ぎにも関わらずすぐに出発した。
「あーちくしょう!武器屋も見つけてないし、なによりもっとゆっくり飲みたかったのにさぁ!」
私は頭を掻きながら同行者2人の少し前を歩いていた。そんな私の姿を見てグレゴは
「まぁまぁ、人助けっていいもんだぜ?情けは人のためならずって…な?」
と相変わらずのお節介節を振りまいている。
「私だけ別行動してもよかったのに…あなたたちも一緒に出る必要は無かったんじゃないの?」
「私だってそうしたかったさ、でもこのお人よしはそんなことしたがらねぇんだよ。感謝するならこのデカブツにしな」
「はははっ!女性を 1 人で危険なところに向かわせるなんてのは男が廃っちまうからな!それに、なんだかんだついてきてくれるんだからコイツもアンタのことが心配なのさ!」
「うるさい!」
そんなくだらない話をしながら歩いているとやはりというか若干日が傾いてきた。夜の探索は危険である
ため、私たちは一旦そこで野営をすることにした。
「火おこし番誰だっけ?」
「俺は朝やったしラニ、おめぇがやれ」
面倒だと思ったものの順番なら仕方ないと重い腰を上げてやろうとするとエルフが横から
「私がやってあげるわ」
と言ってきた。火おこしをやりたがるなんて変わった奴だと思ったが、協力してやってるんだからそれぐらいやってもらわないと困るなと感じ、何も言わずに薪の前から退くと、
「『我を照らしたまえ…』グローブス」
魔法を使った。
火を起こして朝に保存食にした兎肉を焼きながら彼女に軽口をたたいてみた。
「アンタ、魔法も使えるんだ、てっきりその弓しか使えないのかと思ってたわ」
「まあね、そういうの子供の時から好きだったから詠唱は色々覚えてるの。あなたも火属性なら使えると思うわ」
「なんでそんなことわかるんだ?」
「気がするだけよ。詠唱はさっきやった通りだから、試してみたらどうかしら?」
なんだか言い方が腹立つが魔法は便利だ。確か『グローブス』は火炎系統炎属性の初級魔法で、母親が使っていたのを見たことがある。ついぞ教えてもらうことはなかったが、まさか混ざり物に教えてもらうことになるとは人生は何が起こるかわからないものである。
「『我を照らしたまえ』グローブス」
「ぼっ」と音を出して手のひらから親指ぐらいの大きさの炎が出た。私は少し、いや、かなり感動した。何か感化されたのかグレゴが興奮気味に聞いた。
「おおーすげぇじゃねえかラニ!姉ちゃんよ、俺もなんか使えるか?」
「うーん…あなたは特にこれっていうのは見えないわ…頑張ったら補助魔法ぐらいなら使えるんじゃないかしら…」
「そうかぁ…まあいいぜ!魔法使いってガラじゃねえしな!」
グレゴはからからと笑った。
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兎肉串を食べながらグレゴが聞く。
「そういや姉ちゃん、アンタ名前はなんて言うんだ?」
「…混ざり物の名前なんて聞いてどうするの?」
「そりゃあおめぇ、そんなの決まってるだろ?ずっと姉ちゃんって呼ぶのは変じゃねえか、それに仲間の名前は覚えとかないといざという時に危険を知らせられねえだろ?」
混ざり物は呆気に取られたあと、しばらくの間無言で俯いていた。グレゴは不思議そうにしていたが、合点がいったように手を叩き、続けた
「ああ、そういえば俺たちの自己紹介がまだだったな、俺はグレゴってんだ。んで、コイツが…」
「ラニ、だ。覚えなくていい」
「まーたお前はそうやって…」
「ったく…うるせぇなあ…本当のことだろ?」
そんなやりとりを見て、エルフはやっと口を開いた。
「…私の名前は…クロエ…クロエ・”デルク”・アストレア」
「『デルク』?アンタはどっかのお嬢様なの?」
ミドルネームがあるということは貴族やらそういう地位がある程度はある奴が大半だ。いくら混ざり物エルフであるとはいえ、仮に貴族だったとしたら街道を封鎖してるやつを倒した後に、「こいつらは不敬な奴らだ」と兵やらに突き出されたら困るな、などと考えていた。しかし彼女から告げられたのは想像していなかったことだった。
「……私はね、お母さんと幼い私を捨てた、生き別れの父親を探してるの」
「…なんで母娘を捨てるやつがいるんだ」
拳を握り締めて聞いた。
「父は貴族だったらしいの。世間体とかただの遊びだったとかそう私は考えてるわ。お母さんが死ぬ間際にそいつの家名だけ教えてもらったの」
わなわなと震えながら彼女は続ける。
「父の家名を私の名前に入れとくことで恨みを忘れないように…お母さんの無念を心に刻んでおくようにしてるの」
私とグレゴは何も言えなかった。そんな私たちの様子を見てか、彼女はハッとして
「ごめんなさい、明日は早いでしょ?もう寝ましょう」
そう言い残しそそくさと向こうに行ってしまった。
「ラニ…」
「なんだよ、アイツの言うとおりだ…寝よう」
「あぁ…」
そうは言ったものの、私はしばらく眠ることができなかった。