それぞれの処罰
「クレア」
開いた扉からヒョコッと顔を覗かせた彼に、私は破顔する。
「ハロルド」
そんな私を見た彼もまたキラキラとした笑みを浮かべると、ベッドで横になっている私に向かって歩いてくる。
そして当然のように花束を差し出しながら口を開いた。
「具合はどう?」
「おかげさまで。というよりも、過保護すぎるわ。
どうして少し頬と首に切り傷が出来たくらいで絶対安静なのかしら?」
「君はこうでもしないと、急に行動的になる傾向にあるからという伯爵夫妻のごく真っ当な判断だよ。
それに、普通の令嬢は少しでも罪を重くさせるために自ら囮になって危険な目に遭う、なんてことはしないと思うよ?」
「勝算はあったわ。私には、幸いにも前世から受け継いだこの力が使えるもの」
そう言って目を示せば、彼は嘆く。
「あぁ、前世の国王陛下のお怒りが目に浮かぶ……」
「主に貴方への叱責ね」
「分かっているなら自重してください」
「んー……、検討するわ」
そう言って二人で笑い合う。
時々こんな風に前世のように騎士と王女に戻って軽口を叩くのは、もちろん二人きりでいるときだけ。
そんな時間も、私にとって幸せな時間だった。
そして。
「それで? 私の働きはどうだったかしら?」
その言葉に、彼は少しだけ悪い顔をして笑う。
「バッチリだよ。僕の婚約者である君の言葉の威力も抜群でね。
そのおかげで、二人の処罰について再検討しているみたい」
二人とは、言わずもがな黒幕であるウォール公爵と、お金を貰って働いたバーバラ・エイデンのこと。
(彼らの罪は、王族殺害未遂がかかっているから重罪は免れないわね)
そう考えた私に、彼は告げた。
「まずはウォール公爵。叔父上が所有する公爵位は剥奪、それと共に領土も国に返還。
その後は国外追放、最悪極刑……の予定だったんだけど。君、何か国王陛下に裏で手を回したね?」
「さあ、何のことだか」
「とぼけないで聞かせて」
「貴方に言うと、反対しそうで」
「しない」
本当かしら、と疑いの眼差しを向けてから息を吐いて口を開く。
「……公爵に対する処罰に異議を唱えたのよ」
「どうして」
「だってそれでは、貴方や私に協力してくれたレスター様まで巻き込まれてしまうじゃない」
「!」
そう、公爵位を剥奪され、領土まで取り上げられてしまったら、公爵の息子であるレスター様には何も残らなくなってしまう。
(彼は、敵対派閥側の人間ではなかった)
だからこそ、裏で取引をしていたウォール公爵に見つかりそうになった私を助けた。そして。
「ハロルドに私がウォール公爵に目をつけられていることを忠告したのもレスター様。そうでしょう?」
「……確かに、そうだけど」
不服そうに口にする彼に言葉を続ける。
「貴方は不服なようだけど、私は己の目で見たものを信じる。
……レスター様はきちんと、物事をよく冷静に見て判断していらっしゃったわ」
だからこそ、優秀な人材を父親のせいで失うのは勿体ないと思った。
「だから進言したの。レスター様は、ウォール公爵の位を継ぐべき人材だと」
そうすれば、きっとハロルドの力になってくれるはず。
「貴方の味方になってくれる人は増やすべきよ」
「……レスターの場合、僕ではなく君の味方だから嫌なんだよ」
「何か言った?」
「何でもない!」
(……変なハロルド)
もしかして妬いているのかしら、まさかね、と首を傾げながら続ける。
「そうすれば、レスター様が汚名を被ることはない。
その上、継承という形を取ればウォール公爵に爵位はなくなり、遺産も全てレスター様のものとなる」
「でも、ウォール公爵領は現状火の車だと聞いたけれど……」
「レスター様の手腕に任せるしかないわ。でもきっと大丈夫よ。
ウォール公爵だけだったら破産していたところを、何とか裏で画策していたのはレスター様の働きがあったに違いないのだから」
「……君はどれだけレスター贔屓なんだ」
「あら、私は優秀な人材を近くに残しておきたいだけよ。
そうすれば、ハロルドの力になってくれるでしょう?」
そう言って笑みを浮かべれば、彼は困ったように笑う。
「……さすが、女王を志した元王女殿下」
「ふふ、貴方に褒められると嬉しいわね」
「僕は君が有能すぎて怖いよ」
「何を言われても褒め言葉として受け取っておくわ。
さて、肝心のウォール公爵の処罰なんだけど」
私は人差し指を立てるとにっこりと笑って言った。
「私のハロルドに毒を盛っておいて、極刑だの国外追放だの生温い処罰で良いとお思いで?」
「……なぜだろう、私のハロルドと言われてキュンとしなかったのは」
「だから生きているだけで辛いと思わせるような、そんな刑の方が良いかと思って!」
「嬉々とした瞳に王女の影はないね……」
「だって貴方にも分かるでしょう?
前世と今世、何の因果か私の叔父と貴方の叔父、似たような境遇にあるじゃない」
前世では王女である私が女王になることを恐れていた叔父。
今世では王太子という身分を恵まれていると羨んだ叔父。
「あまりにも似ているから、つい投影してしまうのよね……」
「私情を持ち寄った行きすぎた刑罰は良くないけれど、まあ、僕の叔父の場合王族殺しはたとえ未遂といっても極刑でも妥当ではあるからね」
「その点私の叔父様は……論外ね」
そう言ってから思わず二人で遠い目をしてから慌てて首を横に振ると、「とにかく」と話を戻した。
「叔父様……いえ、元公爵には、引退という名目で死ぬよりもキツい労働環境に行ってもらおうと思うのよ。
働かざる者食うべからずってね」
「そうだね。今まで何の苦労もなく手柄ばかり横取りするような人だったから、労働しないと怒号が飛ぶくらいの労働環境の方が丁度良いかもしれない。僕からも父上に進言しておくよ」
「それが良いわ」
どこが良いかな、と考えている彼の横顔を見て思う。
(ハロルドが何の苦労もなく王太子を務めていると、どこを見たら勘違い出来るのかしら)
確かに彼は社交の場に出なかった。
それは良くないと思うから反省すべきだと思うけれど、彼が人一倍努力していたことを私は知っている。
(前世では騎士として、今世では王太子として。それは、前世でも今世でも国王陛下、並びに王妃殿下がお認めになったほど)
だから、彼は平民という出自、それも最年少の騎士として私の護衛を命じられた。
それは並大抵の努力ではあり得ないのだ。
そう考えていると、彼がふとこちらを向いて尋ねる。
「それと、バーバラ・エイデン嬢の件なんだけど……」




