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重なる想い

「君は、何も分かっていない!」


 その言葉もまた、前世と同じで。

 私は思わず、彼の腕の中で目を瞬かせてしまう。


「ハ、ハロルド?」

「僕がどんな思いで君のことを今度こそ守ろうとしたか分かる!?」

「……っ」


 痛いくらいに抱きしめられ、その力の強さに彼がどれほど私を大切に想ってくれているかが分かって。

 言葉を失う私に、彼は続ける。


「叔父という魔の手が君に向かないよう、必死に考えてありとあらゆる根回しをして!

 そのために、キャロル嬢やレスターにも協力してもらって」

「それで考えた末に狸寝入り?」

「……っ!?」


 思わず突っ込んでしまった私に、驚いたように彼がバッと私を引き離し、尋ねる。


「い、いつから気付いて!?」

「最初からよ。どれだけ貴方と一緒にいると思っているの。

 だから悪いけれど、少し試させてもらったのよ」


 そう言って唇をトントンと指し示せば、彼はハッとしたように顔を真っ赤にして唇を押さえた。

 その反応に、私は思わず笑ってしまう。


「だって、酷いと思わない? 私に何の相談もなしで、守るためだと言って『君の憂いは、きっともうすぐ晴れるよ』なんてキザな台詞を手紙で書くだけ書いて。

 貴方が毒を盛られたと聞いた時、お母様を思い出して生きた心地がしなかったんだから」

「っ、それは」

「でも、それも貴方の作戦の内だった。キャロル様のことも。そうでしょう?」


 その言葉に、彼は俯いて言う。


「……ごめん。配慮が足りなくて」

「良いわよ。ちなみに、どんな作戦だったか教えてくれる?」

「その日は、クレイン嬢とのお茶会の日だったんだ。そうしたら、クレイン嬢が来るなり息を潜めて“今日の紅茶は毒入りだから”って。

 クレイン嬢は、たまたまエイデン嬢が侍女に毒を盛ることを命じたのを見ていたらしい」

「……お馬鹿さんだとは思っていたけれど、そんなことまでやらかしていたのね」


 しかも犯行現場を見られるなんて大間抜けすぎない?

 と遠い目をする私に、ハロルドは肩を竦めて続ける。


「そして、クレイン嬢と話し合って決めたんだ。

 僕はほんの少し毒を飲む。そして、クレイン嬢を疑う素振りを装って、国王陛下に後で根回しをする」

「!? 無謀にも程があるわ!」


 どんな毒かも分からないのに!

 と悲鳴をあげる私に、彼は「ごめん」と再度謝ってから言った。


「でも、王太子である僕は毒に耐性をつけるべく少量の毒では死なないように訓練しているから。それに、前世で王妃殿下が亡くなった時、ある程度の毒物は調べ尽くしたから、その時も大丈夫だと判断して口をつけた」

「……っ」


 それでも、ハロルドのやっていることは無謀であり、褒められたものではない。

 私が顔面蒼白になっていることに気が付いたのか、彼は私の頬に手を当てて言った。


「大丈夫、生きてるから!」

「当たり前でしょう!?」

「……ごめん」


 今日は何度彼が謝罪の言葉を口にしたか。

 呆れて物も言えなくなる私に、彼は慌てたように言った。


「叔父の目を欺き、罪を認めさせるにはこうするしかなかったんだ!

 幸い、身体から毒はすぐに抜けたから、後は黒幕である叔父の罪が明らかになるまで、眠っているフリをしていればよかった。

 クレイン嬢が協力者であることも、国王陛下夫妻には伝えてあったから安心していられた。

 それなのに、王妃殿下が急に君を僕に会わせると言い出すから! 寝たフリをするのが大変だったんだ!」

「……私に、教えてくれればよかったじゃない」

「だって、君を巻き込みたくなかったから……」


 私ははぁーっと長く息を吐くと、腕を組んで口を開いた。


「……そうやって、私だけ除け者にしたかった?」

「違う! ……っ」


 彼が目を見開く。

 それは、行き場のない感情が再び涙となって溢れ落ちたから。


「あのね、ハロルド。私はもう、貴方が仕えてくれた王女ではないのよ」

「……っ」

「私を、守ろうとしてくれるのは嬉しい。

 大事にしてくれているのも分かる。その気持ちはとても嬉しい。

 けれど、貴方を犠牲にした上で私だけが守られているなんて、そんなのは嫌よ。

 ……今世で私がいなくなったその後の世界を史実で見た時の気持ち、貴方には分かる?」


 彼を責めているのではない。

 むしろ、私達家族が彼一人に全てを背負わせすぎてしまった。

 だから。


「今、目の前には誰がいる?」


 両頬に手を添え、そっと尋ねれば、彼はその瞳に私を映して答える。


「……王女殿下です」

「違うわ、ハロルド。私はクレア・オルコットよ。

 クレア・ワイトはもういない。今世では伯爵令嬢のクレアよ。

 そして、クレア・オルコットはハロルド・カーヴェル……カーヴェル王国の王太子である貴方の仮の婚約者。そうでしょう?」

「仮……」

「えぇ、そういう約束だったもの。

 ……だけど、あの時私はこうも言ったわ。

『私への“一目惚れ”というものが、果たして本当の愛なのか、私に証明して見せて欲しい』と。

 それで? 貴方はどうだった? その目で真の婚約者は見極められたかしら?」

「……うん」


 ハロルドは頷くと、私の両手を握った。

 そして。


「やっぱり、君じゃなきゃ駄目だと思った。

 記憶を取り戻す前も取り戻してからも、それは変わらない。

 だって前世の記憶がなくても、僕は君を選んだのだから。

 ……これじゃ、答えになっていないかな?」


 そう恐る恐る尋ねられ、私はその手を恋人繋ぎに変えて口にした。


「合格です」

「……! 本当!?」

「ただし、条件があります」

「条件?」

「私だけを幸せにしないで」

「!?」


 驚きに目を見開いた彼に、私は笑って言葉を紡いだ。


「どちらかが幸せになるのではなく、一緒に幸せになるのよ、ハロルド。

 今度こそ、ずっと一緒に生きていくために」

「……っ、クレア!!」


 彼が私の名を呼ぶ。

 そして、彼に抱きしめられる。


(こんな幸せが、あって良いのかしら)


 貴方一人を苦しめてしまった前世があるのに、今世でそんな貴方と巡り会って、他でもない貴方が必要としてくれて。


「クレア」

「!」


 不意に名を呼ばれ、顔を上げる。

 そして、彼は涙と笑みを湛えて言った。


「もう一度、僕に幸福を教えてくれてありがとう」

「……!!」


 それは、胸の内にあった罪悪感を全て吹き飛ばしてくれる、魔法の言葉。

 今度こそ心からの笑みを浮かべれば、彼もまた笑ってくれて。


「ハロルド」

「クレア」


 互いの名前を呼び、二人で笑い合う。

 そして。


「「大好きです!/愛しています」」

「!? 今……っ」


 同時に発せられた言葉の中に彼らしからぬ言葉が聞こえた気がして、もう一度、とせがもうとした私を、耳まで赤く染めた彼がその先の言葉を口付けで阻んだのは……、私達と巡り逢わせてくれた神だけの秘密。

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