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ピエロ  作者: 藤江 氷花
6/6

第6話


 大会が終わりそろそろ期末テストが始まる。雅治が授業に出るようになってからは私もなるべくサボらず出席するようになった。

 

 放課後。今日は部活が休みだった。

 今は雅治の苦手な国語をやっていた。

 「だから書き抜きって書いてあるんだからそれを書き抜けばいいだけでしょ」

 「その、日本語がわからない」

 頭を抱えている雅治に私は頑張れとだけ言って次の問題に取かかっていた。

 その時。

 ドアをノックする音が聞こえた。

 ドアの方を向くと牡丹がドアの前に立っていた。

 「どしたの?牡丹」

 「空に話があるんだ。今いい?」

 「いいよ?」

 「ここでは言えないから他の部屋でいい?」

 「今ちょっと雅治の勉強に付き合ってるから・・・」

 「雅治君、空借りていい?」

 雅治はなるべく早く帰って来いよとだけ言ってまた国語の問題と格闘していた。

 「空、行こ?」

 牡丹に手を引かれ私は使われていない美術室に来た。


 重い空気が流れていた。

 

 その瞬間牡丹の態度が変わったのがわかった。

 「あのさ、幸成君や雅治君を誘惑するのやめてくれない?二人ともかっこいいから独り占めしてるんでしょ」

 なにを言っているのか分からなかった。

 「そんな事してないよ。私はただマネージャーの仕事をしているだけで」

 「勉強と部活は関係ないでしょ?なに仲良く勉強してるの?マネージャー関係ないでしょ」

 「それは・・・」

 「それか私もマネージャーに入れてよ。人手不足なんでしょ?」

 「マネージャーは姉さんが託してくれた大切な事だから悪いけど無理。これだけは譲れない」

 すると牡丹は舌打ちをして携帯でどこかに電話をした。

 電話が終わると不気味に笑って私に言った。

 「あんたのそういうところいつもムカついてたんだ。姉さん姉さんって。シスコン過ぎて気持ち悪い。姉が姉なら妹も妹ってことか」

 「なんのこと?」

 「あー知らないか、言わないでって泣いて言われたから空が幸成君や雅治君と距離置くなら何もしないつもりだったけど最近更に仲良くなったからもうそろそろ私も限界でさ」

 いつもの無邪気な牡丹じゃない。まるで別人だ。

 教室の扉が凄い力で開いて私は耳を塞いだ。

 「こいつか?また遊んでもいい女?」

 唐突に。知らない男達が入ってきた。

 知らない男達に手足を拘束されて動けなくなった。

 「牡丹!?やめて!?なんのつもり?」

 「ん?これからいっぱい楽しい事するよ?あ、遊ぶ前にいいもの見せてあげる」

 差し出された携帯を見て私は唖然とした。

 裸にされ手足を拘束され下唇を噛み耐えている女性。

 この髪型・・・この容姿・・・どこかで見たことある。


 ・・・これは・・・。


 「・・・ねえ・・・さん・・・?」


 「そう。いっぱい遊んであげたんだ。悲鳴一つあげなかったからつまらなかったけどね」

 「なんで・・・どうして・・・牡丹・・・。姉さんと仲良くしてたのにどうして・・・」

 「演技に決まってるじゃん。あんな地味な女といてもつまらないし。ブスの癖に幸成君や雅治君と仲良くしててずっとムカついてたんだ。それでなに?雅治君と付き合ってる?ふざけてるでしょ。だからこいつらに頼んで遊んでやったの。でもあんたにはだけは言わないで、私はどうなってもいいからって言うから軽くいじめてやったんだ。結局あっさり死んだからおもちゃいなくなっちゃったけどね。だから今度はあんたがおもちゃになって。同じ顔で同じ声で気持ち悪いし。ていうか、妹なのに大好きなお姉ちゃんの事なんも知らなかったんだね。それで姉さん姉さんって馬鹿みたい。妹失格」

 「・・・そんな・・・」

 

 私は何を見てきたのだろうか。

 どうして・・・気づかなかったのだろう。


 ・・・。

 姉さんが、姉さんが自殺した理由って。


 「うわわわわわわわわわ!!」

 理性なんか吹き飛んだ。掴まれていた腕も足も私の力ではないというような凄い力が出て男達を弾き飛ばした。

 私は近くにあった花瓶を手に取り牡丹に振りかかった。

 その瞬間。

 白いワイシャツが見えた。

 バリンと花瓶が割れる音がした。


 「!?・・・え・・・」

 

 雅治が牡丹の前に立ち花瓶は雅治の頭部に当たった。

 

 「セーフ」

 「・・・雅治・・・なんで・・・なんで邪魔したの!?こいつは、こいつが姉さんを殺した・・・なのになんで!?」

 「空に犯罪者になってほしくないし」

 涙が溢れて目の前が見えなくなり私は泣き崩れた。

 雅治は牡丹の方を向いて言った。

 「さっきの話全部聞かせてもらったから。二度と俺らに関わるな。それと、今度こいつに何かしたら俺お前の事許さないから」

 「どうして?顔が同じだから?声が似てるから?雅治君の好きだった女は死んだんだよ。こいつは偽物なんだよ。どうしてこいつの味方をするの?」

 「たしかに見た目も声も仕草だって海に似てる。お前の言う通り海は死んだ。もう会えないし声を交わす事だって出来ない」

 「だったら!」

 「でも」

 雅治は笑って言った。

 「海を好きになったのと同じぐらい空も俺の大切な人なんだ」

 牡丹は舌打ちをして何人かの男達と美術室を出て行った。


 その瞬間。

 立っていた雅治は倒れた。

 よく見ると制服には血が滲んでいて頭部からの出血も見られた。

 「ま・・・雅治・・・血が出てる・・・。ごめん、ごめんね・・・私のせいで・・・」

 「空のせいじゃないよ。俺が勝手に動いただけ。だから・・・気に・・・する・・・な・・・」

 「雅治?雅治・・・ねえ起きてよ。意地悪しないで起きて。雅治!」

 雅治は意識を失っていた。


 その後学校の先生が来て雅治は救急車で病院に運ばれた。

 私も含め牡丹がしてきた事は許されるわけもなく牡丹と何人かの男達は退学処分となった。

 私は退学にはならなかったが一週間の停学を言い渡された。

 

 停学を言われてから私は毎日雅治の入院している病院に通った。

 ピピピピピ

 病室に入ると様々な機械の音がしていた。

 個室で誰もいない。

 あれから三日が過ぎた。

 雅治はちっとも目覚めない。死んだような顔でベッドに横たわっている。


 雅治・・・このまま死んじゃうの?

 私、やっと素直になれたんだよ。

 やっと。やっとわかったんだよ。


 神様お願い。私からもう大切な人を奪わないで。

 哀しかった。苦しかった。切なかった。寂しかった。

 「うう。ううう」

 目から涙が溢れてきた。

 拭っても拭っても止まらない。


 「・・・雅治。・・・大好き・・・だよ・・・」


 呟いた。

 今まで言ってはいけない事だと思っていた。ダメなことなのだと諦めていた。自分の気持ちに嘘をついてきた。でも今は言いたい。私は雅治が好き。もう私は海の代わりじゃない。

私は空だ。


 意味なんかないのに私は泣いた。

 どれだけ泣いても意味はない。

 奇跡なんて起きない。

 現実はいつでも冷酷で残酷で・・・。


 「・・・そ・・・ら・・・?」


 私は目を見開いた。

 あ。

 ああ。

 「なに・・・泣いて・・・るの?」

 声はか弱くて、か弱いくせにどこか強くて、なのに温かくて。


 「泣いてないし。目にゴミが入っただけ」

 「嘘下手」

 「うるさい」

 雅治はゆっくり起き上がって笑った。

 「ねえ、空。俺と付き合ってくれない?病院でしかもこんな状態で言う事ではないけどね」

 「・・・無理だよ。海が。姉さんがいる。姉さんがいる限り私は雅治の隣で笑えないし資格もない」

 「もちろん、海を忘れたわけではないよ。でも海とは違う空に惹かれたんだ。だから付き合ってほしい」

 「私なんかでいいの?」

 「もちろん」

 「でも・・・私は海ではないよ」

 「知ってる」

 「でも・・・やっぱり・・・姉さんが・・・」

 「空」

 「?」

 「俺は空が大好きだよ。これからは海の代わりじゃなく成川空として俺の隣にずっといて」

 涙がまた溢れてきた。

 「ありがとう」

 「泣きすぎ」

 私の頭を撫でながら雅治は笑った。

 「そういえばテスト勉強全然してないな」

 「教えてあげる」

 「よろしくお願いします」

 久しぶりに無邪気に笑った気がする。


 私はもう道化師じゃない。

 笑いたい時に笑い、泣きたい時に泣き、腹を立てれば怒る。

 感情を持った人間になったんだから。


プロローグ

人間というのはちっぽけで笑えるほどちっぽけで呆れるほどちっぽけな存在だと思う。

 そんなちっぽけな存在の私達人間は一人では決して生きてなどいけない。

 苦しむ人を苦しみから救う事もその苦しみをその人から取り除く事は出来ないのかも知れない。

 だが、その人を支え共に痛みを分かち合う事は出来る。

 一人でいい。

 たった一人でいいんだ。

 たった一人でもその人に「大丈夫」と言って手を差し伸べたならきっと何か変わるだろう。

 逃げてはいけない。

 もともと、私達人間は何度でも立ち直れる底力を持っているんだ。

 ただ独りではか弱く臆病になってしまうだけ。


 だから私は言ってあげたい。

 「あなたは決して独りなんかじゃない。もっと周りを見てごらん。あなたを信じあなたのために涙を流しあなたを支えてくれる人が必ずいますよ」と。


 泣いた分だけ笑える。立ち止まった分だけ先に進める。悲しみを知った分だけ優しくなれる。

 それが私達人間という悲しく切ないそして面白い生き物なのだから。

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