敵か味方か
薄暗い部屋の中、掴まれたままの腕の主を見上げてハッと息を呑む。
「貴方は……っ」
「しっ、静かに」
目の前にいる男性は、私の口を手で塞ぐ。
言われた通り静かにしていると、その男性は扉に耳をつけ、呟いた。
「……行ったかな」
男性は息を吐くと、長い金色の髪をさらりと揺らし、笑って言った。
「危なかったね、クレア嬢」
「貴方は、ウォール公爵家の」
「レスターだよ。以後お見知り置きを、王太子殿下の婚約者殿」
「っ!?」
掴まれた腕に恭しく口付けを落とされる。
目を見開けば、彼はこちらを見てにっこりと笑った。
「さすが、あのハロルドが選んだだけあって肝が据わっている女性だな」
「どうして私を……その」
「私の父上に見つかりたかった?」
「!」
そう尋ねられ、思わず息を呑む。
それに対し、彼はあははと笑って言った。
「貴女もまだ仮面を被るのが甘いみたいだね。
そして私の父上を、疑っていると見た」
図星を言い当てられ、その言葉が悔しくて平然を装う。
「そんな私を、どうして貴方がお助けになったのですか?」
目を見てじっと観察しているけれど、にこにこと口元に笑みを浮かべているこの人の真意が分からない。
(一番厄介なタイプだわ)
それに、この人こそがハロルド派と敵対する派閥の中心人物である。
ウォール公爵は、国王陛下の弟。
そして、目の前にいるレスター様はウォール公爵家の嫡男であり、第三王位継承者。
(ちなみに第二王位継承者がウォール公爵本人……)
「貴女はどう思う?」
「え?」
「知っているでしょう? 私とハロルドの派閥があるということ。
私が敵に見える? それとも味方に見える?」
まるで心を読まれたかのように問われ、出した答えは。
「私には、味方に見えます」
「……へえ? それはどうして?」
「こうして助けて下さったから」
「助けているように見える?」
「私の目には、そう見えます」
(間違いなく、ウォール公爵と私を会わせないようにした)
それはきっと。
「貴方様も、何かご存知なのではないですか」
「何を?」
「ウォール公爵様が先程、何をお話しされていたのか。だから私を、この部屋に連れ込んだのではありませんか」
「連れ込む、ねえ……」
刹那。
「!?」
両腕を掴まれ、壁に押し付けられる。
目の前には、相変わらず何を考えているのか分からないレスター様の顔が間近にあって。
そんなレスター様は、口元だけ笑みを浮かべて言った。
「私にこういうことをされるとは考えなかった?」
「はい。だって私に貴方様が手を出す理由が考えられませんから」
そう言い切る私に、初めてレスター様が驚いたように目を見開いた後、笑って言った。
「はは、面白い。……だけど気を付けた方が良いよ?
貴女は存分に価値がある。ハロルドの婚約者というだけで、ね」
「心得ております。あの方の不利益になるような真似は致しませんから」
「凄い忠誠心だね。それとも、その忠誠心は彼に恋をしているから?」
「……貴方様の目には、私はどちらに見えますか」
「!」
尋ねた私に、レスター様はじっと私を見つめてから言った。
「ハロルドも貴女も、恋をしているように見える。私にはね」
「……そうですか」
私はやんわりとその腕から逃れる。
そして、笑みを浮かべて口を開いた。
「助けていただきありがとうございます。この御恩は必ずお返しいたします」
「敵対派閥なのに?」
「個人的な礼に派閥は関係ありません。少なくとも、私には。
……私は目で見て判断したものだけを信じますので」
「へえ?」
レスター様は面白いものを見たというように笑う。
「失礼致します」
そう言って淑女の礼をし、扉を開けたその時。
「「え?」」
丁度廊下を歩いていた人物と目が合い、声を上げる。
そして、そこにいたのは。
「王太子殿下……」
紛れもない彼と、そして。
「あら、どうしてこんなところにご婚約者様が?」
彼にエスコートされながら首を傾げていたのは、キャロル・クレイン……、クレイン公爵家の令嬢であり、彼の婚約者の最有力候補と呼ばれていた彼女だった。
そして目の前にいる彼は、驚きに目を見開いて言った。
「姿が見えないと思ったら、どうしてこんなところへ……」
「私と話していたんだよ」
「「!」」
私の後ろから現れたレスター様に、二人が驚愕に目を見開く。
何も後ろめたいことなどないけれど、派閥の問題がある上、私が敵対派閥の中心人物といたとなると、この状況が良くないことは分かっている。だから。
「会場までの道に迷っていたところ、こちらのお部屋にいたレスター様に教えていただき、今から戻るところでした」
「……“レスター様”?」
「え?」
彼が何かを呟いたけれど、何と言ったか聞こえずに問い返そうとすれば、それよりも先にキャロル様が声を上げた。
「こんな暗がりに二人きりでお話し? しかも、迷われるも何も貴女は王城のことはよくご存知よね?」
「いえ、私は」
「レスター!」
「「!?」」
何とか言い訳をしようとした私とキャロル様は息を呑む。
それは、私の横をすり抜け、彼がレスター様の胸倉を掴んだから。
「お、お待ちください王太子殿下! レスター様に私は、助けていただいて」
「君を助ける!? こいつがそんなことをするはずがないだろう!」
彼の言葉にハッとする。
レスター様はそんな王太子殿下の手を逆に掴み、先ほどのような胡散臭い笑みを浮かべて言った。
「離してくれないか。私と君とで騒ぎを起こしたらどうなるかくらい頭の良いお前なら分かるだろう? ハロルド」
「……チッ」
彼が苛立ったように舌打ちをする。
そして今度は私の腕を取ると、足早に歩き出した。
「え、ちょっと……!」
キャロル様が制する声が聞こえたけれど、それに振り返ることなどせず、彼は私の腕を掴み慣れた足取りで廊下を歩き出す。
(……ハロルド?)
前世でも見たことのないその冷たい横顔に、私は言葉を失い、引きずられるように彼の後をついていく。
どこへ向かっているのか分からないまま、奥へ奥へと進んでいく彼を見て、はたと気が付く。
(っ、まさか)
彼の私室!?
その考えにようやく辿り着いた時には時既に遅く、乱暴に開かれた扉の中に連れ込まれ、閉じた扉と共に長椅子に問答無用で寝かされたのだった。
登場人物が多くなって参りましたので、整理用に登場人物設定を作らせていただこうと思っております。(これから先、これ以上増える予定はありません)
少々お時間をいただきますが、更新次第ご報告させていただきます。
把握のほどよろしくお願いいたします。
引き続き、クレアの物語を楽しんでお読みいただけたら幸いです。




