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前世:ずっと側に

 前世、王妃殿下である私のお母様が亡くなったのは、私が17歳の誕生日を迎えたばかりの頃だった。


『クレアッ、食べてはダメよ!!』


 そう苦しげに私に向かって声を上げ、倒れたお母様の顔を今でも忘れることはない。

 そんなお母様の言葉があって、私と国王陛下は毒が盛られた食事を口にすることはなく、お母様だけがこの世を去った。


『王族として生まれたことを誇りに思い、この国をより良い方向に導いていきなさい』


 そう、遺言を残して。




「……ここにいらっしゃったのですね」


 その言葉に顔を上げることはせず、冷たい墓石に手を置いて口を開いた。


「人の命は、呆気ないものね」


 お母様が亡くなった時、確かにお母様はそこにいた。

 ただ、この墓に入る前に見た骨をお母様と言われても、実感が湧かなかった。

 今だって、遠くで私の名を呼ぶお母様の声が、聞こえてきそうなはずなのに。


「……お母様は、本当にもう、いないのよね」


 そう呟いた私の言葉に、彼は答えることはせず私の隣にしゃがんで手を合わせた。

 そんな彼の腕に顔を寄せると、ぐっとその彼の黒い服の裾を掴んで言った。


「……許さない」


 毒を盛った犯人である侍女は、自害したと聞いた。

 もちろんその侍女に強い憤りを覚えるけれど、犯人は別にいるのではないかというのが私の見解だ。


(誰だかは目星がついている)


 全く尻尾を見せないから捕まえられないというだけで。


「必ず……、私がこの手で」

「駄目ですよ」


 そう口を開いたのは他でもないハロルドだった。

 そんな彼に、反論しようと顔をあげ……、息を呑んだ。

 それは、彼が金色の瞳で私をじっと見つめていたから。


「……恨みや怒りの感情に呑み込まれてはいけません。貴女様は一国の王女です。

 自らこの綺麗なお手を汚してはいけません」

「っ!」


 彼の裾を掴んでいたその手を彼がそっと取る。

 そして、私から視線を逸らすことなく言葉を発した。


「その役目は、私が引き受けます。

 貴女様は貴女様に出来ることを、なさってください」

「……っ」


 耐えきれず、彼の腕の中に飛び込む。

 そして、枯れてしまっていたはずの涙を流しながら尋ねた。


「貴方は、死なないわよね? ずっと側に、いてくれるわよね?」


 縋るように尋ねた言葉に、彼は私を強く抱きしめてくれながら頷く。


「はい。私の命は、貴方様と共に」―――





(前世、私はそう言ってくれた貴方を裏切ってしまった。それを許してほしいとは言わない。だけど)


 毒なんかで貴方まで死なせはしない。


「国王陛下!」


 王城に辿り着き必死に訴え、何とか拝謁できた私は、国王陛下に向かって頭を下げる。


「オルコット嬢、よく来てくれた」

「王太子殿下のご容態は?」


 私の問いかけに、国王陛下は険しい顔をして言った。


「一命は取り留めたが、いつ目を覚ますか分からない、深い昏睡状態に陥っているというのが医者の見解だ。

 下手をしたら、そのまま目を覚まさない可能性もあると」

「そんな……」


 あまりの衝撃に膝から崩れ落ちそうになるのをグッと堪え、意を決して口を開く。


「……王太子殿下に、お会いすることは可能ですか」

「それは」

「一目でも良いのです! 我儘を申し上げているというのは、分かっております。

 王太子殿下だって、私とお会いすることを望んでいないかもしれません。

 けれど、私は……っ」

「……クレア嬢、そなたは」


 国王陛下が何か口を開くよりも先に、後ろにいた王妃殿下が声をあげた。


「国王陛下、無粋ですよ。……良いでしょう、私が許可します」

「それは」

「貴女のお声でハロルドが目を覚ますかもしれないもの。ね、良いでしょう?」


 王妃殿下の言葉に、何か口を開きかけた国王陛下は少し戸惑ったように王妃殿下を見ていたけれど、やがて息を吐いて言った。


「……あぁ、許可しよう」

「ありがとうございます!」


 そう言って頭を下げると、案内役の従者に連れられ、応接室を後にする。

 そして、少し歩いたところで、別の部屋から出てきたのは。


「……キャロル様」


 何名かの騎士と侍女に連れられて歩く、キャロル様のお姿だった。

 彼女は私を見ると、笑みを浮かべて言う。


「ごきげんよう、ご婚約者様。貴女も私のことをお疑いなのかしら?

 でもおあいにく様。私は王太子殿下とお茶をしていただけで、目の前で王太子殿下がお倒れになったのだもの。

 私はこれから疑いが晴れるまで自宅で謹慎なのですって。ねえ、聞いているの?」


 そんな彼女の瞳を見て、私はあることに気が付く。


(キャロル様はわざと……)


 じっと彼女を見つめてから、ふっと息を吐いて口を開いた。


「いいえ、私は貴女様のことを最初から疑ってなどおりません」

「……何ですって?」

「だって貴女様は、きっと私と同じ気持ちを彼に抱いているはずです。そんな貴女様が王太子殿下に毒を盛るなどというメリットはありませんから」

「……!」


 キャロル様の瞳が驚いたように見開かれる。

 それから、と私は言葉を続けた。


「私と同じ気持ちと言っても、私の気持ちは貴女様の数倍……いえ、()()()()()()()()()()()()()()から抱いておりますので。

 誰にも負けないと思いますし、この想いをお譲りすることも出来ません」

「!」

「私は、王太子殿下の……いえ、ハロルド様の婚約者ですから」


 これ以上の私語は慎むべきだと判断し、淑女の礼をすると、今度こそ彼の眠っている部屋へと向かう。


「……ふふ、完敗だわ」


 キャロル様はそう言って、誰にも気付かれないよう笑みを溢したのだった。

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