真意を探るために
早々にブクマ登録、評価、いいね等ありがとうございます…!
確かに私は、建国記念日のセレモニーにも参加したことはなく(嫡男以外の子息令嬢に参加義務はない)、王太子の姿を遠目からでも拝見したことはなかった。とはいえ。
(“ハロルド”という名前はあまり珍しくないと、警戒を怠っていた私が迂闊だったわ……)
今になって後悔する私の耳に、お兄様の声が届く。
「いくら王太子殿下とはいえ、今まで表舞台に殆ど姿を表さなかった変わったお方でもあるから、諸手を振ってお前を嫁がせてあげられるお相手ではないしなぁ……」
「かといって、一国の王太子殿下お相手にこのまま何事もなければ良いのだが……」
お兄様とお父様の言葉に、膝の上でギュッと拳を握って口にする。
「我儘を申してしまい申し訳ございません」
再度頭を下げると、お母様が慌てたように言った。
「謝ることではないわ。私も驚いたもの。いくら貴女が優秀だからといって、伯爵家の出から婚約者……、すなわち未来の王太子妃をお選びになるなんて」
お母様の言い分はご尤もだ。
歴代の王太子妃は、貴族社会の中でも侯爵家以上の爵位、あるいは他国からの同等の爵位の女性が選出されてきたというのに。
(どうして私なんかを)
……もしかして、ハロルドにも前世の記憶がある?
だとしたら。
「……お父様」
息を吸うと、ゆっくりと口を開いた。
「お願いしたいことがございます」
(……まさか、またここに来ることになるなんて)
重厚な造りの門構え越しに聳え立つ王城を見て、小さく嘆息する。
“目立たずひっそりと生きていこう”という願いを、たった二日で崩されようとは思ってもみなかった。
(だから今日は確かめにきた)
どうして私を婚約者に選んだのか。
その真意を、探るために。
「……」
一度目を閉じ、深く息を吸い込むと、次に目を開けた時には真っ直ぐと前だけを見て歩き出す。
“いつ如何なる時も、王族たるもの臆することなかれ”
前世、父であった国王陛下の教えを頭の中で反芻し、王城の門を潜る。
既に約束を取り付けているため、侍従が待機しており、その人に案内されながら思う。
(当たり前だけれど、私が記憶している城とは全く違うわね)
ワイト王国は、今から丁度300年ほど前に栄えた小国であり、領土は大国である現カーヴェル王国に含まれた地……、つまりこの場所にあった。
(城は既に跡形もなく消えてしまったというのに、こうしてこの地で私だけでなく彼まで同じ名前で別の人生を歩んでいるなんて……、何の因果かしらね)
私だけなら分かる。
前世の私の罪が死によって免られる……、いえ、死んでしまったからこそ、その後に残された人々が被害を被ることになってしまった。
(だから私は、今世で生まれ変わり、前世の分の罪を背負い、償って生きていかなくてはいけない)
私一人が、幸せになるわけにはいかない。
そうここにいる意味を再確認したところで、応接室らしき扉が開く。
そして、私の姿を捉えた金色の瞳を持つ彼……、王太子殿下は立ち上がると、その瞳を見開き、今度は細めて柔らかく微笑んだ。
「クレア・オルコット嬢」
「……っ」
動揺してはいけないというのに、一瞬、息を呑んでしまった。
彼に向けられたその表情は、まさに私が知る前世の“ハロルド”、そのものだったから。
(やっぱり、彼は……)
“ハロルド”の生まれ変わりだ。
そう確信しながら、淑女の礼をして述べる。
「本日はお忙しい中お時間を作って頂きありがとうございます、王太子殿下。並びに、先日の非礼をお詫び申し上げます」
私の言葉に、王太子殿下が首を横に振り答える。
「君が謝ることではないよ。僕も、急すぎたと反省しているから。
それでもこうしてまた来てくれて嬉しいよ。
君とはもっと話してみたいと思っていたから」
(もっと話してみたい……? 私と?)
思わず警戒してしまう私を見て、王太子殿下は緊張していると思ったようで、すぐに自身の向かいの椅子を指し示して言った。
「大丈夫、そんなに畏まらなくて良いよ。
今は僕と二人だけなのだし」
確かに見れば、先ほどまでいたはずの侍従の姿はなく、代わりに目の前にはいつの間にか紅茶が淹れられていた。
私はそのティーカップを見つめ……。
「って、それの何が大丈夫なのですか!?」
「!?」
思わず叫んでしまった私に、王太子殿下は目を丸くし、ピタリと静止する。
(っ、ま、まずい)
あまりの驚きに動揺を隠せなかった私は、居住まいを正して落ち着きを取り戻すと、慎重に言葉を発した。
「貴方は一国の王太子殿下というご身分であらせられますよね?
私がいくら素性が知れている者といえど、油断は禁物です。
もしこの瞬間、お命を狙うような不届きものが現れた場合、あるいは、未婚の男女が部屋に二人きりというこの状況も外聞がよろしくありません。
ですので、安易に人払いはなさらないことをおすすめいたします」
私も、一国の王女として常に誰かと行動を共にするように心がけていたから、とつい余計なお世話を口にしてしまった私に、王太子殿下は瞬きを一つして言った。
「驚いた。君は令嬢とは思えない博識ぶりだね」
「……失礼いたしました」
「謝ることではないよ。むしろその通りだからね。
でも安心して。君が緊張しないようこの場を二人にしているけれど、この部屋の会話は部屋の外にも聞こえるようになっている。
客人を通す部屋、だからね」
「……そうですか」
私の心配は杞憂だったらしい。
(だからと言ってこの空間に二人きり、それも王太子殿下という状況の方が緊張するとは考えないのね)
そんなところ……、鈍感なところも“彼”らしいわねと結論付けてから、大分話が逸れてしまったことに気が付き、今日訪ねた要件を切り出す。
「では、単刀直入に伺います」
そう前置きをしてから、彼から目を逸らすことなくじっと見つめて尋ねた。
「どうして私を、婚約者にお選びになったのですか?」
私の問いかけに、王太子殿下が俯く。
(逸らさないで)
私が知りたいのは、もっと根本的なこと。
そのために、彼の一挙手一投足を見逃さないよう注視している私に、彼は下を向いたままポツリと呟いた。
「……目が」
「目?」
「目が、印象的だったんだ」
彼の言葉の意図が理解出来ず、私なりに解釈し、言葉を発した。
「……つまり、目が合ったから私を選んだと?」
「違う!」
今度は彼の口から飛び出た鋭い声に驚いている間に、王太子殿下は襟元を緩める仕草をする。
(……あ)
その行動は、確かに前世で“彼”がよく行なっていた仕草の一つ。
そして、その意味は。
(苛立ちやもどかしさ……)
「……誰でも良い、わけじゃない。目が合ったからというのは、つまり、その……」
そこでようやくこちらを向いた彼と、視線が交じり合う。
そして。
「一目惚れ、なんだ」