第1話
プロローグ
人間が嫌いだ。
弱くて脆くてすぐ壊れてしまうのになぜか一生懸命で。
私はそんな人間の姿を見るのが嫌いだ。
純粋な存在だった。
弱いのにしっかりと自分という存在を持っていて何に対しても真面目に取り組んで努力家だった。
適当に済ませて適当に終わらせる私とは正反対で。
純粋な笑顔を浮かべていた。
そんな姿を見るのがいつしか次第に嫌いになって行った。
私には持っていない純粋で真っ直ぐな明るい心。
・・・私には持っていない心。
悲しい。虚しい。辛い。苦しい。
そんな感情はなかった。
でもだからどうと言う事もない。
私は私だ。
そんなもの持っていなくてもいい。
ただ私は他人と比べてとてつもない退屈な時間を過ごして惨めに死んでいくだけ。たったそれだけのこと。
いつからだろうか。本心ではない。作り笑いを浮かべるようになったのは。
そう。私は空っぽな笑顔で人間という生き物を騙して弄ぶ根性が腐りきったただの『道化師』。
キーンコーンカーンコーン
3時間目の授業が始まる鐘が鳴った。
「3時間目始まったぞ。どうする?」
「行かない」
横になり膝枕をしてもらいながら私はそう呟いた。
屋上。
授業なんて出たってただ退屈なだけだ。私は授業はよくサボるが成績は自分で言うのも何だがいいほうなので支障はない。だからよくサボる。
そして同じクラスで隣の席で同じ部活の小野雅治はよく私とサボり行動を共にする。
決して付き合っているわけではない。でも、彼が私に優しく接する理由はわかる。あえて私はそれを言わない。雅治もそれを言おうとしないので聞く必要も言う必要もないと思っている。
「そうか。じゃあ俺も寝る」
私の頭を撫でながら雅治はそう答えた。
頭を撫でてもらいながら私は寝返りをうち雲一つない空を見上げた。
「空、綺麗」
「そうだな」
「寝る」
そう呟いて私は瞼を閉じた。
雅治は私の頭を撫でるのが好きらしい。
雅治に頭を撫でてもらうとなんだか落ち着く。
でも、勘違いしてはならないのだと強く思いながら私は眠りに落ちた。
桜が満開に咲いている四月。
昼休み。屋上。
絶賛お説教タイム。
「聞いてる?今日も授業サボっていたみたいだね。これ以上休むようなら部長として君達二人を部停にするしかなくなるよ」
部長の金本幸成は責任感が強い。私には苦手なタイプだ。
私、成川空は高校二年陸上部のマネージャーをしている。
授業には興味はないが部活に行くのは好きだ。だから部停にされるのは困る。
「でも、成績は落としてない」
私は半分無駄と思いながら反論した。雅治は隣でやめとけと言う顔をしながら黙って俯いていた。
「成績の問題ではないよ。先生からも注意を受けている。でも、小野はとりあえずいてもいなくても構わないが空を部停にすると陸上部のマネージャーが居なくなってしまう。そうなるとこちらも大変だから部停にはしたくないよ。わかってくれるよね?」
さりげなく言ったセリフと不適な笑みに恐怖を覚えた。
「俺はいてもいなくてもいいって酷くないか?」
雅治も反論したが「何か文句ある?」と放たれた一言で黙り込んでしまった。
「とりあえず今後サボる事は許さないよ」
はぁっと溜息をつき私は屋上の扉を開けた。
「空、まだ話は終わってないよ」
「お茶買ってくる」
「空!」
「授業出ればいいんでしょ?わかった」
私はそう言うと屋上を後にした。
「俺も」
そう言う声が聞こえて後ろからバタバタと足音が聞こえてきたので雅治が後ろからついて来たのだろう。
「やれやれ、小野もなにを考えているのかわからないけど空はそれ以上に何を考えているのかわからないから困るな」
幸成は誰も居なくなった屋上でそう呟いた。
階段を降りる。
授業・・・めんどくさい。
そう思いながら階段を降りる。
「空、あまり幸成を怒らせるな。余計にややこしくなる」
雅治は幸成が本気で怒ると怖いことを知っている。だからあまり挑発しようとはしない。私も幸成が本気で怒ると怖い事は知っているが、気にしたことはない。
私は笑みを浮かべながら言った。
「雅治、桜、見に行こ」
―ねえ、雅治、桜満開だよ?見に行こうよー
重なる。
雅治は遠くを見るような目で、心ここに在らずという感じで、「お、おう」とだけ答え、それ以上は何も言わなかった。
誰と重ねているのかわかる。
悲しそうな顔から誰の事を想像しているのかわかる。
だから私は雅治の手を引いて桜が満開な裏庭に向かった。
向かっている途中やっと雅治は口を開いた。
「お前も桜好きなんだな。あいつと一緒だ」
あいつ・・・そうかもしれない。いつも一緒にいた・・・私にとってももちろん雅治にとってはもっと大切な人。ずっと一緒にいたんだ。好きなものも一緒なのかもしれない。
―桜綺麗だね。来年もまた綺麗に咲くといいね。
脳内に流れる純粋な笑顔と言葉。今年も一緒に見れると思っていた。この先もずっと一緒にいるとあの時は思っていたんだ。私が大好きだった笑顔。そして今は大嫌いな笑顔。頭から離れない。
私は笑みを浮かべながら言った。
「桜綺麗だね」
手を差し出すと桜の花びらが手に舞い降りてきた。
「そうだな」
私達は五時間目のチャイムが鳴るまで桜を見ていた。