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救世主

 ワイト家には古くからの言い伝えがある。

 それは、『先祖に魔女の末裔がおり、その血が受け継がれている』ということ。

 その力のお陰か、ワイト家は長期に渡りワイト王国を治めてきた。

 そして、その力が目に見えて顕現するのは、後継者に迷った時……すなわち、天の配剤によるもの。

 真に後継者となるべき者にだけ顕現する魔法の力は、時を選び、慎重に使わなければならない、ということまでがワンセット。


(まさか私が、その力を授かるとは思いも寄らなかった)


 私が授かったのは、“人を強制する言霊の力”。

 術を使う時は瞳の色が虹色になり、使う対象から目を離さずに言葉を放つことで発動する。

 その力のお陰で、前世は女王となることを国王陛下に認めてもらえた。

 そしてまさか、この力が前世を経て今世でも使えるとは、私自身も思ってもみなかった。


「貴様、一体何をした……っ」


 必死に立とうとするけれど、私の言葉に抗えるはずもなく這いつくばる公爵の姿を見て、些かすっきりとした心地で答える。


「何でしょうね? 知っていても、貴方には教えてあげない」

「!」


 そう言っている間に、手を締め付けていた縄を解く。

 自由になった手で今度は足の縄を解いてから、にっこりと笑って言った。


「あなた方のやらかしたことは0点ね。

 やっていることが全て浅はかなのよ。

 この私を欺くなら、もう少し頭を使わないとね?

 久しぶりに楽しませてもらえると思ったけれど……、期待外れね」


 そう言って、立ち上がると大きく伸びをする。

 さて、と今度は床に転がっているバーバラ様に視線を向ければ、彼女は分かりやすく怯えていた。


「あ、貴女様は、な、何者なんですか……っ!?」


 震える声でそう尋ねられた私は、思わず笑ってしまう。


「あら、貴女の目には私が化け物にでも見える?」

「い、いいえ、そのようなっ」

「ふふ、分かりやすいこと。私は貴女のその分かりやすさが好きよ」

「!?」


 私は彼女の目の前に歩み寄ると、目線を合わせるためにしゃがむ。

 そして、笑って言った。


「貴女は見る目がないのね」

「!?」

「だってそうでしょう? 婚約破棄された男も、公爵も。最低な男達ばかりよ」

「……貴女に、何が」

「分かるわよ。だって、私も同じだったから」

「……!」


 彼女の目に私はどう映っているか分からない。けれど。


「だけどね、私には彼がいた。だから、ここまで頑張って来れた」


(まあ、こんなところにいると分かれば、彼に怒られてしまいそうだけど)


 でも、貴方なら私を見つけてくれるでしょう?

 そう彼に心の中で問いかけながら、目の前にいる彼女に向かって笑みを浮かべて言った。


「貴女の目の前にもきっと、命を賭して守りたいと思えるような、そんな運命の出会いがあるわ。

 ……だからこんなところで身を滅ぼさないで、私の元へ来たらどう?」

「え……っ?」


 差し伸べた私の手を、彼女は驚いたように見つめる。

 そんな彼女に笑って言った。


「貴女の目に嘘偽りはない。

 最初からそうだった。私、これでも見る目はあるの。

 貴女の瞳は、濁っていない。本当に悪い人の目は、どす黒くて何を考えているのか分からないの。

 だからもし、貴女がその罪を認め、償いたいと思うのであれば、私はそれを全力で応援するわ。もちろん、ご家族のことも共に考えてあげられる。

 どう? あんな男に仕えるよりもこれ以上ない条件だと思うけど?」

「良いの、ですか? 私は、貴女様を裏切ったのですよ?」

「もちろん、簡単に許しはしない。だけど、投獄されるよりはマシなのではなくて?」

「……っ」


 彼女の瞳がハッと見開かれる。

 そして、おずおずと手を差し出された、その時。


「はははははっ」

「!?」


 突然後ろから聞こえてきた笑い声に、バーバラ様が大きく肩を揺らす。

 私は長く溜息を吐いて振り返った。


「邪魔をしないでくださる?」

「馬鹿馬鹿しい! 何が邪魔だ! ……全ては俺の、手の内だというのに気が付かないのか!」


 いつの間にか解けていた術から逃れた公爵は、ナイフを手にそのまま私目掛けて突進してくる。

 私も膝に仕込んでいた小刀を取り出し、その剣を食い止めた。

 そんな私を見て、公爵は笑う。


「さすが、婚約者殿。いや、魔女とでも呼ぶべきか?」

「全くもって嬉しくないお褒めの言葉をありがとうございます、公爵様。

 それで? 今度は私の命を狙いでもするのかしら?」

「そうだ、魔女殿。……全くもって忌々しい。

 いけすかない兄も、その息子であるハロルドも!」

「っ!」


 何度も剣を振るわれ、さすがの私も力が及ばず、公爵の剣が頬を掠める。

 その間にも、公爵は瞳をギラギラとさせて怒鳴り声を上げた。


「特にハロルドだけは許せんっ! 何もかもに恵まれておきながら、社交の場には出ないと言い張る。……この私が兄より先に生まれていれば、こんなことにはならなかったはずだ!!」


(……なるほど、それが貴方の本音というわけね?)


 私はふっと鼻で笑って答えた。


「たとえ順番が違ったところで、貴方は王にはなれないわ。所詮、負け犬の遠吠えね」

「……何?」


 公爵の声が低くなるのに反し、私は笑う。


「こんな卑怯な真似でしか自分を誇示できないなんて笑っちゃうわ。可哀想な人。

 そんな人が国王にでもなったらなんて、世も末ね」


(きっと、前世のあの人もそうだった)


 私を憎んでいたあの人も、目の前のこの人と同じ。


(だから、私は)


「貴方なんかに負けないわよ。私こそがこの国の未来の国王となるハロルドの婚約者なのだから!」

「っ、おのれぇえええ!」

「っ」


 私の手から、小刀が弾き飛ぶ。

 それを見た公爵は、ニヤリと笑って言った。


「お前が死んでも、私に罪はない。

 それは後ろにいる小娘が、全てやったことだからな」

「「!?」」


(なんて卑劣な男)


 毒を仕込ませたのも、ここまで連れてきたのも。

 確かにバーバラ様が公爵から金を受け取って実行したことだとすると。


(本当、頭が悪すぎて反吐が出る)


「死ねぇぇぇええ!!」


 そんな私の頭上目掛けて公爵が剣を振り下ろした、その時。


「私の婚約者に、手を出すな!!!」

「!?」


 刹那、先程のバーバラ様とは比べ物にならないほどの威力で、公爵の身体が横に吹き飛ぶ。

 そして。


「大丈夫?」

「!」


 小さな、私にしか聞こえないほどの言葉と共に肩にふわりとかけられた上着。

 鼻を掠めたよく知る香りに、私は込み上げてくるものがあって黙って頷いた。

 そんな彼は、横に吹き飛んだ公爵をひと睨みして言い放つ。


「公爵は地下牢に繋いでおけ。そこにいるエイデンの娘は事情聴取しろ」


 そう冷たく言い放つと、扉から続々と現れた王族騎士団はその通りに二人を連行する。

 バーバラ様のことを庇おうか迷ったけれど、今は彼女も反省すべきだとそう結論づけ、黙っている私と彼だけがその部屋に残った。


「……クレア嬢」

「!」


 そう名を呼ばれ、ハッと顔を上げれば、彼が心配そうに顔を覗き込んでいた。

 そして、私の頬と首……公爵によって傷が出来たところを見て慌てたように言う。


「血が出ている。早く応急処置を」

「迎えに来てくれて、ありがとう」

「……!」


 ほんの小さく、つぶやいた言葉。

 それでも、彼の耳にはしっかりと届いたらしい。

 そして、こちらを見上げる彼の瞳には……、涙が溜まっていた。

 私は、言葉を続ける。

 今まで恐れ、拒んでいた彼の名を唇に乗せて。


「ハロルド」

「っ、王女、殿下……っ」


 そう紡がれた言葉に、全てが確信に変わった私の目から、今まで堰き止めていた想いが、幾筋もの涙となって頬を伝う。

 そして、何も言えなくなってしまう私に、ハロルドは跪いて言葉を発した。


「お迎えが大変遅くなってしまい、申し訳ございません……っ!」


 そんな彼の痛々しいほどの姿に、何度も首を横に振り、その肩に手を置いて答えた。


「貴方が、謝ることじゃないわ。むしろ、謝らなければならないのは私の方。

 私達王族の尻拭いまで、貴方に全てを背負わせてしまって、本当にごめんなさい」

「そんな、こと……っ」

「あるわよ。……私達が、悪いの。私が、貴方を裏切ってしまったのだから」

「違います! 私が、私が悪かったのです! 私があの日、貴女様をお守りすることが出来なかった私が……っ」


(やっぱり貴方は、全てを思い出してしまったのね)


 心優しい貴方なら、きっと今のように自分を責めてしまうから。

 だから、思い出して欲しくなくて、必死に距離を取った。

 だけど、その手を最後まで振り払う事はできず、結局彼は思い出してしまった。

 私達の仲を引き裂いた、あの日のことも……―――



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