運命と呼ぶには残酷な
「申し訳ございません」
そう謝罪を述べながら礼をすると、両親、それからお兄様は顔を見合わせ、それぞれ口を開いた。
「クレアが謝ることじゃない」
「そうよ。でも驚いたわ。まさか貴女が王太子殿下の婚約者に選ばれるなんて」
「確かにクレアは才女であり淑女としても完璧だ。
……だが、なぜ突然あの殿下がクレアを婚約者にと選んだんだ?
クレア、何か心当たりはあるか?」
そんなお兄様の質問に、黙って首を横に振りながら思い出す。
赤色の燃えるような髪に、希望に満ち溢れた眩しいくらいの金色の瞳。
私を婚約者にと選んだ美貌の王太子、ハロルド・カーヴェル。
その人こそ、前世の私、“クレア・ワイト”に仕えていた護衛騎士の“ハロルド”であり、そして。
(私の“かつて”の最愛の人……)
これまでの経緯を、軽く思い出してみる。
クレア・オルコットとして第二の生を受け、そしてクレア・ワイトとしての記憶……、“前世の記憶”となるものを思い出した私は、その後出来るだけ目立たずに生きていくことを決意した。
前世の自分を思い出したお陰で、淑女の嗜みも新たに加わっていた以外も既に備わっていたため、特に困ったことはない。
だけど、その実力を社交の場で発揮することはなかった。
他ならぬ私自身がそれを望んだからだ。
理由はただ一つ。
前世の記憶を持つ私の“償い”をするため。
(クレア・ワイトである私は、許されざる罪を犯した)
民を不幸にし、何より“彼”を不幸にした。
それは、私が呆気なく命を手放してしまったから。
“彼”に至っては、死ぬ前に出来ない約束まで交わして。
(そんな私が一人、前世の咎を忘れて今世で幸せになって良いはずなどない)
だから華やかな社交の場は一切控え、極力目立たずにひっそりと生きていこう。
そう思っていた矢先、国王陛下の名の下に命が下る。
それは。
『王太子の婚約者を決めるため、未婚且つ婚約者のいない15歳以上25歳未満の女性は、◯月某日に登城せよ』
もちろん私は辞退したかったけれど、王命とあらば逆らう権利などあるはずもなく、こうして初めて王城へと登城することになってしまったのだ。
登城した婚約者候補は百人以上。
私とは違い華やかな装いに身を包んだ令嬢達の間で噂されているのは、専ら公にあまり姿を表さない王太子殿下だった。
王太子殿下については、謎のベールに包まれている。
王太子という身分にも拘らず、私と同様、社交の場には一切顔を出さず、唯一姿を表すのは一年に一度、建国記念日のセレモニーのみ。
そんな遠めからしか拝見出来なかった王太子殿下のご尊顔を、初めて間近で拝見出来るかもしれない、という話題で持ちきりだった。
(心底どうでも良いわ)
早く帰りたい、と壁と一体化していたところで、その場に姿を現したのは何と国王陛下だった。
陛下の登場に一斉に皆淑女の礼をするものの、現れると誰もが思っていた王太子殿下の姿がそこにはなく、誰もが動揺を隠せずにいると、その空気を霧散するように陛下は凛とした声音で告げた。
「本日より明日にかけて試験を行い、婚約者候補を四人に選定する」
と。それを聞いて怒りが湧く。
(ここまで皆を呼びつけておいて、自分は姿を現さず、陛下が代わりにお顔を出す、ですって?)
それが一国の王太子のすることかしら、と怒りで密かに拳を握った私をよそに、この場にいる女性達は皆嬉々としたように声を上げた。
「四人に選ばれた者だけが王太子に謁見出来るのね!」
「仮に婚約者になれなくても、選ばれることに意味がありますわ!」
確かに、彼女達の言い分も一理ある。
たとえ最終的に王太子の婚約者に選ばれずとも、最終の四人に入れさえすれば、令嬢達も高位貴族との良縁に結ばれる確率は高くなる。
つまり、普通の貴族の娘ならば、何が何でもその四人に選ばれたいと願うだろう。
だけど、私は。
(生憎普通の令嬢ではないもの)
そう、私には前世の記憶がある。それも、一国の王女として生きた記憶が。
その時点で私は。
(幸せを望んではいけないの)
この婚約者選びでやるべきことはただ一つ。
婚約者選びの試験を無難に過ごし、失礼にならない程度に失敗して辞退させてもらおう。
そう、思っていたのに。
(どうしてこうなってしまったの!?)
横を見れば、三人の選ばれし婚約者候補の姿がある。
つまり、四人の内残る一人に、何と私が選ばれてしまったのだ。
(どうして!? たしかに、一次試験であったテーブルマナーは完璧に行ったわ!
だけど二次試験のダンスでは、リードされたのをわざと交わして私がリードしたし、三次試験の乗馬の試験だって、「怖い」と口にして渋ってようやく馬に乗ったのよ!?
こんなの……、こんなのありえないわ)
そうして絶望に打ちひしがれている間に、壇上の扉が開く。
国王陛下のお出ましかと視線を向けたけれど、そこから現れたのは国王陛下のお姿ではなくて……。
(…………え……?)
その姿を見て、ドクンと心臓が音を立て、身体が勝手に震え出す。
頭の片隅では、淑女の礼をしなければ、ましてや服装からして一国の王太子だろうお方から目を離さずにいるなんて、無礼にも程がある。
そう、分かっているのに。
(う、そ……)
歩く度にサラリと揺れる、燃えるような真っ赤な髪。
ゆっくりと階段を降りてくる姿形、横顔も、“あの人”そのもの。
(まさか、他人の空似よ)
だって。あなたがここに……、この時代に、いるはずがないでしょう?
それでも逸らすことが出来なかった私の視線に気が付いたのか、ふとこちらを見やった“彼”と目が合った。
「!!」
慌てて淑女の礼をするけれど、心臓は更にドクドクと早鐘を打つ。
(そんな、まさか、ありえない)
交わった視線。その瞳の色は、あの人の特徴である、陽の光のような金色の瞳をしている。
そして。
「顔を上げてほしい」
(……あぁ)
鼓膜を震わせる、優しくあたたかな、それでいて優しい声。
その声に導かれるように、ゆっくりと顔をあげる。
今度こそ、真正面からしっかりと金色の瞳と目が合い、確信した。
なんて……、なんて、神は残酷なのだろう。
こんな形で……、私がこの世で一番会いたくなかったその人と対峙することになるなんて。
そんな彼は、前世と何ら変わらない出立ちで言葉を発した。
「改めて、私がカーヴェル王国第一王子、ハロルド・カーヴェルだ。
皆、私のためにこうして集まってくれてありがとう」
私はというと、先程までの怒りはどこへやら、そんなことより一刻も早くこの場から立ち去りたかった。
……正確には、彼の目の届かないところまで、今すぐに行きたいと言うのに。
「せっかく集まってくれて申し訳ないけれど、私にはたった今、心に決めた人がいる」
その言葉に、心臓がドクンと高鳴る。
そして。
「君、名前は?」
その金色の双眸は、紛れもない“私”の姿を真っ直ぐと捉えていて。
不敬だとは分かっていても、直視することなど出来ず、視線を少し逸らして答える。
「……クレア・オルコットと申します」
震えないように発した言葉は、意図せず小さくなってしまったけれど、彼の耳にはしっかりと届いたらしい。
「クレア・オルコット嬢」
彼はそう名前を噛み締めるように口にすると、あのとんでもない発言をこの場で投下したのだった。