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第2話 野球のない世界

 ユキナガは小学校で級友とドッジボール遊びをしたことがある。


 野球選手の記憶を持って転生したユキナガの投げるボールは小学生離れしたスピードで、級友の手をケガさせてしまった。母親と一緒にその子の家まで謝りに行く羽目になった。


 それ以来キャッチボールはシバのすけとしかやらないことを自分への戒めとした。


 彼は傲慢な小学生だった。


 1年で普通の人の一生分の収入を得るような生活を味わってしまったものが謙虚でいるほうが難しいとは思うので、それを差し引けば『一番多い時で車5台持っていて、彼女が6人いた男』にしてはましなほうだとも言えた。


 とにかく級友や教師から見れば、なんの実績もないのに意味不明に偉そうな小学生だった。


 そのころ、彼はだんだんと、この未来世界について何かがおかしいことに気づき始めた。


 野球の情報をいっこうに見ない。


 彼が転生した町は地方都市だった。情報の遅れは何事においてもあった。でもそれだけが理由ではないようだ。それからこの世界ではなぜかスマホもインターネットも存在していない。人々は、前世のように情報に満ち溢れた生活を送ってはいない。でもそれだけが理由ではないようだ。


「いってきます!」

「いってらっしゃいユキナガ。今夜はコロッケよ」


 彼は不思議に思いながらもキャッチボールへと向かい、人の好い両親は笑顔で彼を見送り続ける。


 ある日いつもの神社の境内で並んで座りながら、ついにユキナガはシバのすけに思い切って聞いてみた。


「この世界には野球がないの?」

 シバのすけは数ある子守り用AIのなかでも表情が豊かであることが特徴の機種だった。いつもやさしく笑ってくれた。なのにこの時の彼は完全なる無の表情を見せた。


 え、怖い。


「少なくとも君の望むような野球はこの世界にない」

シバのすけは告げた。ユキナガは目の前がゆっくりと暗くなっていくのを感じていた。


「プロ野球は大むかしに撤廃された。誰も見ないから。高校の全国大会もなくなった。誰も参加しないから。小学生が入ることのできる少年野球チームは都会に少しあるらしい。でも君の住むこの町の半径200㎞以内にはゼロ」


「そんな……マジかよ。どうしてそんなことに」

「ごめんねユキナガくん。僕はこのことを君にもっと早く教えるべきだったかも知れない。調べたんだよ僕なりに。なんとか君のために明るい情報を見つけたくて。でもこれが現実だった」



 ふたりがその話をしていたころ、ユキナガの家では、人の好い両親の会話が何かの拍子に途切れて、父親が心の中でずっと思っていたことを口にだした。


「しかし不思議なんだが、ユキナガたちは毎日毎日何をして遊んでいるんだろうね」

「ええほんとに。あの大きな手袋みたいなものはいったい何に使う道具なのかしら」

「まるでわからないなあ」


 シバのすけはユキナガの肩に手を置いた。まるで『お手』のように。


「君はいまならまだ方向転換ができる、だから僕ははっきり言うね。ユキナガくん、これ以上トレーニングを続けても、その力を発揮できる場所が残念ながらこの世界にはない。でも君のこつこつと努力を積み重ねる姿勢は凄いと思う。僕はそれをずっと見てきた。君はなにか別の形で報われるに値する人間だ。もしほかの道を探したいというのならば僕は喜んで手伝うよ」


「君とのキャッチボールを続けたい」

 ユキナガは答えた。野球への情熱が消えないのだから彼にはそう答える以外なかった。この思いを理解できるものが、世界のどこにもいなかったとしても。


 シバのすけはやさしく微笑んで、青いキャッチャーミットを右手でポン、ポンとたたいた。

「わかった。いくらでも付き合うよ、ユキナガくん」


 そしてまたシバのすけとのキャッチボールは続いた。


 ユキナガはただ純粋にこうしてキャッチボールをしているだけで楽しかった。


 悔しい気持ちはもちろんある。

 でもそれ以上に、大きな舞台で投げる機会には恵まれなくとも、自分の技術が日々向上していくのを実感できるだけで野球は素晴らしいものだった。


 続けていさえすれば可能性は決してゼロにはならない。なんでもそうだ。


 時は過ぎて、ある日、シバのすけが突然動かなくなった。

「シバノスケ?」

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