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ジーヤンニアス  作者: 茅野榛人
第一章
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第二話『殺人ハッカー 中編』

 掌野に不倫の件で脅迫をされていた、世野倫彦よのみちひこと言う男性と、林田広乃はやしだひろのと言う女性。今の所この二人が最も疑わしい為、昨日は時間がなくて出来なかった、もう少し突っ込んだ話をしようと思っている。世野の住む自宅アパートに向かっていた時、ふと十二年前の事を思い出した。刑事人生で最も大きな失態を犯した、あの日の事を。

 自らの警察手帳……いや、正確には二里の警察手帳を取り出し、考えた。いつかは誰かしらの刑事に乗り移って、再び刑事人生をスタートさせようと常に思っていた。しかし同時に、今の私に刑事を続ける資格があるのかどうかとも思っていた。二里の廃れっぷりを見てしまったが故に、完璧な心の準備を整えずにスタートしてしまった、第二の刑事人生。果たして私は……いたっ! 思わず通行人と肩がぶつかってしまった。慌てて声をかけた。

「すみません大丈夫ですか! お怪我はありませんか?」

 ぶつかってしまった人は、長い黒髪が印象的な女性だった。しかしその女性は、私の握っていた警察手帳に目をやり、直ぐに私の顔に視線を移した後、眼力を強め、突然全速力で走り出した。

「あ……ちょっと!」

 私は直ぐにその女性を追いかけた。ところが直ぐに見失ってしまった。十二年前の土地勘では、追いかける事すらままならない。すっかり忘れてしまっていた脳内地図の更新を、出来るだけ直ぐに行う必要がある。


「世野は自宅アパートで暮らしながら、アルバイトを転々とする生活を送る若者であった。辞めたアルバイト先で今の彼女と出会い、職が不安定であるにもかかわらず結婚。そしてまた別の辞めたアルバイト先で、別の女性と出会い、そこで不倫関係が完成。近くに住んでいた掌野に、世野が不倫相手の女性と歩いている所を目撃され、掌野は不倫をネタに、世野が必死にためていた貯金を奪い始めた。事件当日はコンビニエンスストアで働いていたと言う事だが、一つだけ、非常に妙な事も言った。事件発生の前日、ゲームセンターから帰宅した際に、携帯電話を紛失した事に気付き、遺失届を出した。ところが事件当日の深夜、突然ドアのポストに、自分の携帯電話が投げ込まれたと言った。確認してみると、特に変な所は無かったようだが、自分の知らない電話番号に発信し、通話をした履歴が残っていたと言う。気味が悪かった為、履歴は削除したらしいが、何とか電話番号を思い出してもらった。その電話番号は、掌野の携帯電話の番号だったのだ……」

 良くもまあ、ここまでスタンドプレーを繰り広げる事が出来るな。絶対に先輩からこっ酷く叱られているに違いない。

 しかしその世野さんと言う男の言葉には興味がある。と言うか、世野が犯人ではないのか? 遺失届等は全て世野による自作自演で、携帯電話で掌野を呼び出し、自殺に見せかけて殺害した。携帯電話を紛失していたから、掌野に電話をかける事は出来ないと言うシナリオに……ん? ちょっと待て……そもそも世野は掌野に脅されていたんだから、電話番号を知らない訳がないじゃん! 犯人は世野で決まりだ。この程度の事件……こいつでなくとも俺は解く事が出来たよ……これできっと身体を返してくれる!

「今、犯人は世野で、俺でも解く事が出来る事件ではないかなんて、思ったんじゃないだろうな?」

 え? 幽霊になると心も読めるのか?

「ち……違いますって! あ……いやでも犯人は世野と思ったのは、間違いないっすよ? 冷静に考えれば、実に簡単な事件っすね。だって、脅されてたのに電話番号知らないって、信じられない分かりやすさレベルっすよねえ……」

「私は、いつ世野が犯人だなんて言ったかな?」

「……言いませんでしたっけ?」

「私は世野の話をしていただけであって、世野が掌野殺害の犯人だとは一言も言っていない。お前が勝手に判断しただけだ。それにお前は、世野がコンビニエンスストアで働いていたと言う部分をすっかり切り落としてしまっている。まるで掌野を自殺と判断した時と同じだな。さっさと片付けたいと言う気持ちが暴走し、真実に辿り着かずに事件を終わらせる」

「……」

 昨日と同じだ……言い返したいのに言い返せない……。

「世野の働いていると言うコンビニエンスストアで、裏を取った。確かに世野は、あのコンビニエンスストアで働いている。事件当日も、氷沢さんの割り出した死亡推定時刻には、まだ働いていた。世野に犯行は不可能だ。それにさっきお前は、世野が掌野の電話番号を知らない訳がないと言ったな? 二人の人間をいっぺんに強請れるほどの度胸の持ち主が、金蔓かねづるとの接触の痕跡を残すと思うか? 掌野の自宅は世野の自宅の近くにある。携帯電話なんかなくても、いくらでも接触出来る訳だ。掌野の携帯電話を調べたら、世野さんの携帯電話からの着信、通話した履歴は削除されていた。接触の痕跡を残すまいと、掌野本人が履歴を削除したんだろう」

 ……そのコンビニの話をもっと早く言えよ! 俺すげえ恥かいたぞ! っと叫びたかったが、階級と言う壁がそれを阻止した。

「と言う事は……犯人は世野さんに罪を着せようと、世野さんの携帯電話を盗もうと考え、盗むチャンスが出来た日、つまり犯行の前日に世野さんの携帯電話を盗み、その翌日、盗んだ携帯電話で掌野を呼び出して殺害。そして他殺の線で捜査が始まった時の事を考えて、直ぐに世野さんの自宅に向かい、ポストに携帯電話を投げ入れた! 何と言う凝った手口だ……」

「凝ってなんかない。この程度の仕掛けは、捜査一課の刑事なら決して引っかかってはならない。決して」

 言葉にはしていないが、「当分身体は返さねえよ!」と、さり気なく俺に言っているように聞こえた。そして、とある重大な事実に気が付いた。

「……あれ……ひょっとしてこれもしかして完全……」

「おい! その言葉もう二度と口から出すな。容易に白旗を上げるな。犯人逮捕するまでは、事件にしがみつけ。どんな情報や証拠も見逃さずに掴み取れ。捜査一課の刑事になれたお前なら、それが出来るはずだ。違うか?」

 初めて……認められた。と言うか最初から俺は出来る人だと気付いていたようだ。いきなり言って来たから驚いた。

「……ええ……出来ます!」

「なら、この事件、ここからどう進めれば良いと思う?」

「……えっと……その……」

「私なら、世野さんの自宅周辺で聞き込みをするね。少なくとも犯人は一度、世野さんの自宅に行っている。目撃者が現れたら、犯人の特徴、顔も見ていたら、犯人の性別や、似顔絵と言う情報が手に入る。可能性に気付かないとは、勿体ない」

「……それって物凄く低い可能性じゃないっすか?」

「捜査とは、常に極めて低い可能性に賭けるんだ。そして捜査一課の刑事は、その極めて低い可能性に立ち向かうプロなんだ」

「……」

 俺も言ってみてえな……その台詞……。


 意外な展開に突入した。なんと掌野殺害の犯人が自首をした。

 私は今、取調室の隣の部屋から、取調べの様子を見ている。

 草崎邦行くさざきくにゆき、三十七歳、無職。やや肥満気味のその男は、少し怯えているように見えた。

 草崎の取調べは東海林が行っている。

「動機を聞かせてもらおうか」

「数年前くらいから……自殺に興味を持ち始めて……あ……でも別に自分が死にたいとか……そう思い始めたってわけじゃなくて……その……この世には……」

「ちょっと待て、俺は今動機を聞いている」

「ですからその……動機を話そうとしているんです……えっと……この世には……死にたいと思ってる人が信じられない数いるんだって……SNSを見る度に思うようになって……それである日……とうとうこう考えちゃったんです……そんなに死にたいって思ってるんなら……俺が殺してやる……って……それで……SNSのタイムラインに頻繁に現れる……死にたがっている人のアカウントの書き込みを見て……住所を特定して……今考えてみたら……どうしてあんな事をしたのか……自分でも分かんなくて……」

「……つまり掌野は……SNSで死にたいと言っていたのか?」

「それはもう……えげつない数の書き込みをしていました……」

「どうやって犯人をでっち上げようとして、どうやって掌野を殺したんだ?」

「直ぐに殺そうとも思ったけど……偶然男を強請ってる現場を見ちゃって……あの男を利用しようと考えて……男からスマホを盗んで……その夜掌野さんを呼び出そうとしたんですけど……繋がらなくて……翌日の夜……再び電話をかけて……森に呼び出して……ナイフを握らせるのは難しいし怖かったから……手袋を渡してはめさせて……不意をついて首をナイフで……その後……予め用意しておいた遺書を近くに置いて……急いで男の自宅に行って……スマホをポストに入れました……」

 久しぶりに東海林の取調べを見たが、確実に上達している。良かった。

 きちんと辻褄が合っており、何よりも、犯人しか知らない、秘密の暴露をした。掌野殺害の犯人である事は間違いないであろう。

 しかし何故だろうか、どうも草崎が真犯人ではないように思えてならない。あの怯えた様子が、どうしても演技だとは思えない。演技だとしたら、自首と言う選択肢は取らないはずだ。事実草崎は、掌野を自殺に見せかけて殺害し、他殺の線が浮上した場合の保険として、世野を犯人に仕立て上げようとまでしたのだから。

 あれだけ臆病な人間が、自らの意志で犯行計画を立て、決行する事など、本当にあり得るのであろうか。


「事件解決じゃないっすか! いやーそれにしても自首か……出来れば俺が手錠かけたかったっすよ!」

「早まるな。まだ話は終わっていない。あの後、掌野のSNSを調べた。草崎が言っていたような、自殺願望を綴った書き込みは一つもなかった。ただし掌野の利用していたSNSは、書き込みの削除が可能な為、掌野本人が削除した可能性もある」

「草崎が消したと言う可能性は?」

「なくはないが、ほぼゼロと言っていいであろう。自殺に見せかけるのなら、むしろ書き込みを残しておいたほうが好都合なはずだからな」

「言われて見ればそうっすね」

「あらゆる可能性を考えるのはいいが、合理性も踏まえて考えると、精度の上昇に繋がるぞ」

「……はい!」

 俺の考え方に口出しすんな……と言いたい気持ちになったが、何時ものように階級という壁、更には完全否定する事が出来ず、踏みとどまった。

「兎に角ここからは裏付け捜査だ。しかしどうしても草崎には違和感を感じざるを得ない。性格と行動が、どうにも頭の中で結びつかない。性格は臆病なのに対し、行動は犯行計画を立てて決行するほど凶暴……」

 何か喋っているが、俺はパソコンで動画を見る事にした。幽霊状態でも、物を触る事は可能なのが本当に助かる。相変わらず広告が表示され、直ぐに動画が見れない。

「おい! 話を聞け! そのパ…えっと…」

「パソコン」

「あ思い出した……パソコンを閉じろ!」

 だから思い出せてなかっただろ。と心の中で言いながら、俺は鼻歌で、広告で流れている曲を口ずさんだ。

「もう何回も聞き過ぎて覚えちゃったな……そういやこの商品……この広告見始めてから使うようになったな……」

「おい!」

 この時、俺は不意に草崎の話を思い出した。

「SNS……警部補! え……SNSだと思います!」

「急にどうした? ってか何の事だ?」

「ですから! 性格と行動が結びつかないって言う謎っすよ!」

「……お前……解いたのか!」

「はい!」

「言ってみろ」

 これはやばい……テンションが上がる! 刑事ドラマの主人公みたいだ!

「草崎は、SNSを見る度に、この世には死にたいと思っている人が沢山いるんだって思うようになったって言ってたんすよね?」

「ああ」

「それは恐らく、SNSのタイムラインに、頻繁に自殺願望を綴った書き込みが流れて来ていたからだと思います! そしてそのSNSは恐らく、ユーザーが頻繁にチェックする内容を記憶して、その内容を含んだ書き込みを、優先的にタイムラインに流す仕組みのSNSなはずです!」

「ごめんな! SNSまでだ! そこから先は把握出来ていない」

「ですから! 草崎はSNSを閲覧する度に、自殺願望を綴った書き込みが毎回目に入る為、それが今の世の中なのだと勘違いしたんだと思います! しかしその勘違いに気付く事はなく……とうとう自殺の手助けをしてしまった……と言った所かと……恐らく草崎は……SNSで何度も自殺願望を綴った書き込みを探し出したんでしょうね……草崎自身も自殺願望があったんでしょうか……」

 完璧な推理だ……これで身体も戻る……。

「それはない」

「……何故?」

「言ったはずだが? 草崎本人に自殺願望はなかったと」

 デジャブだ……。


 昨日の二里の推理はともかく、SNSは調べなければならない為、鑑識の氷沢さんにSNSを調べてもらう事にした。

「これマジかよ? 何だよこれ……」

「どうかしたんですか?」

「いや……ちょっとこれ……」

 そう言うと氷沢さんは、草崎の携帯電話を見せて来た。携帯電話には、SNSの画面が表示されていた。そこにはおびただしい数の自殺願望を綴った書き込みが表示されていた。

「こんなの見続けてたら……どうかしちゃいそうだよ……草崎って奴……よくこんな画面見続ける事出来たなあ……何回書き込みチェックしたんだろ……数回チェックしただけじゃ……こうはならない……まさか!」

 そう叫ぶと氷沢さんは、やや慌て気味に携帯電話をパ……機械に繋ぎ、物凄い早さでその機械を操作し始めた。


 前回と同じ、東海林による草崎の取調べが始まった。しかし今回は、私の聞いて欲しい事も聞いてもらうよう頼んである。

「今日は……何を?」

「単刀直入に聞く。SNSに自殺願望を綴った書き込みが表示され始めたのは、何時頃からだ?」

「それは……」

「思い出してくれ」

「……えっと……えっと……あ! 六年前の……二月辺りかな……うん……間違いないです……」

「その頃、利用していた飲食店を一通り教えてくれ」

「その頃はまだ働いてたので……勤め先の近くにあったカフェを……ほぼ毎日利用してました……」

「そのカフェの場所を教えてくれ」


「六年前の二月に……長時間利用していたお客ですか……えー覚えてないな……」

「覚えていませんか? 印象に残っている人とかいませんか?」

「そう言われましても……あ……印象に残ってるって言ったら、その頃、コーヒーを一杯だけご注文されて、パソコンを見ながら長時間利用されていたお客がいらっしゃいました」

「本当ですか?」

「ええ、そのお客、コーヒーを殆どお飲みになられなかったんです。いやもしかしたら、一杯も飲まれなかったのかもしれません。六年前の二月と言ったら……それが一番印象に残ってますね」


 身体が重いような軽いような、不思議な感覚だ。きっと私の所に警察は来ない。なのに何故か不安な気持ちが膨れ上がる。この前ぶつかったあの男が、警察手帳を握っていたから? 分からない。

 出来る限り不安を和らげる為に、大好きなコーヒーを淹れよう。

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