第2話
放課後。
部活が始まった。
私は一年生のランニングのタイムを測っていた。
一年生のランニングタイムを測り終えたらドリンク作り、タオル出し。洗濯などなど。仕事はたくさんだ。
でも、私は幸成にマネージャーを増やしてほしいと言った事はない。聖域を汚されるようで嫌だったからだ。
―空は頑張り屋さんだから無理し過ぎないようにね。
また思い出す。
身体が弱くて走ることも話す事でさえ辛いのにいつも自分の事ではなく他人の心配をして無理して結局倒れて。それの繰り返しだった。
でも、嫌だとは思わなかった。それが当たり前だったし一緒にいるだけで私は満足だった。
ピ―――
笛の音で我に返った。
今は部活中だったと自分でほっぺたを叩き部活に集中しなければと思った。
「空、体調悪いの?」
幸成が部室から出てきた。
「なんでもない。大丈夫」
そう言った。
「そう。大丈夫ならいいんだ。そんな事より小野を見なかったかい?」
あー、サボりだな、そう思った。
「見てない」
「悪いんだけど探して来てもらえるかい?」
「一年のタイムは?」
「俺がやるからいいよ。それに俺が言うより空が言うほうが小野も言う事聞くしね。お願いするよ」
そう言うと、私が持っていたストップウォッチを取るとお願いね、と笑顔で手を振られた。
私は溜息をしながら雅治の行きそうな場所に向かった。
以前の雅治は授業も部活も真面目に出ていた。初めからサボっていた私とは違い優等生だった。
あのことをきっかけに雅治は変わってしまった。
授業にも出なくなり部活も来たり来なかったりだ。
そして、いつも私を見る時は悲しそうな切なそうな顔で力無く笑って優しく頭を撫でる。
そんな雅治を私はどう思っているのだろうか。たった一言簡単な言葉を言えば彼は目を覚ますのかもしれない。でも、それを言うと雅治が壊れてしまいそうでそれが怖くて私は雅治に言う事が出来ないでいた。
―雅治はすごく優しくて真面目なんだ。でも本当は臆病なんだよ。
うん。知ってるよ。
ずっと見てきたから。私は幸せになってほしかった。それ以外は何も望んでいなかった。私は、どうなってもいいから、そう願っていた。
神様は残酷だ。
神様。
神様はこんな些細な願いも叶えてくれなかったのですか。
放課後。雅治の行きそうな場所。
「裏庭かな」
裏庭に居なかったら屋上で寝ているだろう。そう思った。
裏庭に近づくと話し声が聞こえた。
あ、と思った。
雅治ともう一人。女子だ。
立ち聞きは悪い気がしたが身体がそこから動かなかった。
「雅治君、私ね、雅治君の事がずっと好きだったの。私と付き合って」
「悪いけど俺は誰とも付き合う気はない」
「でも、私、雅治君の頑張る姿大好きだよ」
―雅治の頑張ってる姿凄くかっこいいし大好きだよ。
重なる。
あの時放たれた言葉と重なる。
「こんな授業も部活も行かないやつのどこが好きなんだ?かっこいい男なら他にも居るだろ。ほかにいけ」
いつもの雅治ではないきつい言い方だった。
その瞬間。
女は背伸びをして雅治のネクタイを手繰り寄せて唇にキスをした。
「!?放せ!」
雅治は反射的に女を突き飛ばした。
バシンっという音がした。
女は泣きながらその場を去ろうとした。私は女とぶつかって転んだ。
「なにあんた、ずっと見てたの?いつも雅治君と一緒にいる女・・・いつも雅治君と一緒にいれるからって調子に乗らないでよ!」
泣きながらそう言うと女はいなくなった。
唖然とその場に座り込んで考えた。
いつもいれるから・・・か・・・。
私は一緒にいていいのだろうか。
ふと思った。
私と居なければ雅治はあの事を忘れることが出来るのではないかと。
そんな事を考えているとほっぺたを摩りながらひょこっと雅治が顔を出してきた。
「空?何してるの?こんなところに座り込んで。ジャージ汚れるよ。ほら?」
さっきの雅治とは違う優しい口調。差し出された手を私は握って立ち上がりジャージに着いた砂埃を払った。
「ほっぺた」
私は雅治のほっぺたを指さした。
「見てたの?」
「幸成に雅治を探してきてって頼まれたから。見るつもりじゃなかったんだけど・・・ごめんね」
「そうか。部活行くと苦しくなるんだ。苦しくて苦しくて耐えれない。俺は弱い男なんだ」
力無く笑う雅治の手を引いて水道台に向かいハンカチを濡らして雅治のほっぺたに当てた。
「弱くないよ。強いよ」
「ありがとう」
私の頭を撫でながら雅治は笑った。
その後二人で部活に行き幸成に遅いと怒られた。