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アルスストーリア  作者: ればにらのにもの
3章『大貴族の覚悟』
17/18

急転

カミルが斬られ重症。予想だにしなかった報告にマルクの声色が険しくなる。

「場所は?」

「第零書庫の前です!」

「すぐ行く」

マルクが走り去る。冷静ではないのは明らかだった。

「私らも行くぞ!グレゴ、背負ってくれ」

「おうよ、第零書庫の場所までこのまま突っ走るぞ、振り落とされんなよ」

「あんたはこいつらを見張っててくれ!」

「わ、わかった!任せてくれ!」

クリストに 2 人の盗賊を任せる。上級魔法を喰らった上で拘束されているので彼でも多分大丈夫だろうと思っての判断だ。

グレゴの背中に乗ると、片手に斧を、もう片手で私が落ちないように支えながら全力で走る。

それをクロエとイサベルが後から追う。

生きてさえいれば、治癒魔法で治せる。どうか生きていてくれと道を急いだ。

第零書庫前。そこはまさに地獄絵図だった。血がベッタリと壁についており、護衛たちの死体が転がっている。悪趣味にも執拗にバラバラにされているものもあった。

「ひどい…」

クロエが口を抑えながらそう漏らす。

「カミル!カミル!意識を保て!すぐに治してやるからな!」

マルクが必死に呼びかけている姿を見てイサベルがその場へ走っていく。遠目から見てもかなりの重症で、血がとめどなく溢れているのが見える。

「『力の根源たる治癒の幻素よ、”カミル様”の苦しみを除きたまえ』ハイヒール!」

淡く優しい光が彼の体を包み込む。声かけの甲斐もあってか、なんとか息があったようだ。

不幸中の幸いと言っていいだろう。マルクはほっとした表情をする。

「っ…兄…様…」

「カミル!喋るな!血を流しすぎてる!」

「おじ…さ……ま……」

そう言い終わったとたんに彼はぐったりと意識を失った。気絶したようだ。マルクは彼の言葉に何か思うところがあったようで、カミルが斬られたと聞いた時よりもさらに険しい顔をして正面を見る。そこには扉の開かれた第零書庫入り口があった。

「みんな、気をつけてくれ…」

そう言って彼は抜刀し、中へと入っていく。

「グレゴ、下ろしてくれ」

「大丈夫なのかよ」

「足手纏いになりたくねえんだ」

当然まだ回復してない。頭は痛いし、体はだるいし、立ちくらみもする。目眩や吐き気も止まらない。それでも私を背負いながらだとうまく立ち回ることが出来ないだろうからこれでいい。

「イサベル、お前も行ってやってくれ」

「わかりました…」

やや不安げな表情をしていたが、私は後回しだ。あいつらが今の主力なので離脱されたら困る。一応クロエには残ってもらい、剣を杖にして立ちながら、グレゴたちが入っていく様子を見守った。

数分だろうか。マルクが冷や汗をかきながら苦い顔をして出てきた。

「まずいことになった。今すぐ対処しなきゃいけない」

「何があったんだ?」

「うちの家系に代々伝わる宝剣がない。おそらく盗まれた」

確かにそりゃ一大事だ。

「どうすんだ?まだ近くにいるかもしれないから探しにいくか?」

「いや、まずはとにかく増援を呼ぶしかない。ガルメル、ガビナンのこともあるし、何より

カミルを早く安全なところに連れていきたい」

私が走り回れる体だったらすぐにでも探しに出たいところだったが、自由に動けない今は彼の判断に従うしかなかった。

「ラニたちはここから真っ直ぐ行ったところにある休憩室まで行って増援を呼んできてくれ。合言葉は扉を3回叩いて、『深夜に飛び立つ鷹』だ」

「わかった」

「グレゴさん、僕らはさっきの通路に戻って2人を回収しましょう」

おうよ、と威勢のいい返事をして2人は駆け出していく。

「変なとこ触っちゃったらごめんね...」

不安そうなクロエがカミルを背負う。

「ラニ様、肩を貸します」

イサベルに肩を貸してもらい、ふらつきながら休憩室を目指した。

休憩室と書かれた部屋を見つけた。さっき言われた通りの手順に扉を3回叩き、

「深夜に飛び立つ鷹」

言い終わるとほぼ同時に扉が開いた。どこかで見た顔…なんだっけなこいつ…

「あっ!君はあの時の!」

ああ思い出した…確かドミニクとかいう奴だ。

「そこにいるのはカミル様か!?一体何が!?」

非常にやかましい。頭に響く。

「落ち着け。説明するから」

例に漏れず興奮状態になった彼を落ち着かせ、待機していた十数人に一通りのことを話した。反応はそれぞれだった。怒りに燃える者、冷静に分析する者、慌てふためく者。無理もない。

「とにかく、急いでマルクの手伝いに行くぞ」

言い終わるか終わらないかのうちにまた扉が叩かれ、『深夜に飛び立つ鷹』という合言葉が聞こえた。マルクの声だった。開くとそこには変わらず重々しい面持ちのマルクとグレゴしかいなかった。

「なんだ、早かったな。今から行こうとしてたのに。あいつらは?それにクリストってやつもいたはずだろ?」

マルクはただ一言。

「殺されていた。3人とも」

「は?どういうこと?」

「僕にもわからない。ただ、3人とも首を切られ既に事切れていたんだ」

理解が追いつかない。この短期間の間に10人ほどの人間がこの屋敷で死んだということだ。

「オリヴァン、父様と母様にも急いで報告したいことがあるから医務室に来るように呼んできてくれないか」

「...はっ!」

「そんなに落ち着いていていいのか?まだ犯人がいるかもしれないのに」

私が聞くと、彼はただ一枚の紙を私に見せてきた。手紙のようだった。

「読めるかい?」

「いいや、読んでほしい」

「わかった。『今日のところは前座だ。この程度で退散してやる。だが次の夜、もう一度俺はここに来る。しかも正面から行ってやる。その時はバートラム、マルク、お前らを殺して俺がデゾルディア当主の椅子を頂く。 エラド』」

エラド?聞いたことのない名前だ。

「この差出人を知ってるのか?」

「ああ、父の弟…つまり僕の叔父だ」

叔父…。一族間のゴタゴタか?というか、そんな人間見なかったが、どこかにいたのだろうか?

「詳しいことは後で話す。とにかくまずはカミルを医務室に運ぶのが先だ」

そのまま私たちはカミルを医務室まで運んだ。

運び込んだ数分後、悲愴な顔をした彼らの両親がやってきた。特に母親の方、クラリッサはカミルが生きていることを知り安堵からか涙を流してイサベルに感謝していた。

マルクは父親のバートラムに手紙を見せている。彼の表情が驚愕、そして怒りや悲しみの混じったような複雑そうな表情へと変わる。

「その、バートラム卿?よろしければそのエラドという人物について教えていただいてもよろしいでしょうか?」

「...ああ」

返事をしたのちバートラムは深くため息を吐き、近くにあった椅子に腰掛ける。

「マルクにどこまで聞いているかは知らないが…まずエラドは私の弟だ。…そしてデゾルディア家からは勘当されている。カミルには遠い戦場で戦死したことになっていたのだがね…」

勘当…何をやらかしたらそんな処罰を受けるんだろうか。きな臭くなってきた。

「少し長くなる。知っているとは思うが、デゾルディアは剣の名家だ。幼い時より剣を握らされ、教育係が1人以上付く。私とエラドもそうだった。私はそれなりに剣を扱えたが、弟には才能がなく、いつも教育係に怒鳴られ殴られ、父はそのうち目覚めるだろうと傍観していた。母は既に他界していたのでエラドを庇うものは誰もいなかった。…当時の私もただそれをただ眺めているだけだった」

ああ、こういう名門ならではのクソみたいな風習か。

「いつしかエラドは弱者を痛ぶるのが趣味の人間になっていた。犬や猫を斬り殺したり、舎弟を引き連れ町で揉め事を起こすこともしばしばあった。それでも父はいずれ改心するだろうからと先延ばしにし、そしてあの事件が起こった」

正直言ってここまでの話も聞くに堪えない。これ以上クソな展開が待っているのか。

「15 年前のあの日、一向に修練に参加しないエラドに痺れを切らした当時の教育係が彼を激しく叱責したそうだ。口論になり、殴り合いの喧嘩になった。その場は他の者の仲裁で収まったらしいが…その日の夜、その教育係を幼い子どもも含めた家族もろとも殺害した。なんでも、『謝りたい』と言って家に上がり込んでの犯行だったそうだ」

話をしている彼はだんだんとため息が多くなってくるが、こっちだってため息を吐きたい。

というか、こっちの方が多く吐きたいぐらいだ。

「その足でいつもの酒場に行き、そのまま捕まった。そして次の日には手首の腱を切るという刑罰に処されることになった。人を 4 人殺しておいてこの程度で済んだのは父が何か圧力を掛けたからだろう。だが、エラドは暴れ始めた。どこかに隠していた短刀を振りかざし、当時カミルを妊娠していた妻に襲いかかった。それを止めに入った私は腕を負傷し、剣を握れなくなってしまった。そうして、彼はついに勘当を言い渡された」

頭が痛くなってくる。

「不躾なお願いになるが、どうか奴を止めてほしい… この通りだ」

そう言って椅子から降り、…土下座をした。ああ、なるほど、親子だわこいつら。しかもオイ、いくらお前、衛兵たちが中心とはいえこの部屋に何人いると思ってんだよ。断ったら地の底だろうが追ってきて殺されそうじゃねえか。

「わ、わかりましたよ…やめてください土下座なんて」

「すまない、恩に着る。上手くやれたのなら、願いを私が実現できる範囲ならばなんでも叶えてやろう」

「僕からもお礼させてもらうよ。ありがとう、ラニ」

剣を握れないはずなのに剣で人を殺してるなど嫌な予感しかしない。本当に嫌だったが、もう後には引けない。腹を括るしかなかった。

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「はあ…解放されると思ったのにな…」

私は気晴らしに町に来ていた。魔力はまだ十分に回復していないため二日酔いみたいに頭が痛むが、それでもまた今日も殺し合いをしなければならない。

「あ、姐さん!何してんすか!こんなとこで!」

「は?姐さん?誰だふざけたこと言ってんのは…ってお前らかよ」

この前酒場で喧嘩してたハゲとノッポだ。私がぶっ飛ばしたらしいが記憶が曖昧である。

「私にお礼参りに来たのか?」

「いやあ、そんなまさか。マルク様と姐さんたちがあの有名な双子の怪盗(ガルメル・ガビナン)を倒したっていう噂が流れてきたもんですから」

もう町に広まっているのか。お喋りなやつがいるもんだ。

「別に私は何もしてねえよ。というより、今日の夜がやべえんだよな」

ついうっかりポロッと漏らした。この話は流出してないのか。しまったと思った時にはもう遅かった。

「それってどういうことなんです?」

「何かあったんすか?」

「いや今のなし」

「そりゃないっすよ」

はぐらかそうとしても逃してはくれなさそうだ。鬱陶しい。

「じゃあ、あっちの人気の少ない場所で話すぞ」

誰に聞かれるかわからないここだとちょっとした混乱状態になりそうだったので、2人を連れて路地裏へ向かい、絶対に誰にも話さないという条件付きでそれまでのことを説明した。

「…生きてたんすね、あの人…」

「…でもまさか乗っ取りを計画するなんて…やっぱ頭のネジ飛んでますよ」

ん?何やら知ってそうだ。

「知ってんのか?エラドって奴のこと」

「ええ、俺ら一緒に行動してたっていう取り巻きのうちの2人っすよ」

なんと、こんなところで繋がるとはなかなかにツイてる。

「なんか情報とか無いのか?弱点みたいな」

「弱点と言われても…あっ、そうだ。慢心家なんでツメがめちゃくちゃ甘いってのがそうっすね。あと癇癪持ちなんで予想外のことが起こると注意力がめっちゃ鈍りますね」

これは収穫じゃ無いだろうか。親父さんは全く関わりを持とうとしなかったから役に立つ情報を持ってなかったが、こんなところで極上の情報にありつけた。

「ありがとよ、多分お前らのおかげでなんとかなるかもしれないって希望が見えた!」

「はいっ!姐さんの力になれたなら幸いっす!」

走ってその場から去る。これを急いでマルクに伝えに行かなくては。

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マルクの姿が見えなかったので、どこにいるのかと家政婦に聞くと、自室で休んでいるとのことだった。急いで情報を伝えたかったので、部屋の場所を聞き、部屋の扉を叩く。

「おーい、私だ、ちょっといいか?」

「ラニ!?ちょ、ちょっと待ってもらえるかい!?」

中からドタバタと音がする。部屋を整理してんのか?真面目そうな顔して部屋はとっちらかってんだな。

そう考えてる間に音が収まる。もういいだろうか。

「入るぞー」

扉を開けて中に入ると、衣服がやや乱れ、妙に汗ばみ、頬を紅潮させているマルクとマリアがいた。若干薔薇っぽい花の匂いがする。

「…あー、ごめん。私の配慮が足りなかった。また後で…昼飯後ぐらいに話そうか…」

「待ってくれ、大丈夫だから」

「そ、そうですわ。なんでもありませんわ!」

「あのなぁ…お前らが大丈夫でも私が大丈夫じゃねえんだよ!気まず過ぎるわ!」

捨て台詞を吐いて外に出た。はぁ…出鼻を挫かれるとはこういうことだろうか。まったく…戦場に出立する夫を想って妻が体を使って緊張を弛緩させてやるってのは聞いたことがあるがまさかこんな真昼間からとは。いや、この時間にしか出来ないか...

「おう、どうしたラニ。辛気くせえ顔してんな。そんな覇気のない顔してっと、負けちまう

ぞ」

「いやあ、まあ…色々あったんだよ」

「そうか、なんかあったなら相談乗るぞ」

私の調子が変だったからか、いつになく真剣そうな表情でグレゴはそう言う。相談できたらどれほど良かったか。

「ありがと、でも今回はいいよ」

「あ、こんなとこにいた!ラニ!グレゴ!お昼ご飯できたってー!」

なんだか既視感を覚える…それにしても食事の時間が憂鬱なんてのは初めてだ。

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他の奴らにも隠す必要も無かったので、飯を食ってる間にさっき町で知った情報を話した。

「それじゃあ、一応罠を仕掛けておこう。だけど、戦闘は最初僕1人に任せて欲しい」

「そりゃまたどうして?袋殴りにするのが1番だろ?」

「そうだけど、僕は過去の父や祖父が生み出してしまった怪物である叔父をこの手で終わらせたいんだ。それが僕という人間が今一番やるべきことなんだよ」

貴族としての誇りみたいなやつだろうか。昨日の夜の発言は理解できず、脳内お花畑野郎と思っているが、それで死んでしまうのはもはやただのお笑いだ。

「お前の剣が通らなかったガビナンを切ってるんだろ?お前なんか軽く撫で斬りされちまうかもしれないんだぞ?」

「それでも…」

「ラニくん」

バートラムが横入してきた。

「どうか息子を、信じてやって欲しい。ただのくだらない感情論であることは重々承知している。それでも、一族の生み出したものは一族できっちりとカタを付けないといけないんだ。君の情報にも非常に感謝はしている」

流石は親子、お花畑の似たもの同士だ。だがわかった。その覚悟に免じて認めてやる。

「わかった、わかった。じゃあエラドはお前に全部任せる」

マルクの表情が明るくなる。

「ありがとう!このお礼は死んだとしても必ず返すよ!」

やめろ。縁起でもない。

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