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アルスストーリア  作者: ればにらのにもの
3章『大貴族の覚悟』
16/18

激闘!怪盗ガルメル・ガビナン

とうとう予告にあった当日だ。カミルと別れた私たちは、予告のあった宝物庫の扉の前に陣取り、泥棒2人が来るのを今か今かと待ち続けていた。

昨日はあの後ずっと武器を研ぎ、この時のために精神を集中させてきたので、体調はすこぶる良い。何にも負ける気がしない全能感すら感じる。しかし、これを口に出すと大概死ぬから口には出さない。

マリアとは今生の別になるかもしれないのでとりあえず挨拶はしておいた。「ご武運をお祈りしております」とだけお泊まり会の時と同じように返してくれたが、泣きそうになっていた。やはり思うところはあるらしい。

「なあ、今更だけどこんな正面に陣取っててほんとに来るのかよ。裏から入ってくるんじゃねえのか?」

「大丈夫、奴らは目立ちたがり屋なんだ。これまでの数多くの被害現場も全て正面入り口から入って警備を破っている」

「相当な自信家なのですね相手は…」

イサベルの打杖(うちづえ)を持つ手にぐっと力が入る。

最近経験したばかりの大きな二つの面倒事があっても割と適当に生きていたが、今回ばかりは嫌な汗が額を伝うのがわかった。

(いつ来るんだ)

その時はまさに唐突に訪れた。

こつん、こつんと 2 人分の足跡が薄暗い廊下に響く。この廊下は宝物庫にしか繋がっていないもので、今日は使用人たちにも近づかないように連絡しており、何かあった際は手持ち魔力燈を点けて来るように伝えている。つまり敵だ。

「あーらガルメル、どうやら誰かいるみたいだワ」

「あーらガビナン、それは凶報だワ」

「それに多いわねェ…できればマルクくんと一騎討ちしたかったんだけど…」

「ワタシがお膳立てしてあげるワ、ガビナン」

上裸のハゲの筋肉二人組がゆっくりと歩いてきた。

「見たところ、アナタ達5人だけみたいね」

「前衛3人に魔法使い1人に僧侶1人、編成もまずまずじゃない」

知能もそれなりにありそうだ。クソッタレ。

「それじゃあ早速…」

「来るぞ!備えろ!」

グレゴの声で全員が臨戦態勢に入る。

「あ、待ちなさい」

「どうしたのガルメル」

なんだ一体。どうしたというんだ。

「まずは自己紹介をしなくちゃね、ガビナン」

「ああ、忘れてたワ。ありがとうガルメル」

「いいのヨ、ガビナン。アナタのそそっかしいところも嫌いじゃないワ」

私たちは何を見せられているんだ。こいつら予告状の時もそうだったがふざけている。先手必勝だ。

「クロエ!」

「う、うん!『力の根源たる火炎の幻素よ、爆ぜよ!』【エクス】!」

爆発音が夜の屋敷に轟く。マルクに聞く話によると、強力な対魔陣が屋敷には張り巡らされているため、屋敷が傷つくことはないが人間はそうではないらしい。中級とはいえど、あの爆発に巻き込まれたのであれば五体満足ではいられないだろう。

爆炎が晴れ、姿が見える。異様だった。

「あらあら、そそっかしいわねぇ」

「嘘…」

クロエが驚愕した声を出す。私も絶句するしかなかった。

「自慢のおヒゲがちょっと焦げちゃったじゃない」

髭が少し焦げただけ?そんなバカな話があっていいのか。

「コホン、じゃあ改めて盗んだ宝は数知れず!」

「倒した敵も数知れず!」

「『陽光』ガルメル!」

「『月光』ガビナン!」

「我らこそ、泣く子も黙る美しき!」

「怪盗ガルメルガビナン兄弟!」

なんの捻りもない…ってそんなこと言ってる場合じゃない!

「なんで無傷なんだよ!」

「ふふん、鍛え抜かれたカラダは魔法すら無効化するのヨ!」

「アナタも鍛えれば到達できるワ!」

鍛えるってなんだよ。そんな人間をやめる鍛え方をするつもりは毛頭ない。

「今度はこっちから行くわヨ!」

床を結果瞬間凄まじい速度でガルメルが突っ込んでくる。人間砲弾と言っても差し支えが無いような速度だ。

「ボサっとしてんなよ!ラニ!」

グレゴが斧を盾に庇ってくれた。しかし、あまりの速度の攻撃に新調した斧が少し軋む。

「なんて重さだ…!」

「あらアナタ、なかなかいい筋肉ね。どう?ワタシ達の仲間にならないかしらン?」

提案にグレゴが蹴りを入れながら応える。

「生憎俺は自分から人の道を踏み外すことはしないんでな」

「それは残念ねェ…」

しかし唐突に繰り出された蹴りすらガルメルはひらりと交わす。あれほどの出力が出せる分やはり相当反射神経が良いようだ。

「ワタシの贔屓目無しに褒めてるのにねェ!」

どこからか取り出した短剣がグレゴの斧に当たり火花を散らす。どれほどの加速力があれば火花が散るほど武器をぶつけられると言うのだろうか。

マルクはガビナンと拳を交えていた。いや、正確に言うとマルクは剣を使っているが、ガビナンは文字通りの拳だ。

「うーん、アナタ相当手練れねェ…貴族のお坊ちゃんなのに偉いわァ…」

「貴方こそ、敵ながら恐ろしい格闘技使いですよっ!」

マルクの剣がガビナンの腹部に突き刺さる。いや、鈍い音がして弾かれた。

「なっ…!」

マルクが驚愕した隙に今度は彼が腹部を殴られ、吹き飛ばされる。「ガッ…!」という呻き声を発し、後方で待機するクロエ達の元まで吹き飛ばされた。すぐにイサベルが治療にかかる。上級治癒魔法で回復したマルクはすぐに立ち上がりもう一度ガビナンへと向かって走る。それを見てガビナンは自身の肉体を強調するような姿勢を取り、嘲笑する。

「ダメねェ、まだまだ筋肉が足りないワ…」

「クソが…意味がわかんねえぞオイ…」

私は作戦を練るために一旦後ろに下がる。グレゴに任せたが完全に劣勢だ。まだ流した血液の量は元に戻ってはいない。攻撃を受けるのがやっとのようだ。マルクもおそらくは生身の人間であれほどの力を持つ奴と戦ったことはないだろう。さっきのようにまた吹き飛ばされ、位置が悪ければ治療のしようがなくなる可能性だってある。

完全に想定外が起き過ぎている。いや、楽観視し過ぎだったのだろうか。魔法に耐性があった時の対策は少しばかり考えてはいた。しかし、魔法が全く効かないなどというのは一切考えていない。1人は筋肉の塊だから動きが鈍いと思えば俊敏。もう1人は剣に拳で渡り合える剛腕。どうやって戦えばいいんだ。私はこんな奴らと正面から戦えるほどの筋力は無い。

事態は絶望的だ。あんなふざけた予告状を出してくる連中がまさかここまで実力があったとは。だが諦めるわけにはいかない。こんなところで死んでたまるか。考えろ。考えろ。

「ラニ、ベルちゃん、聞いて。私に考えがあるの」

「なんだ!?」

藁にもすがる思いで彼女の意見を聞く。

「あんた達水系統裁断属性中級魔法の『アクアグレード』は使える?」

アクアグレード…なんだったか…ああ、思い出した。ザニファス(あのクソ神父)が使ってた奴だ。

「私は魔力量的に大丈夫だと思いますが…使ったことがありませんので、そこまで威力は出ませんよ?」

「私は初級が練習してギリギリ使えるぐらいだ。今の段階で中級なんて夢のまた夢だぞ」

というか、初級を4、5発ぐらい撃ったら若干魔力欠乏になるのに、中級なんてのを一発でも使ったらどうなるか。

「それに、中級であいつらが傷つくわけがないだろ」

「攻撃に使うわけじゃないわ。あいつらを濡らすのよ」

濡らす?どういうことだ?

「水っていうのは電気をよく通すのよ。もしかしたら全身黒焦げに出来るかもしれないわ!」

確かに。雨の日の落雷で生木が燃える様子を見たことがある。それと似たようなことをあいつらの人体でやるってことか。

「相当の力の雷が必要そうだが、やれんのか?」

「上級魔法を使うわ。私の伯父さんは大魔法使いなんだから、その血統ってのを見せてやろうじゃない」

クロエはニヤリとしながら言う。余裕そうに聞こえたが、その顔には冷や汗が若干滲んでいた。

「『アクアグレード』を発動したらすぐに退避しなければ私たちも雷にやられますね…」

「うん、だから今回の詠唱は牽制の意味が強いから『貫け』じゃなくて『濡らせ』でいいわ!いい?『力の根源たる水の幻素よ、”其の者を”《濡らせ》!』【アクアグレード】よ!」

文句を言っている場合ではない。生きるか死ぬかはこれにかかっている。

「わかった。イサベル、準備はいいか?」

「いつでもいけます!」

この一撃で決着が着くだろう。これで効かなかったら潔く死ぬ他なくなる。逃げようとも逃げきれないだろうからな。それに彼らをずっと戦わせているのは可哀想だ。

全速力で走る。確か中級からは発動するのに想像力も大事になってくるらしい。広範囲を濡らす…水浴び

をするような、花壇に水を撒くような光景を想像する。 詠唱をする準備として右手に魔力を込める。身体中の魔力が一気に右手に集まった影響か、体温が少しばかり下がり、右手のみが熱くなる。廊下を駆ける。もう少しだ。初めて攻撃に使うことになる魔法が中級になるとは不思議なこともあるもんだ。

「『力の根源たる水の幻素よ、”其の者を”《濡らせ》!』しゃがめ!グレゴォ!【アクアグレード】!」

「んまっ!」

グレゴは突然の私の声にも反応できたが、一騎打ちをしていたガルメルは予想だにしてい

なかったか素っ頓狂な声を上げ、数秒反応が遅れた。私の手のひらから出た水は奴をずぶ濡れにした。 反対側からもイサベルの詠唱する声と大きな水音がする。向こうもどうやら成功したようだ。

「後ろに下がるぞお前ら!」

一気に後ろに下がる私たちを見てガルメルは不思議そうに呟く。

「ただの水?こんなもので一体どうするつもりなのかしらン?」

「さぁね、それにしても水も滴るいい男ヨ、ガルメル」

呑気しやがって、目にものを見せてやる。

「クロエ!」

準備していた彼女が両手を天に掲げ、声高らかに呪文を紡ぐ。

「『力の根源たる雷の幻素よ、”かの者達に”衝撃をもたらせ!』【エレク】!」

やや裏返った声とは裏腹に、目も開けていられないほどの凄まじい閃光と、地の奥底から響き、大地が唸るような轟音と共に雷が落ちる。咄嗟に耳を塞いだが、それでもなおつんざくような雷鳴が鼓膜を破らんと何度も耳の中で反響する。

あまりの衝撃からか、壁掛けの魔力燈が切れていた。

「やったわ…初めて撃ったのに成功した...!」

少し後ろからクロエの荒い息遣いとそれとは対照的な嬉しそうな声が聞こえる。

「油断すんなよクロエ、もしまだあいつらが生きてたら…」

グレゴが彼女に注意をする。そうだ。さっきは沈めたと思っていたらピンピンしていた。警戒するに越したことはない。 それに中級を数十発も撃ったという彼女の息が上がっているのは、まだ完全には回復してない魔力を無理に使った影響だろう。2回目、3回目の上級は撃てるか怪しい。

(頼むから倒れていてくれよ…)

私はただただ祈る。無傷なのは打杖を持ったイサベルのみ。彼女があんな化け物にかなうわけがない。

魔力燈が再び灯ると、そこには黒焦げで倒れる2人の姿があった。

「流石に死んだか…?」

恐る恐る近づく。石ころでもあれば投げて確認が出来るのだが。数レアルの距離に近づいたところでガルメルが口を開いた。

「今のは…骨身に染みた…ワ…」

嘘だろまだ生きてるのかよ、死んどけよ人として。脅威の生命力に驚くも、彼らはもう動けないようだった。それだけは本当に良かった。

それからすぐマルクがどこからか縄を持ち出してきてグレゴと共に彼らを縛り上げた。縛られている途中にマルクに「もっと優しくして」とか猫撫で声でほざいてた時はぶん殴りそうになったが、できなかった。というのも、魔力欠乏症になったからだ。緊張がほぐれた瞬間に一気に込み上げてきて、鼻血を吹き、強烈な吐き気に襲われて地面に倒れ込んだ。こればかりはイサベルも治すことはできない。魔力が回復するまで待つしかできない残念な状態だ。イサベルが見かねて膝枕をしてくれている。情けない。

「それで?どうして君たちはここに?」

マルクは尋問を始めていた。さっきは人として死んどけと思ったが、それは間違いだった。確かに他に協力者がいても困るだろうからな。

「答えても殺されるだけでショ?なら話す必要はないワ」

「それに私たちは口が固いのが自慢であり誇りなのヨ」

泥棒のくせして一丁前に信条があるらしい。どっちか切り殺したら喋んじゃねえのか?など思っていると、徐にマルクは立ち上がり言った。

「僕は貴方達を殺すつもりはありませんよ。貴方たちは人を傷つけど、まだその手で誰も殺

してなかったはず」

おい何言ってんだこいつ。

「だからまだやり直せる位置にいます。僕が働き手を与えますから、やり直しませんか?」

「ふざけんなよ、マルク!」

私は大声を出す。本来なら掴み掛かって殴りたいぐらいだ。

「君の言いたいことはわかるよ、ラニ。でもね、殺して終わり、は嫌なんだよ。誰だって更生できるって僕は信じてるんだ。だから彼らにも道を拓いてあげなくちゃ」

こいつはグレゴと同等、いやそれ以上のクソバカ野郎だ。

「こいつらは人々の分裂を促して、大勢の人たちを不幸にしてきた絶対許しちゃいけない大悪党だ!そんな奴らを許すなんて何を考えてんだよ!」

「ラニ様…」

イサベルが困ったような表情をしている。イサベルだけじゃない。マルク以外は彼の主張に全員困惑している。

「…完全に私たちの負けネ、ガビナン」

「…そうネ、ガルメル」

2 人が口を揃える。

「口の固さしか誇れないで、抵抗する私たちを殺さずに許す…自分たちが情けなく思えるワ」

「同感だワ…」

ふざけるなよ、なんでお前達も絆されてんだ。死ぬまで悪党であれよ。人をどこまでも舐めた奴らだ。

「私たちの他の仲間…協力を持ちかけてきたのハ…」

「マルク様ァ!」

廊下の奥から衛兵が息を切らし、叫びながらやってきた。あの衛兵は確かカミルと一緒にいた奴だ。

「落ち着いて、クリスト。どうしたんだ?何かあったのか?」

マルクが冷静に対処する。しかしクリストは落ち着くことなく、焦燥した様子で叫んだ。

「カミル様が...っ!斬られ、現在重症です!急いで来てください!」

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