次から次へと面倒事
「イサベルさんはとても飲み込みが早いですわね!あ!クロエさん、その持ち方はよろしくありませんわ!もー!ラニさん、貴女の所作は美しくありませんわ!そのお顔でその作法じゃ世界の損失ですわよ!」
さて、状況を整理しようか。なんで私がこんな集まりに参加しているのか。そう、これは少し前に遡る。
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応接室で盗賊ガルメル、ガビナンを捕縛する約束を取り付けられた私たちは、マルクにこの屋敷の館内図を教えてもらっていた。
「今更質問なんだけどよ、こんな大事なことよく今日知り合ったばかりの人間に頼もうと思えるな」
「不思議ですか?」
私もグレゴの発言には同意見だ。
「当たり前だよ。普通の人間なら出会った初日の人間なんか信用できない。特にそんな予告状が届けられてるなら尚更だよ」
それは自分も気になってたという風にクロエもうんうんと首を縦に振っている。マルクは微笑みを浮かべて答えた。
「理由は二つ。一つ目は…」
「マルク様!遊びに来ましたわよ!」
勢いよく開かれた扉から鮮やかな瑠璃色の髪をした少女が笑顔で入ってきた。身につけている服や装飾を見るに、この少女もおそらく貴族だろう。
「今日は何をして…ってあら?この方々はどちら様ですの?」
「…やあ、マリア。彼らは僕の友達だよ。ちょっと頼み事をして…」
彼女が私の手を握っていた。いつの間に私の懐に潜り込んだのだろうか。
「まあ!すごく力強い手をされてますのね!マルク様にもこのような女性のお友達がいらっしゃったなんて初めて知りましたわ!」
目をキラキラさせて何度も私の手を繰り返し揉む。
「えーっと、マリア…様?」
私が声をかけると彼女は我に返ったように顔をこちらに向けた。手はまだ揉んでいる。放してほしい。
「ねえ、お茶会をしませんこと!?そこのお二人も加わって淑女のみで!」
お茶会での礼節なんて何もわからないので、それは流石に困る。
「いやちょっと待っ…」
「そうと決まれば…ヴィル!アリーザ!準備を!」
「「はっ、お嬢様」」
彼女が手を叩いて指示すると、扉の前で待機していた 2 人の男女が返事をし、壮年の男性の方はさっとどこかへ行ってしまった。女性の方は私たちの元へつかつかと向かってくると、私に耳打ちをする。
「申し訳ございません…お嬢様はその家庭事情ゆえご友人があまりおらず、他人との距離感がよくわかっていらっしゃらないのです…」
この人も苦労してるんだなぁ…まったく、貴族と言うのは面倒くさい。しかし、友達がいないのは可哀想だ。あまり時間を無駄にしたくはないが、ごねられても仕方がないので少しばかり付き合ってやるか…どうせそんなに時間がかかることはないだろう。
「わーかりましたよ。少しだけっすからね…」
私はグレゴとマルクの方を向き謝罪する。
「ごめん、私らちょっと行ってくるわ」
「いいよいいよ、マリアも喜ぶからさ」
爽やかな笑顔でマルクが言う。ほんとにいい奴だなこいつは。ちょいちょいと手を振って2人を呼ぶと、イサベルは頷いてさっさとアリーザに着いて行った。しかし、それまでぽけっとしていたクロエは私の裾を引っ張ってくる。
「ね、ねぇラニ、あたしお茶会なんてしたことないわよ…」
「んなもん私もねえよ…。…覚悟決めろ」
そうして、そのままクロエを引っ張って着いて行った先で、私たちはとんでもなく高級そうな服に着替えさせられ、そして今に至ると言うわけだ。
「全部絹で編まれた服…うう…落ち着かない…」
クロエが服を着せられた猫のようにしきりに袖をいじっている…
「これを乗り越えてこそディジヤ様に仕える価値のある立派な修道女に…いっそラニ様でも…」
平気そうだと思っていたイサベルも意味不明なことをぶつぶつ呟いている…あの迷走状態でも作法も出来るんだから十分だと思うが。それよりもずっと気になっていることがある。
「つーかなんで私たちの体にぴったりの服が用意してるんだ?」
マリアが笑顔で答える。
「もちろん、このような日のために複数の丈のものを用意させておいたのですわ。貴族として、お…お友達…の着る物を用意しておくのは当然のことですもの!」
お友達の部分が若干声が小さくなったぞ。つーか、そんな貴族聞いたことねえよ。
「そんなことよりラニさん!貴女は言葉遣いを正しく矯正する必要がありますわ!そのような粗雑な言葉遣いをしていらしたら、いい旦那様も見つかりませんことよ!?」
「旦那様って…私別に結婚願望ないんだけど」
「御尊父様や御母堂様の姿を見て憧れたことはありませんの?」
うむむむ…確かに憧れたことはあるが…
「それでもそれとこれとは別だよ」
静かにマリアが立ち上がり、正面に座っていた私の元へ来る。
「そんなことありませんわ!私、お父様やお母様から聞きましたもの!両親が仲良くするのは子どもが将来同じような家庭を築いて欲しいからだと!」
マリアはまた私の両手を掴み、興奮気味に話す。
「だからラニさん!私と共に言葉遣いの矯正を頑張りましょう!」
(ダメだこりゃ…)
私はたまらず少し離れた場所で観察しているグレゴとマルクに目線を送る。しかし、マルクは苦笑いするだけ、グレゴは右手の親指を力強く挙げるだけだった。
(薄情者どもが!)
2人を睨みつつ心で叫ぶが当然聞こえない。こうして、マリア先生による言葉遣い教室が始まったのだった。
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「あら、もうこんな時間…まだまだ話し足りませんが今日はこのぐらいにしておきましょう。また後日に!ごきげんよう、ラニさん!」
そう言い残すと彼女は 2 人の執事と共に優雅に帰って行った。いつのまにかクロエはまだしも、イサベルまでもどこかへ行き、最後の数時間は一対一で行われ、観念した私が一方的に彼女の話を聞いてたまに復唱するという形となっていた。
「辛い…」
「お疲れさん、よく耐えたな」
グレゴが笑いながら水を持って現れた。
「お前…今更来やがって…」
「しょーがねぇだろ?マリア様があんなにキラキラした顔でお前に話してんだからよ」
こいつはそういう表情の子供には強く出られない性格だ。仕方ないと言うのもわかる。わかるのだがそれでも納得が…
「はぁ…つーか、私が拘束されてる間何か進展あったんだろうな?」
「当たり前だろ?俺がただお前らを観察してただけだと思うか?」
ああ、良かった。私の犠牲は無駄じゃ無かったということだ。
「どんなことがあったんだ?」
「屋敷の地図と、作戦日の陣形と、だな。クロエとイサベルにはもう話したからあとはお前だけだ」
「そうか…」
予想はしていたが、いざハブられると少しクるものがある。
「きちんと話聞けよ?」
グレゴが地図を広げながら言う。やっぱりちょっとばかりデカすぎる。襲撃の日までに覚える自信がないな。
「マルクの推測だが、ガルメルとガビナンは目立ちたがりだからおそらく宝物庫正面から来るだろうってことだ」
「昼も思ったけど随分舐め腐った奴らだな」
「でもそういうの好きだろ?」
私の口角が上がっているのに気付いたか。
「あったりまえよ!こういう奴らをぶっ飛ばすのが快感なんだよねぇ」
「ほんっとお前いい性格してるぜ」
グレゴがやや呆れ声で言う。褒め言葉どうも。
「ラニーッ!グレゴーッ!晩御飯出来たんだってー!」
やかましいのがイサベルと一緒に呼びにきた。ん?なんであいつら着替えてないんだ?というか、よく見たらグレゴも礼服を着ている。
「なあ、着替えていいか?」
「いや、ダメだ。このまま行ってもらう」
「なんでだよ?動きにくいんだよこれ。それに返さなきゃだろ」
「いいから」
不本意だが、言われるがまま私はゆっくりと腰を上げ、フリフリの服のままクロエたちに着いて行った。
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食堂に着くと、マルクたち以外に2人いた。デゾルディアの当主とその妻、つまりマルクたちの両親だ。入ったはいいものの、凄まじい圧力を感じる。これが理由だったか…。私たちは慌てて跪く。その様子を椅子に腰掛けながらマルクの父親が見る。たった数秒ほどの時間がまるで数十時間もそうしているような感覚に襲われた。そして満を持して彼が口を開く。
「表を上げよ、私は現デゾルディア家当主、バートラム=フォン=デゾルディアである。そして隣にいるのが我が妻のクラリッサだ」
穏やかな口調とは裏腹に目が全く笑っていない。こりゃヤバいかもしれない。色々。だが、あちら側からされたんだからこちらも自己紹介をしなくては…
「私は…」
「よい、自己紹介など不要だ」
う…これは完全に怒ってそうだ。
「茶髪の君」
結局私かよ。じゃあ自己紹介させろよ。
「な…なんでございましょうか」
「マルクから話は聞いている。だが、正直言って君らに良い印象はない」
当然の反応だ。マルクとかがおかしいだけで、普通その日知り合った人間を家に入れない。
「しかし、マルクが連れてきた人間だ。せいぜい期待を裏切らないでくれたまえ」
「し…承知しました…」
よかった…特に他の禍根になりそうなことにはならなさそうだ。そうほっと胸を撫で下ろそうとした時、彼が続ける。
「ああ、忘れていた。もし仮に取り逃がすようなことがあれば君を打首にする」
は?打首?忘れていたで打首ってなんだよ。
「父様!いくらなんでもそれは…」
「ではマルク、お前はこの者が裏切らないという確証はあるのか?この者たちは、デゾルディア家の地図を知ってしまった。これをどこかに流すだけで数百万金貨は稼げるだろう」
数百万なんて大袈裟な…と思ったが、五大貴族の邸宅図なんて最上級機密事項だろうからそれぐらいはくだらないだろう。ということは打首というのも冗談ではない。そんな気迫があった。
「承知しましたよ。私たちに任せてくださいな」
「何を!?ラニ!君は死ぬかもしれないんだぞ!?」
マルクが取り乱して叫ぶ。カミルやマリアも不安そうな表情をこちらに向けている。大丈夫だ。と目配せをして勢いよく立ち上がる。
「私たちならば泥棒退治、必ずや遂行致しますので!」
そして大声で啖呵を切ってやった。バートラムは「面白い」といった目つきで私たちを一瞥した。




