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第1話「光が見える」

 現在、高校生の俺......梶野秋(かじのあき)は、今日も学校に行かなかった。

 引きこもりがちな俺は、留年しない程度に学校には行っているものの、一方でそのギリギリのラインの日数しか登校できていない。

 だが、そんな状況を憂うこともなく、ただ目下にある傘の石突きを、右脚のつま先で蹴った。


 「君。今日は雨降らなかったから、荷物になってしまったよ」


 夜だし、傘に話しかけても不審者扱いされない。

 いや、そんなことは無いが......ともかく、話し相手すら見つからない状況を無理に打破するなら、傘に話しかけるしか案が無かったのだ。


 大分ロマンチスト思考だ。

 そのせいで、自分の理想論とかけ離れた考えを持つ他人のことを、やけになじってしまう。

 それでもって、周囲に対して当たり障りのない方便を、振り撒く術すら忘れてしまったのだ。

 そんな情けない自分の姿を、鏡で見ることすら億劫になっていた。


 だから、頭はボサボサだし服だって二年前から変わっていない。


 態度だって横柄なままだ。

 もう高校三年生の春先だ。

 そろそろ受験勉強を皆始めているのかもしれない。

 俺は......


 「俺は......」


 そうやって俯いた表情を見てくれるのも、せいぜい傘ぐらいしかいない。

 寂しいよのう。

 既に半端な余生に突入しているかのような気分でもって夜風を浴びている。

 せいぜい学生気取りの引きこもりなのに。


 ただ、ふと諦念のような気持ちから顔だけは前を向いた、その時だった。


 カチ、カチ、カチカチ。


 —――なんだ?


 カチ、カチカチ、カチカチカチ。


 聞こえてきたのは、何か電子器具のスイッチを入れたり切ったりする音だった。

 それはまるで、よくある、部屋の電気を消す時に押すボタン式の埋め込みスイッチのような、まさにそういう音。

 よく聞き馴染みのある音だったからこそ、それがこうして夜中の路上―――しかも外灯も少ない住宅街の狭い公道で聞こえるのが不気味だった。


 それに、なんか光ってないか......?


 カチカチ、カチカチ、カチカチカチ。


 ―――気のせいじゃない。

 音に合わせて、音の鳴っている地点で丸い光がパッパッパッと表れたり消えたりしている。


 「な、なんだよ......」


 余りにその音と光が断続的に五感に訴えかけてくるもんだから、俺は心底怖くなって、その光ってる方に進むのが怖くなってしまった。

 一応実家住まいで、直帰するならその道を進まなきゃいけないんだが......。


 「怖すぎ、マジ......」


 流石に、不審者の可能性がある。

 だって、道のど真ん中だ。

 外灯である可能性は限りなく低い。

 人が、操作している可能性の方が高い。


 「あー、もう。遠回りすっか......」


 クルッと後ろを向いた。

 だって、流石に嫌だろう。

 得体の知れない奴が、俺にモールス信号でも送ってきてんのか分かんねえけど......存在を示してきているのは確かで。

 わざわざ怪しい、薄気味悪い、自発的に光る何かを見に行くほど、心に余裕と勇気が無いんだわ......。


 光は10メートル程先で、音を出し続けている。


 でも俺は、違う道から帰ろうと、少しずつその光から遠のいていった。

 だから、光のことも見えていない。

 これでいいのだ。

 多少生活に絶望していようが、ここで生を捨て去るほど俺は全てを諦めている訳でもない。

 まだ、若いんだし......。

 しょうもない未来が、堂々と待ってるんだ。

 だから、これで......。


 「君!!!」


 ひっ!!!!!!!!!


 心の中で叫んだ。

 履いていたスニーカーの靴紐は、動揺してつい踏んでしまった。

 完全に解けた。

 だって、怖い怖い怖い!

 音と光の方向から、何か高い声が聞こえてきた。

 しかも君......って俺の事?!怖いって、呼ばないでくれ頼むから......。


 もう、流石にさっきの方向は向けないぞ。

 でも、恐怖で足が硬直してしまっている。

 いや、いやいやいや!逃げなきゃ......!


 「君、君ってば!何固まってるんだよー、私の方を見て!」


 嫌だ嫌だ嫌だ!可愛い声でもそれは許されない。

 とんだ不審者か詐欺師か、はたまた怪異だろう。

 俺は乗らない。

 そんな狡猾な手段で引きこもり高校生をおびき寄せると?

 とんだ恥じ掻かせだ。

 警戒心だけはこの二年間ずっと磨いてきたつもりなんだ。

 俺は決して揺るがない。

 怪しい奴に向ける顔なんて無い!


 その瞬間、右脚が勝手に前へと歩みを進めていた。

 あー、良かった......。

 靴紐は後で結ぼう。

 だから、とにかく今は......


 帰らせて............


 「君はさっき、この光に反応していたよね?」


 ...........。


 声は、真後ろ......それこそ、2メートル程後ろから聞こえてきた。

 俺がモタモタしている間に、追いついてしまったのだろう。

 恐らく性別は女。

 芯のある声で、俺の耳元に突き刺してきた。

 彼女は目的を持って俺に接してきているような様子だ。

 一体、何者なんだ......。


 今持っている武器は傘だけだが、これで応戦できるのか......。


 「ねえってば」


 うっ!

 もう、覚悟を決めないといけない。

 振り向かないで刺されるぐらいなら、いっそのこと向き合った方がいい。

 現実に向き合わずに生きてきた俺にとって、これは大きな第一歩だ。


 「は、は、は、はい......?」


 強ばった声がそろそろと出てくる。

 と同時に背後から「ふん」と鼻を鳴らすような声が聞こえた気がして、それもそれで大分糸の張るような空気が肌身に感じられた。


 恐る恐る後ろを向くと、よもや視界に映っていたのは華奢で可憐な少女だった。


 「やっと見てくれた」


 ......へ。


 背丈は、俺が171センチで、それより10センチ強ぐらい小さいか。

 でもって、腰に手を当てて態度はふんぞり返ったような様子で。

 髪は少し青みがかった黒で、肩の辺りまで伸びている。

 瞳は切れ長で、綺麗な二重だ。

 服装は......なんと言うか、サブカルとロッキーな感じが混ざった系?黒いレザー質のジージャンを上にまとい、下はダボッとしたこれまた黒いスウェットを履いている。

 なのに、靴は真っ白だ。

 底の高い靴が彼女の身長を少し後押ししてくれているみたい。


 随分、変わったセンスだなと、ここまで冷静に分析してしまった。


 「あっ、と。ごめんなさい、あの......ど、どなたですか?」


 ひとたび恐縮な素振りを取り戻すと、俺は目の前にいる少女に対してある程度の距離感を保ちながらもつい質問してしまった。

 気になってしまったからだ。

 この人物が一体何者なのか、また右手に持つ懐中電灯のような何かについても。


 怪しい対象であることに変わりないが、それにさっきの彼女の発言についても少し気がかりな点があるぐらいだ。

 どうしたってもう少し会話のキャッチボールをしてみないと、彼女の素性は知れないままだろうと思ってしまったから。

 だから、早く、俺がこの場から逃げてしまう前に、教えてほしい。

 貴方は......


 「私?私は景文彩(かげふみあや)。貴方のこと、招待しに来たの」


 しょ、しょ、招待......?

 女が夜な夜なモールス信号を送ってきて、そんで急に近づいて来たと思ったら招待?

 有り得ない。

 何の招待なのか聞く前にやっぱりこの場から逃げ出したい。

 だってそんなの、絶対マ○チに決まってる......!


 「あ、え、と。ぼく、そういうの断ってて、基本的に......。だから、その、」

 「だって、この光、見えるんでしょ?」


 間髪入れずにぶっ込んできた。

 この女―――景文彩は、何やら右手の親指と人差し指を使ってやたらカチカチと鳴らしている。

 音と同時に垣間見えたのは、やはり先程の黄色味を帯びた光だった。

 さっきから死ぬほど見た光だ。

 何なんだってんだよ、一体それが......。


 カチ、カチカチ、カチ。


 女は無言を貫いて、と同時にやはり光を一定の合間で浴びせてくる。

 その度に、俺が眩しくて目をぎゅっと細める様を、また不思議そうに女が見つめるのだ。

 何の嫌がらせか、何故このような状況に陥っているのか、自分でも頭の整理がつかなくなっていた。

 とにかく、今やるべき事は一つしかないと信じ込んでいた。


 「あの......すみません!また今度」


 猛ダッシュで逃げた。

 家の方角とは違う方だ。

 でも、もういい。

 彼女からとにかく逃げてしまえば、身の安全は確保されるはずだ。


 その後、ある程度逃げてから、実家にいる家族を心配させまいと、スマートフォンを片手間に開き、グループチャットに連絡をよこした。


 「ごめん、ちょっと帰るの遅くなる......」


 申し訳なさと恐怖心から何も手につかなくなりそうだったが、必要最低限の連絡はしないといけない。

 その理性だけは保ちつつ、失った平静さを取り戻すのに少しずつ息を整えていた。


 「何だったんだろう、さっきの......」


 暗がりの中灯る街灯は、どう考えてもさっきの光より輝いて見えた。

 二度と、あんな思いはしたくないな......。


 そう願いながら、ゆっくりと、歩みを進めていくのであった。

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