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外の世界へ連れ出して

 王太子殿下の仮の婚約者になってから一週間後。


「それで? 今度は一体どういうおつもりですか?」


 そう揺れる馬車の中で向かいの席に座る彼……、言わずもがな王太子殿下に尋ねれば、彼はニコニコと今にも鼻歌を歌い出しそうなほどの上機嫌な笑みを浮かべて答える。


「どういうって、普通に君と一緒にデートしたいなと思って」

「デ……!?」


 思わず絶句した私に、彼は笑って言う。


「あはは、驚いた?」

「驚くに決まっているでしょう!」


 私は自身の格好……、いわゆるお忍び用の服装に視線を落とす。


(朝早く起きるなりお化粧やら何やら、いつもとは違う格好をさせられたと思ったら……)


「そんな話は聞いておりませんが」

「僕が頼んでおいたんだ。ちなみに、伯爵夫妻に君が空いている日を尋ねて、連れ出すご許可もいただいているよ」

「私の家族を巻き込まないでください!」

「だって、君の場合こうでもしないとのらりくらりと逃げられそうだったから」


 それはその通りだから、ぐうの音も出ない。

 頭を抱えながら尋ねる。


「他のご令嬢の皆様とのお時間は?」

「皆平等に時間は設けているよ。……だけど」

「だけど?」


 そう口にすると、ズイッと私に身を乗り出してくる。

 思わず後退りした私を見て、にこりと笑って言った。


「やっぱり、君といる時間が一番好き」

「……っ」


 さらりと口にされた言葉。

 いつもなら交わせるのに……。


「あれ? もしかして照れてる?」

「て、照れてません!」

「あはは、嬉しい」

「!?」


 な、何なのこの人!


(確かに前世でもこんな性格だったから今更だわ……!)


 あの時は主従関係だったからもう少し距離感を保っていたけれど、今は如何せん彼の口調がタメ口だから距離感がおかしい!


(……私が注意するしかないわね)


 私はため息を吐きながら口にした。


「あのですね、殿下。世の女性方に貴方様の美貌でそんなことを言われたら、勘違いされてしまいますよ」

「そうなんだ。気を付ける。……けど、これだけは言わせて」


 そう言葉を切ると、彼は今度はじっと私を見つめて真剣な表情で言った。


「こんなこと、君にしか言わないよ」

「……っ」


 もう、本当に。


(何なの、この人……)


 皮肉にも、それらの言動は全て私が前世で望んだもの。

 タメ口も、お忍びデートも、何より。


(いつだって、彼は騎士と王女という一線を、自らは越えてこなかった)


 だから、彼の口から本音を聞いたことがあまりなかったけれど……。


(まさか生まれ変わってからこんなに聞くことになるなんて)


 困ったことになったわと本格的に思っていたところで、窓の外を見ていた彼が「そういえば」と思いついたように私を見て言った。


「お忍びだし、お互いの呼び方を変えないとまずいよね」

「……あ」


 確かにそうだった……ということは。


「ハロルドって呼んで」

「!? 無理です! それは不敬に当たるので!」


(前世と同じになってしまうもの!)


 思わず叫んだところで、彼は少しムッとしたように口にする。


「だからって“王太子殿下”なんて街中で呼ぶ方が問題があるでしょう?」

「そうですけど……」

「それに、ハロルドなんていくらでもいるし。そう呼んでくれれば絶対にバレないから!」


 目の前にいるこの王太子殿下は、どうしても私に名前で呼んでほしいらしい。今だって。


「ほら、君の言う通り他の婚約者候補とも満遍なく交流しているよ? 

 僕と君は仮初でも何でも婚約者なんだ。

 お互いにもっと知り合うべきだと思わない?」

「うっ……」


 全くもって知り合うべきとは思わない(そもそも私は一方的に知っている)けれど、そう子犬のような眼差しで言われてしまったら言葉に詰まってしまう。

 そんな視線を受け、観念してため息交じりに言った。


「……分かりました。今日一日だけ、貴方のことを名前で呼ぶことにいたします。

 それで良いんですよね? ハロルド」

「……!」


 名前を呼んだことで、彼が驚いたように目を見開く。

 そして固まってしまう彼に対し、首を傾げてもう一度呼びかけた。


「ハロルド?」

「あ、いや、その……、想像していたより嬉しかったので、それにプラスタメ口でお願いしま」

「調子に乗らない」

「あ、はい、すみません……」


 全く、と呆れて窓の外に目を向けてから気が付く。


(あれ? 今一瞬彼敬語じゃなった?)


 呼び捨てがそんなに新鮮だったのかしら、と首を傾げた私の向かいで、何やら彼が考え込んでいたことを私は知らない。





「わっ……」


 思わず目を見開いた私の目の前に広がったのは、活気溢れる石畳の街だった。


(街がこんなに活気付いているなんて……)


 知らなかった。


「今日は一段と人が多いなぁ」

「こんなに多くの人が、住んでいるのですね」


 そうポツリと呟いた私の言葉を聞き取った彼は、「そうか」と思い出したように言った。


「君はあまり、外には出ないと言っていたね」

「どうしてそれを?」

「伯爵夫妻が心配していたから。

 それに、頼まれたんだよ。“是非連れ出してほしい”って」

「え……」


 そういうと、この前のように彼に手を差し伸べられる。

 そして、彼は微笑んで言った。


「外の世界は、広くて楽しいんだよ」

「広くて、楽しい……」

「安心して。僕もお忍びで来ることがあるから、エスコートできるよ」

「……!」


 外の世界なんて、見たことがなかった。

 他に兄弟もない唯一の王女であった私は、大切に城の中で育てられた。

 それが不幸だと思ったことはない。

 むしろ、何の不自由もなく暮らしていた自分は幸せだと思っている。

 だけど。


「……誰かに、連れ出してもらうことに憧れていた」

「え?」


 外の世界に全く憧れなかったわけではない。

 書物でしか読んだことのない外の世界に、私も行ってみたいと思っていた。


(視察という名目で国王陛下に頼んでも、孤児院の訪問以外に許可は降りなかった)


 彼に頼んでも、絶対にそういうことはしなかったし。

 ……だから。


「嬉しい」

「!」


 差し伸べられた手に自身の手を重ねると、自然と溢れた笑みをそのままに彼に向かって口を開いた。


「私に、外の世界を案内してください。

 今日はよろしくお願いします、ハロルド」

「笑った……」

「え?」

「あ、いや!」


 彼は慌てたように首を横に振ると、同じように笑みを浮かべて言った。


「お任せください、クレア姫」

「!」


 そう口にすると、悪戯っぽく笑う彼に手を引かれ、賑わう街の中に足を踏み入れたのだった。

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