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前世:許されざる恋が成就したとき

「あぁ〜っ! 疲れたわぁ」


 そう言って長椅子にもたれかかれば、ハロルドが慌てたように言う。


「王女殿下、お気持ちは分かりますが、せめてお召し物をお着替えになって下さい。

 侍女にまた後で怒られてしまいますよ」

「分かっているわ。……けれど、今は休ませて……」


 今日は隣国の国王と第二王子を招いての、建国記念パーティーが一日中行われていた。


「貴方も見ていたでしょう? 私、5曲も踊ったのよ!

 練習した成果もあって、どのダンスも完璧に踊れていたでしょう?」


 そう得意げに言ってみせれば、彼は微笑んで言う。


「はい。とても見違えました」

「……何だか心がこもっていないわね」

「込めていますよ。本心ですから」

「……ウソ」

「!」


 私は座り直すと、ハロルドをじっと見つめて言う。


「貴方、私がダンスするところを見ていなかったでしょう?」

「み、見ておりましたが」

「嘘よ! ダンスしている時に一度も視線が合わなかったわ!」


 その言葉に彼が目を見開く……と思ったら。


「ダメではないですか!」

「!?」


 そう言って私の目の前まで歩み寄ってきた彼は、怖い顔で言った。


「ダンスをしている時はお相手の目をしっかりと見るよう、あれほど言ったではないですか!」

「……見ていたわよ」

「ウソですね」


 言い返されてしまい、膨れる私を見た彼はため息を吐き、襟元を緩めて言った。


「……ダメですよ。第二王子殿下は大事な隣国の賓客であり、貴女様はもしかしたら……」


 彼のその先の言葉は潰える。

 それは、私が驚きに目を見開いて尋ねたから。


「……もしかしなくても貴方、知っていたの? 私が、隣国の第二王子を婿に迎える話が出ているということを」


 そう、この国の王女である私には王位継承権はない。

 歴代で女性に王位が渡ったことは一度もないのだ。

 そのため、必然的に私は婿を迎え入れなければならない立場にあるのだけど……。


「……よかったですね」

「え?」


 思わず顔を上げる。彼は笑って言った。


「隣国の第二王子はとても良い方そうではありませんでしたか。

 外見も整っていらっしゃいますし、聡明な方だともお聞きしております。

 この国の国王としてこれ以上ないほどの有望な人物かと」

「貴方、それ本気で言っているの?」

「っ」


 私の口調に、怒気が孕んだのが分かったようで。

 驚く彼に詰め寄り、口を開いた。


「私の気持ちを知っているわよね!? 貴方は、それで良いの!?」

「……」


 彼は少しの沈黙の後答える。


「……良いも何も、それが運命(さだめ)ですから」

「……っ」


 王女と騎士。

 主従関係でしかないそのつながりに、当然恋愛は御法度だ。

 それは分かっている。

 分かっているけれど。


「……私の気持ちが、貴方にとってそんなに迷惑?」


 私は続け様に言葉を続ける。


「私は、貴方も同じ気持ちでいてくれると思っていたけれど……、そうよね、あり得ないわよね。

 こんなに……、こんなに頑張っても、この気持ちを認めてはもらえないのね」

「……っ」


 今日だけでなく、何度彼に告白しようとしたか分からない。

 だけど、全て私が口にする前に彼に尽く躱されてしまった。


(分かっている。こんな気持ち、聞かされても困るだけだって。それでも、せめて)


 この気持ちを、無かったことにしないでほしい。

 涙が頬を伝う。

 そんな顔を彼に見られたくなくて、慌てて彼に背中を向けてから、誤魔化すように口にした。


「ねえ、知っている? どうして私が、あんなに死に物狂いで頑張って、ダンスを完璧に踊れるようになるまで克服したか。

 ……それは貴方と、いつか堂々と皆の前で踊れるようになりたかったからよ」

「……!?」


 彼がハッと息を呑む。

 その間にもとめどなく溢れる涙は止まることを知らない。


「私は貴方に……、後ろではなく、隣にいて欲しいの」

「っ、そんなの無理だ!」

「!」


 黙っていた彼が声を上げる。そして。


「〜〜〜っ、全部、貴女のせいです」

「え……!?」


 刹那、彼の腕の中にいた。


「ハ、ハロルドッ!?」

「お静かに」

「!?」


 耳元で囁かれ、かつてないほどの異常なまでに鼓動が跳ねる。

 こんな……、ダンスにだってない距離の近さ、いつもの彼ならあり得ないけれど。


「……無礼を、失礼致します。今この瞬間だけ、私が貴女の騎士でなくなることをお許しください」


 そう言うと、私を抱きしめる腕に力を込めて言った。


「君は、何も分かっていない」

「!?」


(これがハロルドの……、素の口調?)


「僕が君の気持ちを受け止めてしまえば、君の騎士でいられなくなる。

 ……側にいられなくなってしまうんだ。

 だから僕だって、君への気持ちに見て見ぬふりをして、必死に隠そうとしていたのに……っ」

「……ハロルド」

「僕は、騎士失格だ。この気持ちは……っ、君の側にいるためには、あってはならない感情なのに」

「ハロルド」

「でももう、手遅れだよ。僕の気持ちは、君の側にいると膨れ上がるばかりだ。

 だから……、たとえ約束を違えることになっても、僕はやはり、君の側を離れるべきで」

「ハロルド!」

「!」


 抱きしめる彼の腕が私の声で緩む。

 その腕の中で反転すると、彼の顔を間近に見ることになって。


「……ふふっ、何て顔をしているの」

「っ、わ、笑わないで、ください……」


 泣き顔と距離が近いとで真っ赤になっている彼の顔を見て笑ってしまうけれど、それは多分私もお揃い。


「ねえ、ハロルド」

「な、何でしょう」


 彼の口調がいつもの主従関係に戻る。

 それを少し残念に思いながらも、微笑みを浮かべて口にした。


「私、実は“秘密”があるの。……見ていて」


 そういうと、瞼を閉じ、ゆっくりと目を開いた。

 そんな私の顔を彼の金色の瞳が映し出した瞬間、彼は驚き言葉を失う。

 私はもう一度ゆっくりと瞼を閉じると……、目を開き、念を押すように言った。


「驚かせてごめんなさい。でも私も、“秘密(これ)”に気付いたのは最近なの。

 そして、このことは……、まだ、国王陛下や王妃殿下にさえも、誰にも言っていないわ」

「そ、そんな……、そんな大事なことを私に教えてよろしいのですか!?」


 その言葉に、迷いなく笑って頷いた。


「当たり前よ。だって貴方は、私付きの護衛騎士であり、私と永遠を生きてくれると約束した。そうでしょう?」

「……っ」


 そう言ってまた涙を流す彼の頬にそっと手をやり、その涙を拭って言葉を続けた。


「それとね、ハロルド。私にはこの“秘密”のお陰で策があるの。

 それはまだ貴方にも言えないけれど……、でも、今はまだでも、未来のことは貴方の気持ち次第ということ」

「え……」

「つまり、貴方は私の騎士として一生側にいたいか。それとも……」

「!」


 彼に向かって手を差し伸べる。

 そして。


「いずれ私の隣に立ってくれる存在になってくれたら、これほど心強く、そして幸せなことはないわ」

「……!」


 ハロルドがこれ以上ないほど目を見開く。

 私は少し笑って言った。


「なんて。この“秘密”を聞かされても困ってしまうだけよね。

 安心して、誰かに言いふらしたりしなければ良いし、まだまだ当分先の未来の話だから、ゆっくり考えて」

「……」


 黙り込む彼の姿を見て、私は「さてと」と努めて明るく言った。


「そろそろ会場に戻らなければね。もうすぐお開きの時間でしょうから」

「王女殿下」

「!?」


 彼に不意に手を引かれる。

 振り返った私に、彼は端的に一言、言葉を発した。


「好きです」

「……へ!?」

「こんな気持ちは騎士失格だと分かっています。それでも、王女殿下をお慕いしていて……」


 その後の言葉はゴニョゴニョと、何を言っているのか全然分からなかったけれど、相変わらず襟元に手をやる癖が可愛く、本当に愛おしくて。


「ハロルド」


 俯き加減でブツブツとずっと呟いている彼の唇を、自身の唇でほんの一瞬塞いだ。

 時間にしてほんの僅かだというのに、唇を離した私を見る彼の顔は耳元まで真っ赤だ。

 私はクスッと笑うと、彼の両手を取り言葉を紡いだ。


「貴方の気持ち、受け止めたわ。絶対に、その気持ちを裏切るような真似はしない。

 だから、信じて待っていて」

「……!」


 ハロルドは目を見開く。そして。


「……はい、王女殿下の仰せのままに」


 そう言って、今までに向けられたことのなかった、私への感情を包み隠さない柔らかな笑みを湛えてくれたのだった。

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