第4話
私は姉さんさえいれば他はいらなかった。友達なんかいつ裏切るかわからないそんなもの不要だと思っていた。
でも、姉さんの考えは私とは違っていた。
―空は少し自立しなきゃ。私がいついなくなってもいいように。
そう、いつも言っていた。
姉さん。
私は姉さんがいればそれでよかったんだよ。他は何も望んでなかった。
赤花牡丹は姉さんと凄く仲がよかった。
可愛くて大人しく美人な牡丹は男子からも人気である意味私とは正反対だった。
正直私には苦手な相手だ。
でも、姉さんが仲良くしてみようとあまりにもしつこく言うので私も仲良くしてみようと努力した。
興味のない映画や漫画を見て話題に参加したり、下らないと思う話に耳を傾けたり出来る限りの努力をした。その努力は姉さんが死んでからも続けた。本当は誰とも関わりたくなかったが姉さんが残してくれた数少ない大切な人だから。姉さんの思いがある限り私がそれを引き継がねばと思った。
昼休み。
私は牡丹と一緒に昼ごはんを食べていた。
「ねえ空。昨日のドラマ見た?あの主人公すごくかっこよくなかった?」
「そだね」
「それで、ヒロインが駅で」
「うん」
私はご飯を食べながら牡丹の話を聞いていた。
牡丹はとにかくドラマやアニメ、映画などが大好きで話が尽きない。
その点私は人と話せるほどの知識があるわけではない。牡丹の好きなアニメやドラマを私は片っ端から見ても内容は全然入って来ないため基本うん、そう、そなんだを繰り返すだけの私の反応はつまらなくないのだろうかと思いながら積極的に話してくる牡丹には感謝すらしてしまう。
「ごめんね、ご飯中に」
幸成が来た。
「どしたの?」
「小野に用事があったんだけど・・・いないみたいだね」
「屋上にいると思う」
「またサボってたのかい?」
「まあ」
「相変わらず部活も来たり来なかったりだし授業にも出てないみたいだから仕方ないけど部停にしようと思ってね」
・・・それはだめだ。
雅治はよくサボるけど戦力にはなる。
それに、そんな事になったら姉さんが悲しむ。
「待って、幸成。私が説得するから。授業も部活も出るように私が何とか説得するから。だからもう少しだけ待って!」
「んー空の言い分もわかるけどもう先生とも話して決まった事だからね」
「なんとかして、お願い!」
私は手を合わせて頭を下げた。
「はあ、わかったよ。来週まで待ってあげる。先生にもそう言っておくよ。でも、空が何言っても聞かないようだったら諦めてもらうよ」
「うん、わかった。ありがとう」
「じゃあ、食事中にごめんね」
幸成は手を振って去って行った。
「はあ」
疲れた。
「空も大変だね。雅治君の保護者みたい」
保護者よりも大変だと叫びたくなったがその言葉を飲み込んで私はまあとだけ答えた。
「それにしても、雅治君もかっこいいけど幸成君も優しくてかっこいいね。いいなあ、陸上部イケメン多くて。マネージャーやってる空が羨ましいよ」
「そんな事ないよ。仕事多いし」
「いいな、いいな」
いいなしか言わない牡丹にやれやれと思いながら立ち上がりお弁当箱を鞄にしまった。
「ごめん、牡丹。雅治探しに行ってくる」
「いってらっしゃい」
手を振る牡丹にごめんねとだけ言って教室を出た。
そのあと、牡丹が舌打ちをしてすごい顔で私を睨んでいた事はこの時私は知らなかった。
屋上。
やっぱりいた。
屋上の柵に寄り掛かって腕を組んで寝ていた。まったく人の気も知らないでと半分イラついたが平常心平常心と自分を落ち着かせて雅治に声をかけた。
「雅治雅治起きて」
肩を揺すってみた。
「んー」
唸りはしたが起きる気配がない。
「雅治起きて」
「・・・海?」
寝ぼけているのだろう。
「空だよ」
「空?ああ、そうだよね。海はもういない。ごめんね」
「大丈夫」
「海の夢見てたんだ。もう会えないのに夢の中で微笑んでた。変わらない笑顔だったから夢から覚めても海がいるんじゃないかって勘違いしたんだ」
悲しそうな切なそうな顔で雅治はそう言った。
私は話題を変えた。
「雅治、授業と部活に出て。幸成が部停にするって言ってた。来週まで待ってくれるから今からでも出て」
雅治は組んでいた腕を解いて私の頭を撫でた。
「いっそ部停になったほうがいい。海のいない部活は楽しくもなんともなくてただ苦しいだけだ」
私は私の頭を撫でる雅治の手を取って言った。
「だめ、そんなことしても姉さんが悲しむだけだよ。姉さんは真面目な雅治が大好きっていつも言ってた」
私は雅治の手を雅治の胸に当てた。
「姉さんは死んでない。生きてるよ。雅治の心の中でいつも笑って見守ってくれてる。だから姉さんの事でもう苦しまなくていいんだよ」
「空」
「姉さんの大好きだった雅治に戻って」
「大好き・・・大好き・・・か。俺、海に大好きってあまり言ってやらなかった。どうして言ってやれなかったんだろう。こんな簡単な言葉なのに。海はいつも俺に気持ちを伝えてくれてたのにどうして・・・俺は・・・」
雅治の目からは涙が流れ出ていた。
それは、姉さんに向けた後悔そのものだった。
「簡単な言葉じゃないよ。そんなに自分の事責めないで。姉さんは素直だった。ただそれだけだよ」
「なあ・・・今の俺を見ても海は好きだって微笑んでくれるかな・・・?」
「きっと言ってくれるよ。だって姉さんだもん」
「そうか、ありがとう」
「午後の授業体育だよ、行こう?」
「ああ」
私は雅治の手を引いて屋上を後にした。