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繋いだ手を、離さないで

「それで、姫はどちらへ向かいたいですか?」


 その言葉に、思わず立ち止まって睨む。


「姫って何ですか」

「お姫様ごっこ。ほら、君はお姫様で僕が騎士だったら面白くない?」

「っ……」


 思わず目を見開く。

 一瞬前世のことを言い当てられたのかとひやりとしたけれど、彼はキョトンとした顔で首を傾げる。


「姫?」

「〜〜〜全然面白くありません! 冗談でもそんなことを言わないでください。

 街中ですよ? それこそ変な目で見られます」

「そ、そうだよね、ごめん……」


 シュンと項垂れる彼を見て思う。


(本当に、これを素でやってのけるからタチが悪い)


 気を付けないと、一瞬で彼の世界に引き摺り込まれてしまう。

 前世と同じ感覚に、簡単に囚われてしまう。

 ……でもそれは。


(私の錯覚であり、都合の良い幻想なの)


 あの時手放したのは私の方。

 だから、勘違いなんてしてはいけない。

 そう自分に言い聞かせてから彼に向かって告げる。


「次からは気を付けてください」

「……はい」


 それでも繋がれた手はそのままで。


(これでも十分おかしいの)


 今世でも、何も覚えていない彼の隣に居座ること。

 本来それは、あってはいけないことのはずなのに。


「…………」


 私が少し窘めただけで、見るからに落ち込んでいる彼を見て何か言葉をかけようとするより先に、彼がポツリと呟いた。


「……なんだか、恥ずかしくなって」

「はい?」


 突然何を言い出すのかと首を傾げれば、彼はガバッと顔を上げて私を見た。

 その顔は……、真っ赤で。

 それは心配になってしまうほど。


「大丈夫ですか? 少し休まれた方が」

「大丈夫! いややっぱり大丈夫じゃないかも!」

「どちらですか?」


 彼はガシガシと乱暴に頭をかくと、私の手を引いて一旦邪魔にならない道の端へ私を誘導する。

 それと同時に、スルッと繋がれた手が離れた。


(あ……)


 一瞬それを残念に思ってしまう自分がいて、慌てて首を横に振る私をよそに、彼は不意にしゃがみ込み、そのまま両手で顔を覆ったかと思うと。


「本当、格好悪い!」

「!?」


 急に大声を出した。慌てて辺りを見回したけれど、幸い街の喧騒と彼が顔を覆って言葉を発したことで誰もこちらに気が付いていないことにホッとしながら、彼の前にしゃがみ声をかけた。


「何が格好悪いんですか?」

「だから……っ」


 彼は私が顔を覗き込んでいるとは思わなかったらしい。

 今度は耳まで真っ赤になると、後ろに後ずさった。


(その反応の方が何気に傷付くのだけど……)


 なんて思っている間に、彼はブツブツと何かを言い始めた。


「まさかこんなにお忍びの洋服が似合うとは思わないし僕ばかり意識してるのが悔しくてドキドキしてもらおうと思ったらいきなり呼び捨てされて墓穴掘るし不意打ちで笑顔とか無理だし僕も呼び捨てしようとしていざ言おうとしたら言えなくて姫とか誤魔化して怒らせるし」

「あ、あの?」


 何を言っているのかさっぱり分からないけど、ひたすら息継ぎなしで何か……呪詛のようなものを口にしていることだけは伝わってきて。

 これは本格的におかしいのではないか、デートをしている場合ではないのではと思っている私に、彼はガバッと顔を上げたかと思うと。


「とにかく君が可愛すぎるのが悪いんだ!!」

「!?」


 今度こそその大声に驚いたように……というよりも、行き交っていた人々に生暖かい目で見られているような気がして。


「ちょっとこちらへ……!」


 私は問答無用で彼の腕を掴むと、急いで人目のつかない路地裏(?)へと彼を連れ込む。

 そして。


「心外です」

「え……」


 なぜだかショックを受けた顔をする彼に向かって言葉を続ける。


「私が可愛すぎるのが悪いと言われても私にはどうすることも出来ませんし、そんなに困るくらいならデートに誘わないでください」

「そんな……」

「私はまず何も聞かされていなかったのです。

 今日がデートだと言って連れ出したのは、貴方ですよ。

 ……案内して下さると言ったのは、貴方ではないですか」

「……!」


 こんなことに時間を使いたくない。

 せっかく二人でいるのに……、なんて思ってしまう自分は矛盾している。

 それに。


「格好悪いかどうかは私が決めることであって、貴方が決めることではありません。だから……」


 自分でも何を言っているのか分からない。

 彼の様子がおかしいと、私まで調子が狂ってしまって困る。


(だからお願い)


「ふざけたり格好付けたり突然様子がおかしくなったりしないで、いつもの……ありのままの貴方でいて下さい。

 貴方にたとえ格好悪いところがあったとしても、幻滅したりなんてしませんから」

「……っ」

「言いたかったことはそれだけです」


 これ以上ここにいると、おかしな空気になる。

 そう思い、踵を返してからふと思い立って口にした。


「……小物」

「え?」


 そこでもう一度彼の方を振り返ってから言った。


「可愛らしい小物を売っているお店を覗いてみたいです」

「……!」


 先程尋ねられた私の行きたい場所を素直に伝えると。


「……分かった」


 そう返事をするや否や、彼が私の手を取る。

 驚く私に、彼は微笑んでから言った。


「もう着飾ったりしないから。もう一度、やり直させて」


 その言葉に答える代わりに、私は繋がれた手を今度こそ離されないよう、少しだけ強めに握ってみたのだった。 

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