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今の私に出来ること

 彼が眠っている部屋は、以前通された彼の部屋ではなく、城の奥に位置する部屋だった。


(毒を盛られたことを公にしないためのようね)


 そう考えながら、彼が眠っているベッドへゆっくりと近付く。

 そして。


「……っ」


 思わず息を呑む。

 生きているとは分かっていても、まるで人形のように血の気のない彼は、前世のお母様の亡骸を思い出して軽く眩暈がした。


「大丈夫ですか」


 そう案内してくれた従者に尋ねられ、「大丈夫です」と返し、もう一度眠っている彼を見る。

 そしてその顔を見て疑念が確信に変わった。


(……やっぱり)


『君の憂いは、きっともうすぐ晴れるよ』


 手紙の最後に書かれていた一文を思い出し、心の中で口にする。


(そうね。貴方は()()()()ひとだものね)


 けれど、貴方だって私が大人しく待っているような性格ではないということは、嫌というほど知っているでしょう?


「……申し訳ないのですが、少し席を外していただいてもよろしいでしょうか?」


 駄目元でお願いすると、従者は頷いて言った。


「はい、大丈夫です。王妃殿下からもそう仰せつかっておりますので」


(さすが王妃殿下。私達のお膳立てをしてくださっているつもりなのだろうけど……、毒を盛られて眠っている王太子殿下と二人きりにさせるなんて、私どれだけ信頼されているのかしら)


 自分で申し出たことだけれど無防備すぎて心配になるわ、なんて考えながら、従者が部屋から出て行くのを見計らって、眠っている王太子殿下に声をかける。


「お手紙、拝読しました。ありがとうございました」


 そうお礼を述べてから、言葉を続ける。


「でも、私は許可なしで口付けをされたことよりも、それを私の家族に伝えてど真面目に謝罪した、という件について少し腹が立っております。貴方様には恋愛の進捗状況をご家族様に教えるということが、恥ずかしいと思わないのですか。

 それとも、そういうご趣味なのですか。

 どちらにせよ私には理解出来ませんが」


 確かに、貴方らしいといえば貴方らしい。

 前世でも身分違い故に国王陛下にバレたらどうしようと、彼から固く拒まれ全く進まない恋愛進捗に、焦れた私が無理矢理進めていた感はあったけれど。


「しかも私、初めてだったんですよ、口付け。紛れもないファーストキスです」


 今世で口付けをしたのは。

 前世も今世も初めてファーストキスを捧げたのも、貴方なのよ。

 前世でお互いに初めて口付けを交わした際、言ってくれたわよね?

『必ず責任を取ります』と。


「……お手紙の返事、私は貴方様が必要としてくださる限り、貴方様の側から離れません。

 だって沢山、約束を交わしましたから。

 もうその約束を、私から違えたりはしません」


 涙が頬を伝う。


(あの手紙を読んで、彼がこんなことになってから私は決意した。

 前世の罪を償うと言いながら、彼から顔を背けて逃げようとしていた、そんな自分はやめようと。

 彼が何と言おうが、私をもう一度必要としてくれるのなら……、恨まれても憎まれても構わない。

 それでも、彼の力になることをしようと)


 だって彼は、前世で沢山私に尽くしてくれた。

 たとえ何も覚えていなかったとしても、それは変わらない。だから。


「……早く、目を覚まして」


 そう言うと、彼の冷たい唇に、触れるだけの口付けを落とす。

 そして、ゆっくりと離れてから……、私は思わず笑みを溢す。


「これでおあいこね」


 そう囁くように言ってから身を起こすと、小さく笑って口にする。


「また来ます」


 踵を返し、前を向く。


(これで良い)


 彼なら大丈夫。

 こんなところで終わりを迎えるような人ではないから。

 問題は、毒を盛った犯人が誰なのか。


(前世と違って、尻尾はすぐに掴めるはず)


 私が思い描いている人物()()で合っていれば、すぐに行動に移してくるはずだ。


(こちらが隙を見せる……餌を蒔いておけば、すぐに食いついてくるでしょう)


 彼には悪いけれど、私も黙っていられないの。


「私を敵に回したこと、後悔させなければね?」


 前世の借りは貴方が動けない分、きちんとお返しさせていただくわ。





「王太子殿下」


 今日も眠っている彼に声をかけ、持ってきた花束を彼のサイドテーブルに置く。


「もう一週間も眠っていらっしゃるのですね。さすがに眠りすぎではありませんか?」


 一週間。

 彼が毒を盛って倒れた日から、一週間が経過していた。

 この一週間、私は毎日欠かさず眠っている彼に花束を届けている。


「私が来ても無視だなんて、酷いお方ですね?」


 これはちょっとした皮肉だ。

 病人に対して我ながら酷いと思うけれど、『君の憂いは、きっともうすぐ晴れるよ』なんてキザな台詞を言って私一人置いてけぼりにするような、そんな方を婚約者にした覚えはない。


「だから私、ちょっと出掛けて来たいと思います」


 前世では王女という身分があって下手に動けなかった。

 だけど、今の私は王女ではない。

 だから。


(守り方を変えるわ)


 前世では貴方だけを犠牲にしてしまった。

 今世は私のやり方で、貴方を守り抜いてみせる。


(貴方に何と言われようと、これだけは譲れないわ)


 それが悔しかったら。


「私を見つけ出して、()()()()迎えに来てね」


 ハロルド。もし貴方が私を許してくれるのなら。

 私は貴方を信じて、待っているわ。

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