思い出を辿って 前世:最期の記憶
「やあ、お嬢さん、こんにちは」
「お邪魔しています」
小さく会釈すれば、この店……以前彼と訪れた骨董品屋の店主は尋ねる。
「今日はあの坊ちゃんは一緒じゃないのかい?」
「はい。私一人で来ました。……あの、こちらにあったオルゴールは」
「ちゃんと取っておいてあるよ」
「ありがとうございます」
そう、私は再びオルゴールを見に来たのだ。
私と彼の、思い出の品に似たそのオルゴールを。
店主は部屋の奥からそのオルゴールを持って来て差し出した。
「これだね?」
「はい」
頷き、オルゴールのゼンマイを回せば、優しく落ち着いた音色が店内に響く。
その曲を聴いて、私はじっと踊っている人形達から目を離さないでいると、店主に声をかけられる。
「その顔を見ていると、坊ちゃんを思い出しますなあ」
「え?」
坊ちゃんって、彼のことよね? と驚く私に、店主は笑って言った。
「坊ちゃんもお二人でいらっしゃった時からよく、このオルゴールを聴きに来ていましてな。来る度に何かしら買って行って下さるのじゃが、このオルゴールの音色を聴いた後、売らないでくれと決まって念を押して帰られる。まあ、お嬢さんとも約束しているから言われずとも、分かっておりますがな」
「……っ」
(彼は、私と来てからよくここに?)
「……どのくらい、彼はここへ」
「あれから5回はいらっしゃいましたぞ。その坊ちゃんのオルゴールを見る目が、またお嬢さんとよく似ているものだから、ついお声をかけてしまって申し訳ない」
「いえ……、あの、彼は何か他に言っていましたか?」
「うーん……、あぁ、よく呟いていらっしゃいましたな。『懐かしい』と」
「……!」
懐かしい。
(やっぱり、彼は……)
「お坊ちゃんもまたそのオルゴールを貴女に差し上げたいんでしょうな。
して、お嬢さんはいつお受け取りになる予定ですかな?」
店主の言葉に、私は視線を合わせて小さく笑って答える。
「今日はまだ、受け取ることは出来ません。
ですが、また近いうちに必ず二人でこちらに伺いたいと思います。
そうしたら、こちらを……、彼にお譲りいただけますか」
「お嬢さんにじゃなくて?」
「はい。……彼の手から、いただきたいのです」
「!」
そう言って微笑むと、お辞儀をして言う。
「ありがとうございました。また伺います」
「あぁ、是非また」
優しい店主の言葉に頷き、店を後にする。
その後ろ姿を見送った店主は、ふと思い出したように呟いた。
「……確か亡くなった王女様は、ブルーベルの花がお好きだと聞いた」
まさか、と呟いた店主の脳裏には、ブルーベルの花の髪色をしたあの少女の姿が思い起こされるのだった。
店主と別れ、再び馬車に乗った私は、次の場所へと向かっていた。
「……さすがにもう、花は咲いていないわよね」
花とはもちろんブルーベルのことである。
彼と花を見たのは、一ヶ月以上前。
その時に満開だったから、もう花は枯れてしまっているだろう。
それでも。
(分かっていても、もう一度行きたい)
彼が私との約束を叶えてくれたあの場所へ、もう一度。
そんな思いで馬車に揺られていると。
―――キキィッ
急に馬車が急停車した。
そのせいで大きく揺れる馬車に、私の脳裏に一瞬前世でのあの日のことが頭をよぎったけれど、何とか意識を保ち馬車の窓から声を上げる。
「何があったの!?」
そう叫んだ私に答えたのは、ここにいるはずのない声の持ち主だった。
「貴女に、少し用があるんです」
そして、開け放たれた扉の前にいた少女の姿に、私はその名を呼ぶ。
「……バーバラ様」
呟いた私に、彼女はこの場に相応しくない笑い声を上げて言う。
「こんな時まで落ち着いているとは、嫌味なほど完璧なんですね、クレア様は」
その物言いに、今度こそ眉を顰める。
(無礼者に、もう敬語なんて使わなくて良いわね)
そう結論付け、敢えて強気な態度で口を開く。
「貴女こそ、人に用があると言っておきながら、これは褒められたものではないわね?」
「ふふ、それが貴女の素なんですね? 私はこっちの方が好きですよ」
「貴女に好かれても全く嬉しくないけれど、褒め言葉として受け取っておくわ。
さ、私は貴女に用はないから、貴女のご主人様とやらの元へ早く連れて行ってくれるかしら?」
私の言葉に、彼女が酷く驚いたように目を丸くする。
(どうやら当たりね)
私の挑発に踊らされるようでは可愛げがあるものだわ、と笑う私に、彼女は怒ったように言う。
「そんな顔をしていられるのも今のうちですよ。私を甘く見ないでくださいね?」
「まあ、あまり期待していないけれど、お手並み拝見といこうかしら」
案に貴女とは違うのよ、と上品に笑ってみせれば、彼女は怒ったように後ろに従えていた騎士に合図を送る。
そして、騎士が馬車から私を引き摺り下ろしながら、何かの薬品が染み込まれているのだろう布を私の鼻と口に当てた。
(……っ)
そうして意識が朦朧とする中、思い出されたのは他ならない彼の姿。
(大丈夫、私は大丈夫……)
だって私には、貴方がいてくれる。
そうでしょう? ハロルド……―――
「全く、まさか婿に迎えるという話を蹴って突然女王になると言い出すとは。お前には驚かされてばかりだ」
隣国からの帰りの馬車の中。
そうため息交じりに口にした国王陛下の前で、私はにこりと笑って答える。
「お褒めにあずかり光栄です、国王陛下」
「全くもって褒めていないのだが……、そういう行動的なところは、お前の母親そっくりだ」
そう言って苦笑いする国王陛下に対し私は答える。
「……私は、お母様に似ていますでしょうか」
「あぁ、似ているとも。恋愛面でも特にな」
「れん……、まさか!」
驚き目を見開く私に、国王陛下は笑って言った。
「私の目を誤魔化せるとでも思ったか。それくらい知っておる」
「ど、どうして……」
誤魔化せていると思っていた。完璧に、隠せていると。
そんな私に、国王陛下は笑う。
「あれだけ男嫌いなお前が懐いているのを見たら、疑うに決まっている。
……それに、あの男の目もただの主従関係ではない色を湛えているからな」
「……!?」
(ま、まさか国王陛下に筒抜けだったなんて……っ)
恥ずかしい……!
思わず顔を覆うけれど、私ははたと気が付き口を開いた。
「で、では私の護衛騎士は、解雇しなければなりませんか……?」
「あぁ、そうだな」
「っ!」
国王陛下の言葉に愕然とした私に向かって首を傾げて言った。
「他ならぬお前が望んだことだろう。
お前が女王になったら、隣に立つのはあの男ではないのか?」
予期せぬ言葉に、ハッと目を見開く。
そして、震える声で尋ねた。
「……認めて、いただけるのですか」
「あぁ。あの男は、いつだってお前を最優先に考える男だからな。
王妃がいなくなってから一番寂しい思いをさせたお前に寄り添ってくれたのは、私ではなくあの男……いや、ハロルドだったからな。
そうは言っても、私の大事な娘をくれてやるにはまだまだ甘いところがあるから、私直々に稽古をつけなければならないが」
「……っ」
そう言って冗談交じりに温かな笑みを浮かべてくれたのは、お母様が亡くなる以来で。
「っ、国王……、いえ、お父様」
私は頬を伝った涙を手で拭うと、一生懸命訴えた。
「私、頑張ります。彼と……ハロルドと共に。
お父様のように、いえ、お父様以上にこの国が豊かになるよう努めますから。
だから、見守っていてください」
「! ……あぁ、期待している」
そう言って頷いてくれたお父様の目元が涙で光っていることに気が付いた、その時。
―――キキィッ
「「!?」」
馬車が急停車し、大きく揺れる。
「い、一体何が」
そんな私の呟きをかき消すように、ゴゴゴという地響きのような音がこちらに向かって近付いてくるのが聞こえた、刹那。
「クレアッ……」
只事ではないと悟ったお父様が私を庇うように抱き寄せ……、目の前が一瞬で真っ暗になり、鈍い音を耳にしたのが最後だった。
そこで途絶えた意識。
“クレア・ワイト”としてのその後の記憶は、一切ない。




