前世:王女と騎士の悲劇
「そろそろお時間です。参りましょう」
そう言って立ち上がった彼を、私は制する。
「ちょっと待って」
そうして振り返った彼に歩み寄ると……、そんな彼の額に自身の額を合わせた。
「なっ……!?」
「やっぱり! 貴方熱があるじゃない!」
「ち、違います! これは、そう、急に王女殿下が近くにいらっしゃったからでっ」
「そんな言葉でこの私を欺けるとでも?」
「うっ……」
言葉に詰まる彼に、私は息を吐いて言った。
「……貴方はやはり、連れていくべきではないわね」
「っ、そんな! 私はずっと、王女殿下のお側におります! そう約束したはずです!」
「ハロルド」
彼に向き直ると、静かに諭す。
「私を想ってくれる貴方の気持ちは痛いほど分かっているわ。けれど、病人である貴方を酷使するほど私は鬼ではないの」
「そんな、私は」
「そうして無茶をさせて、貴方がもし命を落とすようなことがあったら?
それこそ私は、生きていけないわ」
「……っ」
ハロルドの顔が歪む。その頬に手を添えて言った。
「貴方まで、お母様のように失くしたくない。分かってくれるでしょう?」
「っ……」
ハロルドは答えない。ギュッと握った拳は、きっと爪が食い込んでいることだろう。
それに気付き、そっとその拳を開かせるように握ると、努めて明るく言った。
「私は大丈夫。一人でもこなせるわ。
国王陛下もいらっしゃるし、私の心配はご無用よ」
「……王女殿下」
「それよりも、貴方は自分の身体を優先して」
「……分かりました。では、身体が治り次第隣国へ参ります」
「それはダメよ。貴方、完治しないまま無茶をして来そうだもの」
「…………」
分かりやすく不貞腐れる彼に、私は提案する。
「分かったわ。こうしましょう。私達が留守の間、貴方に城のことを任せるわ。
私達の代わりに、城を守って」
「え……」
「そして、私が帰ってきたら、“おかえり”って私を出迎えてくれたら嬉しいわ。
そうしたら私も、“ただいま”と言うから。
そうしたら……、今度こそ、私と共に歩む道を考えてくれるかしら」
「!?」
ハロルドが分かりやすく驚く。
それを見て、思わず笑ってしまいながら言った。
「言っておくけれど、私は本気よ。
この国も貴方も、私が幸せにしてみせる。
だから……、私の帰りを待っていて、ハロルド」
「……っ」
そうして呆けている彼の小指を握って笑みを浮かべる。
「ほら、約束!」
一瞬指を絡めてからスルッと小指を離し、踵を返す。
「ちゃんと温かくして寝るのよ!」
そうしてかけた言葉も、交わした約束も。
その日を最後に、数日後、帰国中の私と国王陛下が乗った馬車の事故で命を落としたことで、私とハロルドは何の前触れもなく永遠の別れを告げることとなった。―――
「……私、実は当時のことをよく覚えていないの」
「え……?」
「国王陛下であるお父様が庇ってくれたことまでは覚えているのだけど、思い出したのも今世で初めて馬車に乗った時で。
トラウマにはなっていたけれど、何が自分の身に起きたのかさっぱり分からなかった。
……けれど、推測することは出来た。私とお父様が亡くなった後の史実を調べたから」
「……!」
ハロルドが目を見開く。
(そう、その史実が残っていたから、私は知ることが出来た)
私達が亡くなった、その後のワイト王国の滅亡までを。
「……私達亡き後、国を統治したのは国王陛下の弟である叔父様。そうよね?」
「……はい」
「そして、私達を……、いえ、私達だけでなくお母様を殺したのも叔父様。間違いないわね?」
「……っ、はい」
彼の手が小刻みに震えている。
その手をギュッと握って、私は口を開いた。
「その敵を、貴方一人に討たせてしまった。
……本当に、ごめんなさい」
「っ、違います! 私がもっと早く手を打っていれば、こんなことには……っ」
「自分を責めないで、ハロルド。貴方はよく私に仕えてくれた。
それに、犯人が分かっていても野放しにしてしまったのは、私も同じよ。
尻尾を掴む前に殺されてしまった。
……私も、この力をなぜ使わなかったのかしらと思うと、後悔しか残らないわ」
「そんな! 王女殿下に、そのようなことはさせられません!」
ハロルドの目から涙が止まらない。
(泣かないで)
貴方一人をこんなに苦しめてしまっているのは、紛れもなく私のせい。
「……ハロルド、もし可能であれば……、酷なことだけれど、私がいなくなった後のワイト王国のことを教えて欲しい。
貴方の目で見た、真実を」
「……っ、はい、王女殿下」
彼は私の手を握る。
その手が冷たく震えていることに気が付き、ギュッと握ると、彼はポツリポツリと語り出した。
「貴女様が亡き後、貴女様の叔父上が国王陛下となりました」
最初こそ、亡き私達を思い遣る素振りを見せ、振る舞っていた叔父様だけど。
「本当は首謀者が自分でありながら、実行犯を捕まえ処刑、その後は……」
「続けて」
「……ありとあらゆる税を取り立て、自分だけが私腹を肥やし、異議を申し立てた者は即刻罰した」
「…………」
(そうよ、叔父様はそういう人だった)
だからこそ、私は苦手だった。
あの人の目が、いつだって私を憎み、恨んでいたから。
(私が女王になることを、一番恐れていたんだと思う)
それでも、優しいお父様はあの人のことを庇った。
彼は悪くないと。
(その優しさが裏目となり、私達一家は滅亡の一途を辿ることになった……)
ハロルドの言葉は続く。
「私も新たな国王こそが王女殿下を殺害した犯人なのではないかと疑っておりましたから、目を離すべきではないと、何とか城に止まり仕えていたのですが、追い出されてしまって。
そこで初めて目にしたのです。国民が飢えに苦しみ、もがき死んでいく姿を」
「……っ」
ハロルドの悲痛な顔と声で分かる。
そしてその地獄絵図と化した街は、私が描いていた理想とは真逆の世界であることを。
彼は今度は怒りに震えて告げた。
「貴女様が口癖のように言っていた“国民のため”が、どれほど尊いものであったか。
嫌というほど分かり、そして私は……、貴女様の敵を討つべく自ら剣を取った」
「!」
そう、オルゴールを作った店主が教えてくれた通り、これがハロルドが“英雄”と呼ばれた所以。
「……これを、貴女様に伝えるべきか、分かりませんが」
「大丈夫、教えて」
「……貴女様の叔父上は、言っていました。自らの罪……王女殿下や国王陛下夫妻を殺害した罪を認めた後、『なぜ、私だけが報われないのか』と。そう言って、私の手で絶命しました」
「……なんて、愚かな人。そんな人を私は、貴方に殺させてしまったのね」
彼の手を握る。
彼はその手を拒むように、そっと私から離そうとするのを見てムッとして尋ねる。
「どうして避けるの」
「この手は、貴女様に相応しくありません」
「そんなことを言わないで!」
「!」
金色の瞳が見開かれる。
私はその手を持ち上げ、ギュッと強く握って言った。
「っ、この手を離したら、また貴方だけに辛い思いをさせてしまう。
もうそんな思いをするのは、嫌なの……!」
「! 王女、殿下」
「自ら手放しておいて、こんなことを言うのは筋違いだと分かっている。だけど、ハロルド。
私は、貴方と共に生きたい」
「……!」
金色の瞳が、今日一番見開かれる。
その瞳をまっすぐと見て、訴えるように言葉を続けた。
「今度こそ私は、貴方の力になりたい。
……前世では貴方の枷にしかならなかった、だから今度こそ……っ!?」
その後の言葉の続きは潰える。
それは、私の唇を彼が奪ったから。
驚く私に、彼はいつしか私に言った言葉を告げる。
「……無礼を、失礼致します」
そういうや否や、今度は彼の腕の中にいた。そして。
「君は、何も分かっていない!」
いつもお読みいただきありがとうございます!
この物語は、後5話で完結いたします。
既に完結まで執筆しておりますので、最後までお読みいただけましたら幸いです。
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