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アルスストーリア  作者: ればにらのにもの
3章『大貴族の覚悟』
15/18

信頼関係

食事を終え、私たちは客用の寝室に通された。グレゴは男だから別部屋だ。気が利いている。

「ラニ…あんな大口叩いてよかったの?」

クロエが不安げに聞いてくる。

「んなわけねえだろ…」

そう、私は今更後悔してる。気が大きくなって五大貴族の、当主の前で叫んだ。多くの使用人たちにも言質は取られている。失敗したら死ぬらしい。人間死ぬ気になればなんでもできると言うが本当に死にそうになるとどうも頭がおかしくなるのが勝つものであると知った。

「大丈夫です…!処刑されても、晒されている首と胴体を持って逃げて外でくっつけるのでしばらく意識を保ってください...!」

「待て待て待て無茶言うな」

というか、なんで私失敗する前提なんだよ。

「ですが…」

「ですが…じゃない!私は死なないよ…多分」

「そこははっきり言いきりなさいよ…」

さらに3人の空気が重くなったところで、扉がコンコンコン、と3回叩かれた。こんな夜中に誰だろうか。

「誰だ?」

扉の前まで歩いて行き、外にいる誰かに問いかけると2、3度深呼吸をする息遣いが聞こえ

た。

「あっ…えっ…と、マっ……マリアですわ!」

マリアか。いやそうじゃないな。なぜ彼女がここへ?服も返したし、お礼も言った。何かまずいことでもあったか?何か言われるかもしれないし、習った言葉遣いで対応するか。

「どうかされましたの、マリア様?」

クロエが吹き出す。張り倒してやろうかこいつ。

「その…お泊まり会というものをしてみたいんですの!」

お泊まり会?ああ、そういえばアリーザが「友達がいない」と言っていた。どうせどこかで2人が監視してるだろうし、まあ特に問題にはならないだろう。扉を開けると、不安そうにやや俯いた彼女がそこにいた。しかし、顔を上げ、私を見た瞬間にすぐにその不安そうな雰囲気は立ち消え、ぱぁっと明るい、昼間見た彼女と同じ表情へと戻った。そのまま部屋へ招き入れると、彼女の声色がより一層明るくなった。

「えへへっ、お泊まり会なんて初めてですの」

そうしてしばらくの間彼女の持ってきていたトランプという名前の札遊びで遊んでいた。これが意外に面白く、「これなら賭けにも使えそうだ」と言ったら全員から苦言を呈された。お嬢様言葉も使ったのにそんなにダメか。

意外にも打首がどうの、という話は出なかった。私からなんとなく切り出してみると、「淑女は一度やると言った者の言葉は裏切られるまで信じ続けるのが礼儀だ」と言われた。座右の銘にしたいぐらいの教えだ。しないが。

そういえば昼間も気になったが、どうして彼女には友人がいないのだろうか。失礼を承知で聞いてみる。

「そういえば、マリア様はどうし…なぜご友人が少ないの…かしら?貴女ほどの方ならどんだけ…いくらでも作ることは簡単だ…なのではなくて?」

クロエが焦って耳打ちしてくる。

「ラニ、あんたいきなり何聞いてんの!?」

「気になったんだから仕方ないだろ。あんだけ大量の服や装飾を持てる財力があるなら友達がいないなんて変な話だ」

それに彼女も面倒ごとの種になるなら知っておいて損はない。

「…お友達に隠し事はよくないですものね。面白い話ではありませんが、お話しいたしますわ」

言いづらそうにしていたが、彼女はぽつりぽつりと語り始めた。

「改めまして、私の姓名はマリア・ニール・エーテリアと申します。最西の地方領主、エーテリア家当主、ディオス・ニール・エーテリアの長女ですわ」

最西の地方領主?最西と言うと中央海を渡って、ジャックレイ王国を通ったさらに先にある魔族の支配地の境界辺りを指す言葉だ。一応そこにも国があったと思うが、やはり魔族とこう着状態にあるので、兵士ばかりで女子供はほとんどいないと聞いたことがある。さらに、黒い噂の絶えない場所でもはや国と扱って良いのか微妙なものである。そこの貴族なのだろうか。

「どうしてマリア様は海を渡ってこちらにおられるのですか」

イサベルも疑問に思ったようで質問をする。

「親心、と言って良いのでしょうか…魔族の攻撃が激しくなってきた半年ほど前に、父は竹馬の友であったバートラム卿に私を託したのですわ。今はこの町の南西部に住んでおりますの」

竹馬の友…五大貴族とそんな仲とかエーテリア家当主は一体何者なんだよ…

「心細くはないの?こんな何もわからない土地で…」

さっきは慮ったような口ぶりしといてこいつはこいつで結構失礼なこと聞いてる気がする。

「ええ、最初は心細かったですわ。でも、ヴィルやアリーザ、それにマルク様もいらっしゃいますもの。もうそのようなことは感じておりませんわ。それに、将来のマルク様の妻として、いつまでもくよくよしてる訳にはいきませんもの!」

はー気丈なこった。

「…ん?妻?」

ボケっとした声で口から出た私の言葉にマリアがきょとんとした表情をする。

「あら?言っておりませんでした?マルク様と私は許嫁でしてよ」

驚きのあまり声が出なかった。

「ちょっとラニ…その顔やめなさい…バカみたいよ」

「マジかよ…いやでもそうか…そうでもないとマルクと親しい訳がないか」

「それはいつ頃からなのですか!?」

イサベルがとんでもなく食いついている。こういう話は好きらしい。

「ええと、知ったのは一年ほど前ですわ。送り出される際に『仲良くするように』と言いつけられましたけど、会ったこともない許嫁と仲良くできる訳がないとその時は思ったものですわ」

「今日の昼のやりとりを見るに、すぐ仲良くなれたと?」

マリアが頬を赤らめ、もじもじとしながら続ける。

「だって…私の領地にいた男性は戦いが好きな方ばかりだったのに比べて、マルク様は優しくて、機知に富んでいて、それでいてとても紳士的なお方でしたもの…好きにならない理由がありませんわ」

うーむ、対魔族最前線だと血の気の多いやつが多いだろうし、恐ろしく見えるだろうなぁ。それらに比べたらマルクは天と地ほども差があるだろう。彼もそれでオトすことになるとは思ってもいなかったかもしれない。とにかく、彼女に同年代の友達がいない理由というのはわかった。まさかそう繋がってくるとも思ってもいなかったが。

ふと時計を見ると、もう日付が変わっていた。そこまで彼女の出自については長くなかったので、少々トランプに熱中し過ぎたようだ。

「私はもう寝るわ…ちょっと情報過多で頭破裂しそう」

のっそりと立ち上がり、窓際の寝台へ移動する。

「じゃああたしはマリアちゃんともっと話したいな!お昼はずっとラニに付ききっきりだったもん!」

「私もマリア様とお話ししたいです!」

「ええ、ええ!もちろんですわ!」

トランプをしている時よりも数段明るい声を背に私は眠りの世界へと滑り落ちていった。

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いい睡眠だった。やはり寝具があるというのは何事にも変えられないものがある。

「あなた…死ぬかもしれないのによくあんなにグースカ寝れるわね…」

「私、ラニ様のそういうところも好きですよ!」

そうだった。そういや打首になるかもしれないんだったな。寝覚めから嫌なことを思い出した。

「死ぬって決定した訳じゃないし、寝ないと体の出力も落ちるからな。あ、死ぬかもしれないなら今日は酒でも飲みに行こうかな」

靴を履き、つま先をトントンと床に打ちながらそんなことを口走ると、むさ苦しい声が部屋の入口の方向から聞こえた。

「そうはいかねえぜ」

「ここ女部屋だぞ。それにマリア様も…ってあれ?いねえじゃん」

寝ぼけた目を擦りながらだったからか、彼女がいないことに気付かなかった。

「マリアちゃんなら6時ぐらいにはもう出て行ったわよ。日課の水やりがあるんですって。あなたも見習わなきゃ」

私はそんな日課にするようなもんを持ってない。それに、寝れる時に寝なきゃ損だ。私の人生の質ってのは睡眠で決まるんだからな。

「へーへー」

と言いたいがここは穏便に、適当に流しておく。

「それで?お前は何の用で来たんだよ」

「これだよ」

そう言って鞘に入った剣を投げてくる。片手で受け止め、抜刀してみると、なんとあの刀身がボロボロで、叩き切ることでしか使えなさそうななまくらではなく、息を呑むほどに鋭利なものへと変わっていた。

「どうしたんだよこれ!すげぇじゃん!」

私が興奮気味に聞くと、グレゴはドヤ顔で腕を組みながら答える。

「昨日お前がマリア様に捕まってる間にマルクからお抱え鍛冶師に頼んでもらったんだよ。それがさっき打ち終わったんだ」

よく見ると彼の斧も刃の部分は布で覆われているが、柄の部分が非常に綺麗になっている。

「おっと、これをお前らにって言われてたんだった」

そう言ってグレゴはクロエとイサベルにそれぞれ弓と打杖(うちづえ)を手渡した。

「わぁ…この弓すごい!同じ鉄製なのにしなりが前のと全然違う!」

「この杖、見た目と裏腹にとても軽いですね!それに、なんだか力がみなぎってくるみたいです…!これでもっと皆様のお役に立てそうです!」

新しい武器を手にした2人ともさっきまでの私のようにはしゃいでいた。 ところで気になるのは値段だ。こんないいものを貰って、無料というわけにはいかないだろう。

「そういや、これ料金はいるのか…?」

「まさか、そんなの取らないよ」

マルクがちょうどやってきてそう言った。

「マジかよ!こんなの十数金貨はする仕事だろ!?」

「僕からのせめてもの償いだと思ってくれ。僕は君を死なせないと約束をするけど、確実ではないからね」

「おおう…そうか」

「それに、昨日マリアが言ってたように君を失うのは世界の損失だからね」

緊張を和らげる冗談だと分かっているが、そう言われるとなんだかむず痒い気分がする。半年前の私ならコロっと落ちていたかもしれない。これが魔性の男というやつか。

「はぁ、あんた、マリアの前では他の女にそんな態度取ってやるなよ」

「ははっ、前にカミルにも同じことを言われたよ」

本当にわかってるのかこいつは。まあそんなことは置いといて、

「それで?あんたも来たってことは何か急ぎの用事があるってことでいい?」

「察しが良くて助かる。来るのは明日の夜だから、確認をしておこうと思ってね」

作戦会議というところか。面倒臭いが、私の生死がかかっている。いつもより気を張らなければ。

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「お帰りなさい兄様!あ、ラニさん、グレゴさん、クロエさん、イサベルさん、ようこそ!もう準備はできてますよ!」

昨日と同じく応接室に行くと、カミルが茶器を長机に並べて待機していた。

「君もガルメル、ガビナンと戦うの?」

長椅子に腰を預けながら私がそう聞くとマルクが答えた。

「カミルはその日別の場所で待機するように頼んでいるんだ!可能性は低いけど、もしかしたら戦うことになるかもしれないけどね…」

「というと?」

はにかみながらカミルが代わって続ける。

「僕が守るのは特殊な場所なんです!護衛も数人いる上、公に知られていない場所なので動くことはないでしょうが、一応盗賊たちがうっかり迷い込んでも困りますからね」

ああ、なるほど、金持ちあるあるだ。大方、第二の宝物庫があるのだろう。そこにはもっととんでもないお宝があるに違いない。しかし、首を突っ込んだらまた余計なことになりそうなので流す。

「大丈夫さ、私たちがそこへは行かせないからさ」

「ははっ、頼りにしてます!」

物腰は柔らかいが笑い方は兄貴そっくりだな。そんなことを考えながら、私は用意された茶を啜った。

「さて、確認作業に入ろう。カミルの紅茶を飲みながら楽にして聞いてくれ」

マルクが先ほどまでの穏やかな表情ではない真剣な面持ちに変わる。私たちはその空気に気圧され、楽にしろと言われたものの、自然と背筋が伸びてしまっていた。

「何度も言うが、僕らの戦うことになる相手はただの盗賊じゃない。下手をすれば戦いの中で命を失う可能性もあるほどの力を持つ奴らだ。だが、対策はある。君たちの中で攻撃魔法を使える者はいるか?」

「あたしほとんどの中級は使えるよ!」

「私も一応初級とギリギリ中級も使える」

ほぼ独学なので信頼は出来ないのだが。

私たちの返答を聞いたマルクがこくりと頷く。

「じゃあ、二人を中心とした陣形を作る。理由として、ガルメル、ガビナンは魔法を使えない可能性が高いからね」

「どうしてそう言えるのですか?」

イサベルが手を挙げて質問する。

「これまでの犯行現場からの推測に過ぎないんだけど、魔力計測器に反応が無かったそうなんだ。計測器は…」

「どれほど微力な魔力や掻き消された魔力すらもそこで魔法が使われたのなら反応するはずなんです!だから推測は間違ってはいない可能性が非常に高いんです!」

カミルが拳を握って高らかに宣言する。しかし、すぐにはっとして座った。ああ、なんか気が抜けるわ。

「…とにかく、騎士の風上にも置けない卑怯者だと思われるだろうけど、僕らは相手の使えない分野を最大限に活かして相手を叩く」

「卑怯なんて言わねえぜ。だって俺らの命運がかかってんだろ?人間窮地に陥りゃあどんな手でも使うもんだからな」

「そう言ってもらえると救われますよ、グレゴさん」

そうしてマルクが静かに肩の力を抜きながら息を吐いた。

「なぁ、私が中心ってことは私の陣形での位置はみんなと比べて奥になるのか?」 彼は当たり前だろうといった目で私を見たが、逆に正気を疑うような目で見返した。

「私魔法剣士じゃないぞ」

「え!?違うのかい!?」

なんか抜けてるなこいつ。もし魔法剣士ならもっと魔力伝導性の高い剣を用意させるだろ。

「つーか、どうせ失敗したら死ぬんだから大丈夫だよ」

「でも...」

「いいの、いいの」

もし本当に失敗したときに自分のせいだと落ち込んで欲しくないしな。自己責任ってのはこういう時に上手く機能するもんだ。

マルクだけでなく、参加しているみんなが不安そうに私を見てきた。そんなに私は信用無いか?

「お前がそんなこと言うなんて悪いもんでも食ったのかよ」

「外に幻覚作用のある花も咲いてたしね…」

「ラニ様…」

「兄様に代わって説明しておくべきでした…」

普段の行いの結果かこれが。つーか出会ったばっかのカミルにも言われるとかなんでだよ。あー、泣きそう。

「とにかく!私はマルクとグレゴと一緒に前衛だ!後ろにはクロエと回復役のイサベル!配置は完璧だろ!?」

早口でまくしたて、場の雰囲気を私に引き寄せる。マルクというのはやはりまだ騎士道というのが残っているのか少し不服そうな表情をしている。

「なあマルク、卑怯さを甘んじて受け入れるなら私が前衛に立つのも受け入れろよ」

「でもいくら君の力を見て勧誘したとはいえ、女性が前衛というのは…」

「あんたなぁ、女ってのを守られるだけの存在と考えてねぇか?」

マルクはそれを聞いて少々たじろぐ。まあ無理もないだろう。普段交流のあるような女は旅したり殺しもしたりしたことがないような女ばかりだろうからな。

「女ってのが守られるだけの存在じゃないってことをわからせてやるよ。それに、自分で蒔いた種なんだその始末は自分でやるさ。それに、こんだけ上等な武器をもらったんだから前に出て使わなきゃ武器も悲しむだろ?」

半笑いで冗談めかしく言ったが、マルク兄弟には何か心に響くものがあったようで、目から鱗というような表情をしていた。グレゴ達も見直したと考えているような目をしていた。少しは私も考えているということがわかっただろうか。

「すまなかったラニ。僕は固定観念にずっと捕らわれていたよ。僕はどうやら君を知らず知らずのうちに下に見ていたみたいだ。詫びさせてくれ。君は確かに守られるほど弱い人じゃない」

そう言って彼は手を差し出してきた。私はその手を強く握り返す。

「これからは対等な関係、だな」

それを聞いてマルクはニコリと笑った。

書くうえで調べてみたらカードゲームのトランプって和製英語っぽいんですね...知らなかった...

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