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第2話「私に着いてきて」

高校三年生の梶野秋は、突如として怪しい少女ー景文彩に話しかけられた。

しかし、秋は戸惑うままに彩から逃げてしまった。

何とか遠回りして実家に帰宅すると、流石に母親には怪しまれたが。

「普段と違うルートを散歩していたら帰りが大分遠回りになった」と説明すると、22時過ぎだったこともあって勘当は免れた。


一息ついたのも束の間、自室のベッドに入ると、非現実な出来事が目の前で起きたことに何となく心がザワザワしていて。

でも、明日を迎えることは間違いから、とにかく、目を閉じるしかなかった。


ーーーそれから、朝になって。


「ふぁーあ。あ......そっか、俺......あぁ......」


そう。

家まで帰るにはどうしてもあの街路を通らないといけなかったから。

俺は、相当遠回りして帰宅したのだ。

だから、いつも以上に身体の疲労感はかなりあるし、あの出来事がやはり現実であったことにショックを抱えていた。


あー、全部思い出した......。


秋はふと昨日のプレイバックを脳内で行いながら、それと同時に昨日出会ったあの奇妙な少女の名前を思い出していた。


「なんだっけ......かげ、ふみ............」


うーん、と首を捻って考えてみるも、イマイチ下の名前が思い出せなかった。

カーテンから差し込む朝日が目をチクチクと刺してくるもんで、でもあの怪しい光よりは余程安心感があるから、今日だけは嫌ではなかった。


「あー、やべ......今日、学校休もうかな......記録更新か......?あぁ、違う。先週は行ったし......」


約二年間も不登校気味で、学校を休む日なんてザラにあるのに、今更どうしたって言うんだ、俺は。

......にしても、あの女にまた遭遇するような事があったら、今度こそ通報しよう。


「......やっぱ、今日は学校行こ」


足取りは重いけれど。

謎に、前に進まなきゃ......みたいな思いが自分の中にあった。

だって、春先から数えりゃもう相当休んでる。

今は7月の上旬だが、休むペースが増えた頃は「今年も5月病かー」なんて言ってたから、もう流石にまずい。留年してしまう。


「行きたかねぇが......」


腰を持ち上げ、身支度を整え。

用意してもらった朝飯を平らげ、目を擦りながら、ボサボサの頭を多少整えて、それからゆったりと、玄関を出て......


ガチャリ。


「え」


すぐ気付いた。

冷や汗とか、そういう身体反応すら理解に追いつかない。

理解の方が早かった。


「おいおい......」


そう。

昨日出くわした例の女が、腕を組み目の前に立っていた。

しかも、よく見りゃ俺と同じ高校の制服だ。

なんということか。彼女は、俺と同じ高校に通う高校生だったのだ。


そこまで理解してから、俺は一旦家に戻ろうか迷っていた。

しかし、


「あ!」


警戒心を解くためなのか、5歩ほど離れた距離感のところで彼女が右の手を振っている。


「え、っと......すみません、マジで......昨日の人、ですよね。通報しますよ?」


「や、やめて!」


あまりに警戒心の無さそうな態度だったから、こちらとしては身震いした。

しかも、彼女の目は存外本気に見えたのだ。

なんというか、嘘が付けないタイプ?

真っ直ぐな瞳で、しかも綺麗な。

その視線は俺の目をしかと見つめている。

咄嗟には逃げられない、ということだけは理解できた。


「あー、え......あの、じゃあ......俺は、どうすればいいんですか?」


「......えーと」


何故、そちらが言い淀んでいるのか理解が追いつかなかった。

俺は彼女の心象を汲んで行動しないといけないのか?

まあ昨日の彼女の言動から推測するに、やはり、『招待』を受けろということなのだろうか。

しかし、一体何の招待なのだろうか。

何も分からないまま、奇想天外な体験に巻き込まれている......。


「昨日の、招待ってやつですか?」


「ううん」


息を呑んだ。

じゃあ、何?

昨日いきなり招待を受けろと強要してきたのは、そっちじゃないか。

それじゃないなら、じゃあ......


「一緒に、登校するとか」


「そ、そう!」


え、ええ......。

気まずい空気感が、俺の方にだけ広がっていた。

彼女の方は、割と乗り気なのだ。

正解に近い答えを引いたらしい。


高校までは徒歩20分程度だが、こんな怪しいヤツが同行するんじゃ気が気では無い。


と、後々のことを考える余裕もなく、彼女は「じゃ、行こう?」と手招きする。

俺はそれに着いていくしかなかったから、一歩、二歩と、訝しげに歩みを寄せていった。


「あ、あのー」


「何?」


「同じ高校だったんですね」


「うん、そうなんだよねー。ほんとに奇遇で......」


「そう、ですね......。あ。昨日のは、後でちゃんと説明してくださいね」


「う、うん!ごめんね、いきなり......」


一つ返事、二つ返事が多い。

彼女の名前すら思い出せないほど昨日は慌てふためいていた。

なのに何故だか、同じ制服を着ているのを見て、もしかして不審者ではないのかと少し胸を撫で下ろす気持ちでいた。

いや、間違いなく警戒心を解いちゃいけないんだけど......。


「じゃあ......一緒に行きますか」


「うん。はは......」


何なんだ......。

なぜ気まずそうにしている?

むしろ、アンタの仰せのままに動いているんじゃないのか。状況的には。

しかし、大してふんぞり返った様子かと言うと少し侘しげな表情をしているもんだから、それが余計に俺の心象をかき乱していた。


「あのー、景文さん、で、合ってますか」


二人で学校に向かいながら、まず最初に質問を投じた。


「うん。景文彩。私の名前ね」


ああ、下の名前、やっと思い出した......。

昨日から突っかかっていた部分が、ようやく取れた気がした。

じゃあ早速、今までの経緯に存在する不可思議な点を洗いざらい聞いていかないとな......。

警戒心は、解かないように!


「ありがとうございます、景文さん。貴方は、えーっと......どうして、僕の家を知ってるんですか?」


やはり、聞かなければいけない。

朝から仰天させられたのは、そりゃあ俺の家を知った上で待ち伏せしていたから。

俺以外の家族が玄関から出てきていたらどうするつもりだったのか、という疑問はさておき。

何故俺の家の住所を知ってる訳......?


「あー......。んーと、なんて言うのかな。別に探偵付けて追跡した、とかじゃないんだよ?流石にね」


「............もしそうだったら、尚更色んな疑問点が出てきますけど。それは一旦置いておいて......じゃあ、どうやって家の住所を割ったんですか?」


「なんていうのかなー。......なんていうかね。君の生体反応が、私には分かるんだ」


「は、はい......?」


何を言っているのかほとほと検討がつかなかった。

彼女は、今、『生体反応』という言葉を使った訳だが。

俺にはその単語の意味が、いまいちピンと来なかった。


というか、やっぱり彼女はストーカーなのでは?

生体反応なんて言葉、普通聞かないよ。

やっぱり、ネジの外れた人なのか......?


「ごめんなさい、その生体反応っていうのがよく分からなくて。景文さんは、なんて言うかその、超能力者とか?ふざけてる訳じゃないんすけど、そういう奴ですか......?」


冗談みたいな会話の内容だが、割に俺は本気だった。


質問の意図は我ながらご最もだろう。

昨日の件といい、今日の件といい、この景文彩という女はまるで自分が異能力者の類であるかのような振る舞いをする。

そのくせ天真爛漫な様子を見せるもんだから混乱する。

どういう人間なのか、推測が付きにくいのだ。


彩は顎に手を当てて、3秒ほど考えてから、すぐに返答した。


「うーん、部分的にそう」


「え、」


いや、マジでそうなのかよ!

つっても、そうでないと整合性が取れないのも確かだ。

ただの不審者ではないのだろうか......。

勿論、ストーカーだとか、ネジが外れたヤバい奴である線は外しきれないが。


にしても、機械的でアキ○ーターのような答えだ。

考えてくれているのは分かるが、何せその解答は俺にとってただ混乱を増長させるだけの装置だった。

だって、部分的に超能力者って、何だよ......。


「......まあ、いいです。じゃあテレパシーみたいなもんで、俺の生体反応を感じ取って、ここまで来られたと。漫画みたいな話ですね、にわかには信じ難い」


「んー、まあ詳細は追い追い話せればって思うんだけど。でも、実際そうなんだ。だって君、普通の高校生にしてはおかしい部分があるから」


何だか、心をベタベタと触られている気分だった。

この女は、俺以上に俺の事を知っているのだろうか。

そう思うと、追加でどんどん質問していくことすら若干憚られるなと思った。

先手を読まれているのではないか、それに、俺がもしやこの女と同じ類の人間なのではないか。

色んな妄想が頭を駆け巡って仕方がなかった。


「なんつーか、頭の整理がつかないんですけど......本気で言ってます?もしストーカーだったら、やっぱ通報しますからね?」


「や、やめて!まあ無理はないんだけど......。ごめんなさい、昨日は驚かせて。でも、うーん......君は無自覚みたいだから、説明が難しいんだ」


とんでもなく非現実な話題の中で、ナチュラルに昨日のことに関する謝罪が混ざってきた。

もっとちゃんと謝ってもらわないと、示しがつかないのでは...と思いつつも、一旦見過ごして次の会話に移った。


「えっと、無自覚......?やっぱり俺も、貴方と同じように、部分的には超能力者ってことですか......?」


何だか、言っててアホらしくなってきた。

朝っぱら超能力だ何だのと、昨日から異世界にでも迷い込んできたみたいだ。

しかし予想以上に景文彩は思考を巡らせている。うーん、うーん、と唸りながら「そうだなあ」とか「まあそうなんだけどさ!」とか、ブツクサと独り言を並べている。


いや待て、「そうなんだけどさ!」って。

え、そうなんですか......?


「説明するの難しいんだけどね!でもでも、キミは間違いなくトップシークレットな存在なんだよ?」


濁された。

彼女は恐らく、様々な秘密をこさえた状態で喋っている。

それは確かであったが、一方でその秘密を簡単に小出しにはできないんだろうという予測はついた。

これ以上詮索しても、意味は無いか......。


「そう、すか。んー......」


しかし、聞きたいことは山ほどある。

理解が追いついていないのもあるし、何より昨日の、


「招待......って、何だったんです?昨日の......」


すると、彩は目をぱちくりとさせてから、その瞳を一際輝かせて、こう告げた。


「そうそう、そうなの!えーっと......あ、いや、その......今日はあくまで、君と親睦を深めるために、朝お迎えしたんだけど、ね!だから、別に急かしてる訳じゃないんだけど!」


なるほどな、と思った。

今日来た目的は、あくまで一緒に登校すること......というのはどこまでも方便なのだ。

やはり、俺を何かの団体に招待することが真の目的だったわけだ。

そうじゃないと、ここまであからさまな反応はしないだろう。


しかしまあ、この反応から推測するに、彼女自体はそこまで高度な計画を練って、計算高く詰めてくるタイプには見えないのだ。

ここまでの会話の内容からして、彼女のバックに誰かが潜んでいるのは明らかだった。

実際、『招待』と言っているぐらいだから彼女が言っているのは複数人による組織の事なんだろう。

ただ単に彼女が自分の家に招待するだけであれば、ここまで急いだ足取りで、不審者紛いの近付き方をするのは不自然であろう。


「了解っす。まあ、大丈夫っすよ」


「あはは......」


彩は照れ隠しとも言えない、何とも言い難い愛想返事でもって会話をふんわりと終わらせた。


それ以降、彩の口から『超能力』や『招待』に関するワードは一切出てこなくなった。

学校に到着するまでの会話は、ぎこちないままに最近見た動画とか、ハマってるアプリについての話がほとんどであった。

しかも、どれもが取ってつけたような世間話の類であったし、そこまで乗り気で話しているようにも見えなかった。


彼女は、やはり、任務のような形態でもって、俺に忍び寄っているのだろう。

探偵は付けていないが、彼女自体が探偵のようなものなのだ。


「じゃあ、そろそろ着きますんで。また今度」

「あー、うん!ありがとう、なんだけどさ」


彩はまだ言いたげな様子だった。

というか、彼女は学年としては何年に所属しているんだろう。

部活は?勉強も得意なのか?

知り合ったばかりだが何となく、彼女の素性が気になってしまう自分もいる。

すると彼女は、


「放課後、校門の所に来てくれない?」


やはり、徐々に親睦を深めてから招待するプランなのだろう。

しかし、彼女の誘いはまるで真剣さを装っていると言うより真剣そのものだった。

それに、断ったところで、また生体反応だかを追跡されて今日みたいにストーカーされるのがオチなんじゃないか。


「......分かった、っす。じゃあ、放課後」


それまでに、何とか彼女の動向を落ち着かせる方法を思いつかないとな。

つけて回られたら、一溜りもない。プライベートが無くなってしまう。

大体、俺は何の組織にも属すつもりは無い。部活だって入ってないんだから。

断る文句と、それから、このような関係を断つ文句。

それぞれ、適当な理由を考えておかないと。


と、様々考えているのも束の間、『また今度』と言って別れたはずの1階の下駄箱から、二人は全く同じルートを辿っていた。

同じ階段を登り、同じ通路を進む。

俺はそれが滑稽で、かつ気まずかったもんだから、彼女より早めに歩いてクラスに到着した。


それで、いつも通り誰にも挨拶せず、颯爽と後ろの方の自席に座ると。


ガラガラガラ。


まさか......。


いや、そのまさかは当たらなかった。


彩は恐らく隣のクラスに所属している生徒らしい。

ガラガラと音を立てて開いた扉は隣のクラスのもので、開いた瞬間『彩おはよー』という声がこちらにも聞こえてきた。

まあ、そうだよな......。流石に、同じクラスだったら、不登校気味とは言え初見で気付くし。


しかし、隣のクラスか............。

同じ学年だとも思っていなかった、それぐらい他の生徒についての情報が薄い俺は、心底深い溜息をついた。


「なんだよ、もう......」


一人、席に着いてテキストとノートを徐に出しながら。

これからの未来について思案して、それから予測がつかない自体になってしまったことを悔いていた。

彼女に翻弄される未来は、真っ平御免だ。


「何とか、しないと......」


焦りは、自分の中で渦巻いてから音を立てて己を鼓舞しているようだった。


放課後までの時間が、いつも以上に早く過ぎていくように感じた。

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