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重なる前世と今世

「本当にごめん……!」


 目の前で謝罪し、頭を下げる彼に向かって口を開く。


「頭をお上げください。貴方様が何に対して謝罪しているのか分かりませんか、王族がそう簡単に頭を下げて良いものではありません」

「ご、ごめん……」


 様子のおかしい彼に、少し息を吐いてから言う。


「もしかして、王妃教育を私一人で受けさせたことに罪悪感を抱いているのですか?

 ご安心ください。貴方様がいらっしゃらずともレッスンに手を抜いたりなどしませんので」

「そんなことは心配していない!」


 彼はそう叫ぶように言ってから俯き、言葉を続けた。


「……僕は、そんなことを心配しているんじゃない」

「……」


 彼が襟元を緩める。

 その仕草を見て、息を吐いて言った。


「分かっております。ですが、これだけははっきりさせておくべきです」

「!」


 私は彼に向き直ると、口を開いた。


「私達は正式な婚約者ではなく、あくまで仮の婚約者です。そのため、私だけを優先すべきではありません」

「っ、だけど」

「王太子殿下の行動は、些か私のためを思って動いて下さるのでしょうが、はっきり言って迷惑です」

「……!」


 彼が息を呑み、傷ついたような表情をする。


(……ごめんなさい)


 本当は迷惑だなんて思っていない。

 私を思ってくれての行動が、嬉しいと思わないはずがない。だけど。


「何度も言うようですが、私と貴方様は仮の婚約者です。

 そして、貴方様のその目で本当の婚約者を決める。

 私はそのお手伝いをする。

 ……王太子殿下もお気付きでしょう? 今は私を優先しすぎるべきではないと」

「っ、どうして」

「経験しておりますから。多分、貴方様よりもずっと」


 彼が息を呑んだように固まる。

 これ以上の私語はまずいと、笑みを浮かべて言った。


「まあ、敵味方の区別をつけるために、大いに私という存在を使って下さって構いませんが」

「そんなことはしない!」


 間髪を容れずにそう答えられ、少し目を見開いた後、微笑んで言った。


「ですが、それが私の本望です」

「……!」

「私は、貴方様の力になりたい」

「……どうして、君はそこまで」

「さあ? どうしてでしょうか」

「!?」


 彼の手を取る。そして。


「王太子殿下、今宵の貴方も素敵ですわね」

「え……っ!?」


(やっぱり変わっていない)


 私から褒めると顔を赤く染める貴方も。

 そして。


「ク、クレア嬢もその、凄く素敵だよ」

『お、王女殿下も、凄く、素敵です』


 続けられた言葉に、前世の彼を思い出す。

 私に見惚れてしまって言葉が出ない彼より先に褒めるのは、いつも私からだった。


(本当は男性から女性に褒めるのが先なのだけど)


 でも。そんなやりとりをいつも。


(愛おしく感じていた)


 前世に向かった思考を、ゆっくりと目を閉じて深呼吸することで頭から消す。

 そうしてもう一度、ゆっくりと目を開けたところで彼がこちらを見つめていることに気が付き声をかけた。


「さあ、王太子殿下。そろそろ参りましょう」


 これは、私と彼の共同戦線よ。





 久しぶりの社交の場。

 でも、不思議と心は落ち着いていた。

 それは隣に、貴方がいるから。

 脇目も振らず、真っ直ぐと前だけを向いて歩く。

 ざわついていた会場も、今宵の主役となる私達の登場で、シンと静まりかえっていた。

 その中で、私と彼がゆっくりと厳かに歩き、そして。


「私は、第一王子、ハロルド・カーヴェルだ。

 今宵は新たに決まった私の婚約者を紹介する」


 その言葉に前に進み出て、淑女の礼をする。

 誰にも真似出来ない、完璧な角度と体勢を意識して。

 そして顔を上げた時、前世の感覚を思い出す。


(あぁ、この感じ)


 とても、懐かしい。

 王女として民の前に立つこの感覚。

 私はそれを、誇りに思っていた。

 王族として生まれ、王族として生きる。

 その名に恥じぬよう、ただ、前だけを見据えて。

 誰の目にも凛と、強く印象に残るように。


「皆様、お初にお目にかかります」


 怒鳴ることなく、会場全体に響き渡る澄んだ声を意識して。


「新たにハロルド・カーヴェル殿下の婚約者となりました、クレア・オルコットと申します」


 私を見上げる貴族の目には、誰一人好意的な者はいない。

 それはそうだ、オルコット伯爵家の令嬢である私は、今まで社交の場に出なかった変わり者の令嬢として有名だろうから。


(だけど、私がここに立つ限り)


 そんな噂、消し去ってみせるわ。


「どうぞよろしくお願い申し上げます」


 寸分の狂いもなく、洗練された所作で。


(隙など見せないわ)


 そうゆっくりと淑女の礼をすれば、この場にいる方々からの割れんばかりの拍手が起こる。


 そして今度は、王太子殿下と私のファーストダンスが行われる。


「あれ? 珍しい。緊張している?」

「!」


 顔に出していないはずなのに気付かれてしまう。


(どうして?)


 不思議に思う私に、彼はクスッと笑って言った。


「だって僕は、君の婚約者だから」

『私は、貴女様付きの騎士ですから』


(……本当に、困ったことになったわ)


 私としたことが、いつもだったら簡単に切り替えられるというのに、彼を見ていると前世と今世を割り切ることが出来ない。

 ふとした瞬間に思い出されてしまう前世。

 それに。


「……私だって、緊張するのよ」

「え?」

「何でもありません」


 彼と向き合い、お辞儀をする。

 周りには、大勢の招待客がこちらを見ていて。


(……あぁ、確かに、これが私達の願いだったの)


 その願いが一つになった瞬間、私達の許されざる恋が成就し、始まりを告げた……―――

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