不憫な人
「あー…お酒とおつまみを台無しにされたからあそこまでボコボコにして、酒場も破壊したってことでいいかい…?」
「だから、さっきから言ってるでしょ?酒場の破壊は私のせいじゃありませんよ」
デゾルディアの長男坊に問われ、不機嫌剥き出しで答える。
私は詰所にいた。罪状は暴行と酒場の破壊。暴行はまだしも酒場の破壊まで私のせいにされているのは納得できない。
「あのアホ男共に弁償してもらってくださいよ。私は被害者なんですから」
「そうは言われても…彼らは意識不明だから」
「引っ叩いて起こせばいいじゃないですか」
わなわなと先ほどから震えていた衛兵がついに声を上げた。
「貴様!さっきからマルク様になんて態度だ!切り捨てるぞ!」
ああめんどくさい。暴れたのは認めてるんだからさっさと釈放してくれないものか。
「まあまあドミニク…」
「なんですと!」
慕われているはずのマルクはまだ何も言っていないのにただの一衛兵に発言を遮られた…私は困惑のあまりに「は?」と気の抜けた声を出す。ドミニクとやらは信じられないと言いたげな表情でこちらを見てきた。
「マルク様の優しさが伝わらんのか!?潔く罪を認めれば領外への追放で許してやると仰られているのだ!」
言ってないだろそんなこと。どう曲解したら宥める発言からそう繋がるんだよ。ほらマルクも言ってない言ってないみたいな目でお前を見てるぞどうすんだよ。
「いや、ドミニク?なにも僕はそこまで…」
「そんな!慈悲深い…!」
だからなんも言ってねえだろ。こいつこそ切り捨てられるべきだ。
「貴様なぜ伝わらんのだ!マルク様は謝罪さえすれば罰金だけで許すと仰られているのだぞ!」
なんだこれは、私はなんの茶番を見せられているんだ。勝手に自分のことを代弁されたマルクはというと、苦虫が口の中で大量に弾けたような顔をしていた。
「あー…ドミニク、少し席を外してくれるかい?」
「しかしマルク様…!」
「いいから」
「はっ!承知しました!」
やや不満そうだったが、うるさいのがいなくなった。
「その…すまない」
「別に謝らなくても…こっちもなんか馬鹿馬鹿しくなりましたし…」
気まずい沈黙が流れる。うるさいのがいなくなって清々したと思っていたら、アレが一種の清涼剤になっていたことを一瞬にして思い知らされた。いたら困るけどいなくても困るとか決まり事みたいな奴だ。
どうここを切り抜けるべきか考えていると、先にマルクが口を開いた。
「単刀直入に言うけど、君に…いや君たちに頼みたいことがあるんだ」
「何か被って欲しい罪でも?」
「違う、力を貸して欲しいんだ。僕はまだしも衛兵達の力じゃ少々不安なんだよ。それにあの男たちの被害を見るに、君の腕っぷしは信頼できる」
彼 1 人の力じゃどうにかならないかもしれない事態を私たちがなんとかできると思っているのか。暴れただけなのに随分と高い評価をもらったものだ。
「仲間と相談しても?」
「もちろん。ただ、君は首を縦に振ることになるだろうけどね…」
「それはどうでしょうかね」
「外に出てみればわかるよ。それと、敬語は使わなくていいよ、僕も使わないからさ」
「じゃあお言葉に甘えて」
外に出てみればわかると言っているが、本当か?外…あいつら…グレ…ゴ…ああ!!そういうことか!妙に部屋に入ってくるのが遅いと思ったんだ!あいつが「なんでも手伝うからなんとかー」とか言ったに違いない!激しく頭をかきながら酒場のことを後悔する。あんだけ派手にしすぎなきゃ良かった…。まさに後悔先に立たずだ。
「ラニ様!大丈夫でしたか!?」
私の苛立ちを感じ取ったのか、イサベルが心配そうに駆け寄ってくる。大丈夫と右手を前に出すと安堵の表情を浮かべた。次にグレゴとクロエが私の両脇を抱えて離れたところへ連れていく。
「なんだよ」
「なんだよじゃないだろ。一体どんな刑罰になったんだ?俺も一応頼み込んではみたが、ただじゃ済まなかったろ?」
「さっきはベルちゃんに気を遣ったんでしょ?私たちが本当のこと聞いてあげるから」
こいつら神妙な顔でなんてこと言いやがる。こいつらマジで練習した魔法でぶっ飛ばしてやろうか。 つーかマジでグレゴはマルクに頭下げてやがった。期待を裏切らないとはこのことだ。
「本当に彼女はなんの罪も与えられていませんよ」
そうマルクが2人に告げる。2人は目を丸くして交互に私たちを見る。
「手伝ってほしいことがあるので、お咎めなしにしたんです。その方が都合が…」
「嘘じゃねえんだよな!?ほんとにこいつは無罪放免なんだよな!?」
また食い気味に言われてる…マルクという人間はそういう星の元に生まれてきているのだろうか。
「アホ、まだ話してる途中だろうが」
「おっと…すまん、つい…」
「いえ、大丈夫ですよ。慣れてますから…」
やや遠い目をしながらマルクが答える。本当に不憫な奴だ。とにかく、さっさと解放されたいので本題に入ろう。
「それで?どんな頼み事をしたいの?」
「…ここで立ち話は目立ちすぎるから、続きは僕の家でいいかい?」
見回すと詰所のすぐ側だというのに多くの見物人がいた。さっきまでは人などほとんどいなかったのに…すごい人気だ。
というか、「続きは僕の家で」とか言ったか?ということはつまりデゾルディア家?いや…それ以外には絶対ありえない。
「ご、五大貴族のご邸宅に伺うことになるの…?」
クロエが顔面蒼白になっている。当たり前だ。誰もが知っているような英雄の末裔の家にお邪魔することになるなんて、グレゴですら冷や汗をかいている。私も頭がおかしくなりそうだった。面倒ごとがどんどん大きくなっている気がする。もうこのまま逃げ出したい。
「わぁ、そんな貴重な体験が出来るなんて夢みたいです!」
この子は本当にすごい。肝が座りすぎて最早寝転んでいるような感じがする。
「それじゃあ、行きましょうか」
マルクの先導するままに私たちはデゾルディア家邸宅へと向かった。
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「でっけぇ…」
街の中心部、巨大な時計塔。その隣に悠々と鎮座する一見、城と見間違うような建造物。あれがデゾルディア家か。もちろん、町の南西にあったあの酒場から見えなかったわけじゃない。それでもいざ近くに寄って見ると、その圧倒的な存在感は、建物であるのに押し潰されそうだと感じた。これが、五大貴族の邸宅なのか。あれだけ楽しそうにしていたイサベルでさえ息を飲み、見つめるだけだ。
「ややっ、マルク様、その方はお客様ですかな?」
私たちが呆然としていると、マルクに気付いた門兵が接触してきた。
「ああ、そうだよ。彼らには例の…」
「例のことを手伝って貰うのですな!?ようやく見つかったので!私も自分のことのように嬉しいですぞ!」
「…うん、ありがとう」
もう私は何もつっこまんぞ。
町の入り口にあった石門とほぼ同じぐらいの大きさの、鉄で出来た門がほとんど音を立てずに滑らかに開く。手入れも入念にされているようだ。 門をくぐると、またとんでもなく広い庭が私たちを迎えた。なんだかとても胃が痛くなってきた。一体どんな依頼を受けさせられるんだ。
「わぁ、あれ見てよラニ!」
連れてこられた猫のように萎縮していたクロエが、先ほどが嘘のように明るく話しかけてくる。
「なんか面白いもんでもあるのか?」
「あれ!魔水晶華!しかも黄色!すっごく丁寧にお世話されてる証拠よ!」
「へぇ、そうなのか」
昔、風邪をひいた時「食べると滋養効果があるから」とか言われて母さんにあの花を食べさせられたことがあるが、不味すぎて余計悪化した苦い思い出がある。だから正直苦手だ。
「その反応…もしかして黒いやつ食べたことあるでしょ!それは地中マナが濃すぎるとなるのよ!」
言い当てられて少し驚く。
「黄色はね、黒とは違って濃過ぎず薄過ぎない絶妙な環境でしか咲かなくて、芳醇な甘い香りがして、1本数十銀貨はするのよ!」
そんなものがあんな大量に…?とんでもないな五大貴族。
「ははっ気に入ってもらえたかな?正面庭はもっとすごいからまた後で見るといいよ」
「しょっ…」
衝撃過ぎて声が出なかった。こんな庭が裏庭だったのか…。正直引いてる。五大貴族を少し軽く見積もり過ぎていたかもしれない。頭を金棒で殴られたような衝撃を受けてばかりで頭がついていけそうにない。
「マルク様!お帰りなさいませ!」
「ああ、ただいま帰ったよ」
玄関…いや裏玄関に着くと衛兵たちが威勢よく私たちを迎える。外観もそうだったが、内装も豪華絢爛という言葉がよく似合う…
「兄様!お帰りなさいませ!」
マルクより少し年下だろうか。彼によく似た青年が出迎えてくれた。
「ああ、ただいま帰ったよ出迎えありがとう」
「彼は?」
「ああ、紹介するよ。僕の弟の…」
「カミル=フォン=デゾルディアです!初めまして!」
兄貴と違い私たちを見下してきたらどうしようかと思ったが、彼もマルクと同じで礼儀正しく良い奴そうだ。
「貴方たちが兄の探しておられた協力者なのですね…かなり大変なことになるかもしれませんが、共に頑張りましょう…!そちらのご武運をお祈りしています!」
ご武運を…って言ったって何と戦うんだ。あのクソ神父との戦闘でグレゴとクロエは大怪我を負った。イサベルの回復魔法で傷は綺麗さっぱり消えたとはいえ、失った血は戻らない。まだまだ療養が必要だというのにほとほと弱ったな…
マルクの案内で私たちは応接室に通された。誰のものかはわからないが、髭を蓄えた男性の描かれた大きな肖像画が飾ってある。まさに庶民が思い描く貴族の部屋そのもので、ある種の感動さえ覚えた。
「これを読んでもらえるかい?」
マルクが一通の手紙を差し出してくる。やけに小綺麗な便箋だった。
「げ、私読みはそこまで得意じゃないんだよな。グレゴ、よろしく」
「あいよ、ええとなになに、
『拝啓、親愛なるデゾルディア様。
次の月光の降る夜、貴台の宝物庫へ赴き、竜の吐息を頂きます。
美しき怪盗ガルメル、ガビナンより
追伸 もし手合わせ出来るのであれば、マルク様と剣を交えることを所望する』
なんだこれ予告状か?」
随分と舐め腐った予告状だな。自分のことを美しいとか自称してんじゃねぇぞ
「これが私達に頼みたいことなのでしょうか?」
「ガルメルとガビナン…聞いたことないわね」
私は腕と足を組んで怪訝な顔をし、マルクに尋ねる。
「こんな舐め腐った奴らならデゾルディア家の雇われ兵ならイチコロなんじゃないの?腐ってもデゾルディアの雇われでしょ?」
それを聞いたマルクが首を振って答える。
「このガルメルとガビナンはとても腕が立つんだ。ここの衛兵は素人に毛が生えた程度で、とてもじゃないけどこの 2 人には敵わない。それに、庶民で稼ぎが目的ならあの噂もあるから手を抜いて戦ってしまうかもしれないしね」
「あの噂?」
「なんでもガルメルとガビナンは金持ちの家にしか盗みに入らないそうなんだ。それで盗んだ一部を町にばら撒くらしい」
義賊をやってんのか。そりゃあ手を抜いて戦うかもしれないと警戒するよな
「庶民にとっちゃ英雄みたいなもんかね。タダで大金が手に入るんだから。ちょっとはあげてもいいんじゃないの?五大貴族なんだからお金は腐るほどあるでしょ?」
「ふむ、それでお金を手に入れた人たちは一時の幸福は得られるだろうね。でも長期で見ると、悪いことだらけなんだよ」
「そりゃあまたどうして」
「ラニ、よく考えてみろよ」
グレゴが横から割って入ってくる。
「領主ってのがなんで税を取るかわかるか?自分”達”を豊かにするためなんだよ」
「どういうことだ?」
自分”達”とは?基本的に豊かになるのは税が入る領主だけだろう。
「酪農で考えてみるとわかりやすいか。領主が牧場主、家畜が領民だと思え。家畜は畜産物っていう税を牧場主に定期的に納めてる。その代わりに牧場主っていう領主は家畜たちに餌や設備みたいなものを還元してるんだ。ここまではわかるな?」
「ああ、わかるよ」
「もしここで収穫物っていう金が盗まれ、還元するものが無くなると牧場主はどうしたい?」
「餌も設備も減らすことになるな。それでいてより多くの畜産物を求めて家畜たちを酷使したり、逆に口減らしのために手放したりすることになるかもしれない」
私の答えを聞いてグレゴが満足げに頷く。
「じゃあそれを人に置き換えてみな。ん、クロエたちは答えが出たみたいだな」
「…何も知らない領民側から見れば、『なんで生活水準は変わらないのに税はもっと高くなるんだ』っていう不満に繋がるわよね」
「つまり、そのような方達が来ると、領主と領民の関係に亀裂が入るということなのですね…」
マルクが会話の流れに乗り、さらに付け加える。
「それに、五大貴族の宝物庫から物が盗まれたとなれば、模倣犯が現れてもおかしくない。そうすれば、デゾルディアの権威っていうのはあっという間に地の底に落ちて、この町が腐った町に変わってしまうかもしれないだろう?」
「まぁ、確かに。でも、その時はその時じゃないの?」
「おい、ラニ…」
グレゴが私をたしなめようとしたその瞬間、マルクが立ち上がったかと思うと、勢いよく自分の頭を地面へと付けた。土下座だ。貴族、五大貴族の長男が土下座をしている。今日が初対面の私たちにだ。これが誰かに見られでもすれば大問題だ。
「僕はこの町に住む人たちに、笑ってここに住んでいて欲しいんだ!だから力を貸してほしい!この通りだ!」
何やってんだこいつ。勘弁してくれ。重犯罪者になるのだけは勘弁してほしい。
「わかったから!手伝うから!頭を地面からあげてくれ!協力する前に私たちが牢屋にぶち込まれる羽目になるだろ!」
そこまで言ってやっと、彼は頭をあげたのだった。




