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貴方の幸せだけを

 部屋から出て行くお母様の背中を見送ってから、一人深呼吸をして封を開ける。


(何と、書いてあるんだろう)


 怖いけれど、きちんと彼の本音も聞きたい。

 意を決して切った封筒から便箋を取り出すと、数枚に渡って彼の心情が綴られていた。


『クレア嬢へ

 突然の手紙で驚いたと思うけど、僕は君に気持ちをしっかりと伝えるべきだと思って、こうして筆を取ったんだ。

 出来れば最後まで、手紙を読んでくれたら嬉しい』


(言われなくても最後まで読むわよ。貴方に罵倒されようが何しようが、私にとって貴方は大切なひとだもの)


『まずはこの前の謝罪を。君の気持ちを無視して、勝手に唇を奪ってしまったこと、本当にごめんなさい。反省しています』

「……ふふ」


 思わず笑みを溢す。

 怒っていないし、誤解が生じてしまっているのも私の責任だから私も反省しています、と心の中で思いながら読み進める。


『それについては、きちんと君のご両親に謝罪しました…安心してください』

「……は!?」


 どこを!? 安心すれば良いと!?


(貴方律儀にも程があるわよ! 誰がそんなこと……、色恋沙汰の進捗を家族に教えるのよ!?)


 ……やはり、撤回だわ。会った時に文句を言ってやりましょう。

 そう心に決めてからもう一度手紙に視線を戻す。


『君が倒れてしまった時、僕は本当に酷いことをしてしまったことに気が付いた。

 君が僕の手を取ってくれないのは、君に考えがあってのことだよね。

 それが何か、僕は知りたくて愚かにもあんな真似をした。

 君の瞳を見ていると、君も僕と同じ気持ちなのではないかと、心のどこかで思って勝手に期待して、君を困らせてしまった。

 君は僕に、いつも温かな眼差しを向けてくれる。出会った時からそうだった。

 僕を見る瞳が、凛としたその強い意志を持つ瞳に、僕は吸い寄せられるように瞳が離せなくなってしまうんだ。

 やはり今思っても、それは一目惚れなのではないかと思う』

「……バレバレ、なのね」


 私が貴方に向ける視線。


『そしてその瞳が、ふとした瞬間に翳る時があって。

 それが何なのか知りたいけど、君は教えてくれなくて。

 僕はもどかしくて、何度も君にしつこく尋ねて、しまいには口付けをしてしまった』

「……私こそ、本当に最低よね」


 手紙を持つ手が震える。


『今でも君が、僕を通して何を見ているのか分からない。

 けれど、何となく分かるような気もして』

「分かっては、いけないのよ。前世の記憶なんて思い出さないで」

『仮の婚約者の話、もし君がこれ以上僕と本当に関わり合いになりたくなかったら、なかったことにしてくれて構わない。

 その立場が君を苦しめてしまったからと、君のご両親であるオルコット伯爵夫妻にも、君の気持ちを聞いてくれるよう頼んであるから。これから先、僕の手を取り共に歩んでくれるか。よく考えて選んでほしい』

「…………」


 “関わり合いになりたくなかったから、なかったことにしてくれて構わない”。

 彼の元を離れることは自ら選んでいたことだし、彼からそう言ってくれるのは私が望んだ通りのこと。

 そう分かってはいるのに。


「……っ」


 私が困っていることを慮って申し出てくれた彼が一番傷ついているはずなのに、その手を最初に振り払った自分が傷つく資格なんてない。


『でも』


 彼の言葉はその先も続いていた。


『君の憂いは、きっともうすぐ晴れるよ』

「え……」


 どういう、意味……?

 そう締めくくられた一文を読んで首を傾げた、その時。


「っ、大変です!!」

「!?」


 ノックもせず開かれた扉。

 本来ならば叱るべきなのだろうけど、血相を変えて飛び込んできたリラに、これは尋常ではないと気付き、すぐに尋ねる。


「何があったの」

「それが……っ」

「王太子殿下が、お倒れになったそうよ」

「え……」


 後ろから現れ、厳しい表情で口にしたお母様に対し、私は言葉を失う。


(王太子殿下……、彼が、倒れた?)


「仮の婚約者である貴女だけに通達をと、国王陛下のご配慮があってのこと」

「一体、何が」


 真っ白になる頭で、それでも何とか現状を把握しようとして震える声で尋ねた私に、お母様は静かに言葉を発した。


「……クレイン公爵令嬢とお話し中、何者かに、毒を盛られたそうよ」

「毒……!?」


 今度こそ、目の前が真っ暗になる。

 ぐるぐると、前世の記憶が思い出される。


(……いや)


 貴方まで、失いたくない。

 もう二度とあんな思いは、したくないしさせない。


「……馬車を」


 私は意を決すると、あらんかぎりの声で叫んだ。


「馬車を用意してっ! 今すぐ王太子殿下の元へ行くわ!」

「落ち着きなさい。貴女が今行って何になるの。王城は今混乱状態だと」

「そんな中私に知らせてくれたということは、私の手を借りたいということ。そうですよね?」

「………」


 お母様は息を吐いて言った。


「貴女は“仮”の婚約者なのでしょう? それなのになぜ、そこまで王太子殿下のことになると突っ走るの」


 お母様の言葉に、私は……意を決して口を開いた。


「この気持ちを認めれば、私を王城へ向かわせていただけますか」

「……そうね。王太子殿下の婚約者としての覚悟があるのならば」


(やはり前世でも今世でも、お母様には敵わないわね)


 ふっと、小さく笑みを溢す。そして。


「私は、王太子殿下の支えになりたい。

 王太子殿下の幸せを、一番近くで見守りたい」


 前世では、貴方を含めた全てを守り通したいと思って、結局叶えられないまま命を落とした。

 だから、今世で貴方が幸せになるためなら、たとえ全てを捨てることになっても……、貴方が前世で私に仕えてくれたように、命を賭して守りたい。

 それくらい、ただ貴方の幸せだけを。


(願っている)


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