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前世:ハロルドとの出会い

 王城からの帰り道。


「……ふぅ」


 馬車の中で息を吐くと、王太子である“彼”のことが鮮明に思い出される。


「……ハロルド」


 そう小さく名前を口にするだけで、鼓動が甘く高鳴ってしまうこの現象は、何と表現すれば良いのか。


「表現したところで、よね」


 小さく息を吐き、窓の外を眺める。

 前世の記憶を思い出したのは、初めて馬車に乗った時のこと。

 馬車で亡くなった前世の記憶を、唐突に思い出したのだ。


(……今でも、ふと思い出されることがある)


 思い出す度、胸が痛く苦しくなった。

 たった一瞬の出来事、それも呆気ないものだったけれど、それでも記憶というのは鮮明に覚えているもの。

 それでも馬車に乗れない貴族などいないと、何とか克服し、前世の記憶も少しずつ薄れ始めたところに、“彼”が現れた。


「……まるで、前世を忘れるなと神の思し召しのようにね」


 かつてワイト王国では、王族は神に等しい存在として崇められていたけれど、それは違う。


(私は、神などではなく人間よ)


 だからこそ、神にこうして前世の記憶を持ったまま生き返らされてしまった。


「……もし私にも“彼”のように記憶がなかったら、王太子の婚約者という立場も喜んで受け入れたのかしら」


 なんて、らしくないわねと鼻で笑いながらも“彼”を思い出す。

 それくらい、“彼”は何も変わってなどいなかった。

 仕草も、弱点も、真っ直ぐすぎるその性格も。


(むしろ、変わってしまったのは私の方)


 “一目惚れを信じない”なんて、どの口をして言っているのかしら。


「前世では、私の方が“彼”に……、ハロルドに一目惚れしたというのにね」


 そう呟き、目を閉じれば、忘れかけていた前世の記憶が脳裏に鮮明に蘇った……―――






「クレア」

「はい、国王陛下」


 “彼”に出会ったのは、当時私が14歳の時。

 私付きの護衛騎士をと国王陛下が連れてきた、まだ16歳の彼こそが、後に恋人となるハロルドだった。


「彼が本日付でお前の護衛騎士となるハロルドだ。

 クレア、挨拶を」


 そう言われ、言葉を述べようとしたのだけど、言葉が出てこなかった。

 それは、神々しいばかりに陽の光を浴びて輝く真っ赤な燃えるような髪、そしてその前髪から覗く金色の瞳に見つめられ、一瞬息を呑んでしまう。


(……綺麗)


 思わず見惚れてしまった私に気付いた国王陛下が、軽く咳払いしたところで慌てて口を開いた。


「初めまして、私は第一王女のクレアよ。

 これからよろしくお願いね」


 あまりの美貌に見惚れてしまったけれど、決して心を許してはいけないことを私は知っている。

 それはなぜか。


(皆、私の護衛騎士を名乗り出た者は、全て裏切り者だったからよ)


 当然と言えば当然だ。だって私は。


(生まれることを望まれなかった王女だもの)


 今回だってどうせ同じ。期待したって無駄だと、そう思っていたけれど。


「お初にお目にかかります」

「え……」


 俯き気味だった私と視線を合わせるように、目の前で彼が跪く。

 その真っ赤な髪が、俯いていた私の視界に飛び込んできた時はとても驚いた。

 そして彼は、金色の瞳を真っ直ぐと私に向け、胸に手を当て笑みを浮かべて言った。


「私はハロルドと申します。本日より王女殿下の護衛に当たります。

 至らぬ点等ございましたら、遠慮なくお申し付けください。

 王女殿下の剣となり盾となり、永遠の忠誠を誓います」

「「……!」」


 これには、私だけでなく国王陛下も驚いてしまう。

 最後に彼の口から飛び出た“永遠の忠誠”は、主君の命が絶たれるまで、または、騎士である彼が亡くなる最期まで、一生私に仕えることを意味していた。

 そんな彼の発言に、私は……。


「……ふざけないで」

「え?」


 キョトンとしたようにこちらを見上げるその顔が、より一層怒りを募らせる。


「永遠の忠誠を誓う? そんな簡単に言わないで!

 貴方だってどうせ、国王陛下のご命令とやらで仕方なく私に仕えるんでしょう!?」

「クレア!!」

「お父様もお父様よ! 私には護衛騎士なんて必要ない。

 ……私なんかが、命を狙われることなんてないもの」

「良い加減にしなさい!!」


 近くに控えていた王妃殿下の声が飛ぶ。

 私は彼をひと睨みすると、逃げるようにその場を後にした。





「……何よ、何が忠誠を誓うよ。やっぱり口ばかりじゃない」


 そう呟き、足元にあった小石に八つ当たりをするように投げる。

 行き場のない気持ちが、どうしようもなく虚しくなり、心を締め付ける。


(……私は、どうせ望まれない子よ)


「そんなことは、ないと思いますよ」

「!?」


 ふと顔を上げれば、今度は遠くの夕焼け空と同じ色を持つ髪をかきあげ、にこりと微笑む本日付けで護衛騎士となった彼の姿があって。

 よく見れば、前髪が顔にはりついてしまうほど汗をかいているのが分かる。


「お迎えが遅くなってしまい申し訳ございません。

 何しろ本日城へ来たばかりのため、場所が分からずあちらこちらを彷徨っておりました」

「城内の地図、貰っていないの?」

「貰ったのですが……、その」

「……まさかとは思うけど、方向音痴とか言うのではないでしょうね?」

「あ、はは……、そのまさかです」


 なんてこと、と思わず顔を顰める。

 方向音痴など騎士にあるまじきことではないかと思ってしまう私に、彼はヘラリと笑って言う。


「まあ、一度行けば必ず覚えられるので。

 王女殿下を城内隈なく探しましたので、城内の間取りはバッチリです!」

「バッチリって……」


 なんだか彼と話していると、毒気を抜かれるというか、拍子抜けしてしまう。

 呆気に取られてしまっている私に、彼は尋ねた。


「それで? 王女殿下はなぜ、ご自身を“望まれない子”だと?」

「どうしてそれを」

「口に出していらっしゃいましたよ?」

「……」


 頭を抱える私に、彼は陽が落ちかけている遠くの空を眺めて言った。


「私も、そう思っていたことがありました」

「え?」

「私は、平民の子です。それも、五人兄弟の末っ子で。

 既に上には後継ぎの兄がいたため、家を継ぐことも家に残ることもあり得ない。

 とすると、何のために生まれたのか分からなくて。

 それを両親にぶつけたところ……」

「ぶつけたところ?」

「拳骨を喰らいました」

「げんこつ……」

「はい」


 彼は「痛かったですよ」なんて笑いながら言った。


「『そんなに私達の愛情が信じられないのか!』と怒られました」

「それは……」

「王女殿下が何を思ってそう仰るのかは分かりません。

 でも案外、その悩みは正直に国王陛下ご夫妻に仰れば、すぐに解決するものですよ?」

「……げんこつ」

「はい?」


 彼がこちらを向く。

 それを何となく直視出来ず、そっぽを向いて口にした。


「私も、拳骨を食らうかしら?」

「っ、あはははは!」

「!?」


 急にお腹を抱えて笑い出す彼に驚き、声を上げる。


「何よ、馬鹿にしているの!?」

「っ、すみません、まさかそんなことを心配するとは思わず」

「〜〜〜やっぱり馬鹿にしてるわ!」


 そっぽを向いた私に、彼は「申し訳ございません」ともう一度謝ると、私の視界に不意に顔を出す。


「!」


 驚く私に、彼は笑って言った。


「大丈夫です。王女殿下は間違いなく国王陛下にとって大事な御息女様です」

「本当?」

「はい。ほら、あちらに」


 彼が指し示した先、そこには。


「クレア、どこにいるんだ! クレアー!?」

「へ、陛下、私共がお探ししますので、今しばらくお待ちをっ」


 私を必死になって探している国王陛下を、側近や護衛達が止めている。


「……お父様」


 思わず口にしたその言葉に、彼は笑ったかと思うと……。


「失礼致します」

「!?」


 不意に身体が浮く。悲鳴を上げなかっただけでも褒めてほしい。

 それは、次の瞬間彼に横抱きにされていたからだ。

 驚き言葉が出ない私に、彼はまた眩いばかりの笑みを湛えて言った。


「それでは王女殿下、参りましょう」


 そう口にするや否や、彼は私を抱えたまま颯爽と走り出す。

 初めての浮遊感に彼の首に抱きつくと、クスッとまた彼が笑うのが聞こえた。


(〜〜〜本当、もう)


 信じられない。……だけど。


「……ありがとう、ハロルド」


 ほんの小さく、呟いただけなのに。

 ハロルドはより一層、破顔したのだった。―――






「あの後、私は拳骨を食らうどころか、抱きしめられたのよね」


 彼の言う通り、彼のお陰で私はちっぽけなことで悩んでいたのだと思えた。

 ……だからこそ。


(彼には、幸せになってほしい)


 私は、彼に沢山の幸せをもらった。

 なのに、何一つ返せぬまま……、それどころか、思わせぶりな態度を取り期待をさせるだけさせ、生涯を終えた。

 だから。


「……今世でこそ、私が彼を幸せにしたいの」


 そのために、私は。

 そう改めて決意を固めたのだった。

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