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王族たるもの

「クレア嬢!」

「……王太子殿下」


 振り返ると、彼は大きく手を振って駆け寄ってくる。


「また根を詰めているでしょう? そろそろ休憩しよう!」

「お気遣いはありがたいですが、王太子殿下はこんなところで油を売っていて良いんですか?」

「良いの良いの! 君と話す時間分しっかり仕事は終わらせているから!」


 そう瞳をキラキラとさせて言われてしまったら断れない。

 私は息を吐くと、「少しだけですよ」と小さく笑って彼と共に王宮書庫室を後にする。


 彼の言う通り、翌日から王妃教育が始まった。


(と言っても、次期王妃になるわけではない仮の婚約者なのだけど……)


 それだというのに、いざ王城へと登城したら、待ち構えていたのはなんと王妃殿下だった。


(『次期王妃の器に相応しいのは貴女しかいないわ』って……)


 確かに、自分で言うのもなんだけど淑女教育は完璧だ。

 それもそのはず、前世は王女だったのだし、今世では家から出ることがない分、全てを足りない勉強に費やしたのだから。


(だけどさすがに、私以外の三人も選ばれただけあってほぼ完璧だったわ)


 試験中に彼女達を見ていたら分かる。

 王妃となるために教育を受けているのだろうということが一目瞭然だった。


(私を見る目も、とっても怖かったしね)


 ギラギラとした瞳には慣れている。

 獲物を狙うような、そんな目。


(私に隙があれば落としてやろうくらいには思っているでしょうね)


 そういう方々は大体、自分の手を汚さず他の人の手を借りる姑息な手段を使ってきたり、あるいは、自ら手を下す者もいたり。


(まあ後者は、完全にお馬鹿さんしかやらないけれど)


 なんて考えながら部屋を移動し、向かいに座った王太子殿下に首を傾げられた。


「それにしても、本当に君はよく頑張るよね。

 聞いたよ? 王妃教育も何も、全て完璧だって」

「確かに淑女教育は完璧にこなしてきましたが、王妃教育としてはまだまだやらなければいけないことは沢山ありますから」

「沢山? え、何を?」

「受け答えのための情報収集です」


 今世は私も、王太子殿下より表舞台に出たことがない。

 デビュタントでさえも国王陛下ご夫妻にご挨拶をしただけで、すぐに家へ帰った。


(あの時確かに彼はいなかったものね……)


「そういえば、王太子殿下はなぜ夜会には参加されないのですか?

 まあ、私が言えたことではないのですが」


 そう尋ねると、彼は自身の腕を抱えこむようにして言った。


「……女性が、怖いからだ」

「……それは、大変ですね」


 やっぱり、という目を向ければ、彼は焦ったように言った。


「だって怖いじゃないか! 彼女達は王太子だと言うだけで僕を見ていない。

 まるで獲物を狙う肉食獣の目だよあれは!」

「まあ、そのたとえは正解ではないでしょうか。現に貴方様は優良物件ですし」

「優良物件……、君に言われると複雑だなあ」

「私は、貴方様が王太子殿下だとか関係ありませんけどね」

「え?」


 顔を上げた彼に構わず、紅茶を一口飲んでから口を開く。


「確かに、王太子妃は勘弁したいものですが。

 でも、王太子という身分抜きにして、貴方には十分魅力があります。

 その魅力を分かって下さる女性こそが、真の王太子妃として相応しいのではないでしょうか」

「……っ、それって」


 彼が口を開く前に、私は言葉を発する。


「だから貴方様の目で見極めてください。

 どなたが王太子であり国王陛下となる貴方様の隣に相応しいかどうか。

 ……王妃という立場は、紛れもなく王族の仲間となる存在であり、国の象徴の一員になられるのですから」

「……君が言うと、とても重く感じるよ」


 彼が神妙に頷いたのを見て、私もゆっくりと頷く。


「当然です。そういうものですから」


(私だって、王女の名に恥じぬよう、血の滲むような努力をした)


 どんなに苦しくても、前だけを向いて、後ろを振り返って悲嘆するようなことはしなかった。


(私が目指していたものは、ただ一国の“王女”でも、“王妃”でもなかったから……)


「……何だか」

「え?」


 顔を上げた私に、彼は寂しそうに笑って言った。


「そう言う顔をしている君が、とても遠くにいる感じがするよ」

「……!」


 思いがけない言葉に息を呑むと、彼は一瞬でまたにっこりと笑顔に戻って言った。


「そういう時こそ甘いものだよ! 食べて食べて!」

「あ、はい……、いただきます」


 彼に差し出され、私は一つクッキーを摘んだのだった。





 休憩が終わったら、今度はダンスの時間となったのだけど……。


「なぜ、まだここにいらっしゃるんですか? 王太子殿下」

「安心して! 今日は僕のスケジュールに君とダンスの練習をするっていう時間が組み込まれているんだ」

「……王妃殿下のお考えですね」

「そうだよ」


 どうやら王妃殿下は、是が非でも私と彼をくっつけたいらしい。


(全く……)


 本当に困った。それに。


(ダンスなんて)


「クレア嬢」

「!」


 彼はにっこりと笑うと、私に向かって手を差し伸べた。


「お手を」


 その言葉に、気が付けば誘われるように自然とその手を取っていて。


「さあ、全力で楽しもう!」

「はい!?」


 そう言うや否や、彼のペースに巻き込まれる。しかも。


(この曲は、貴方と初めて踊ったワルツ……)


「さすが、上手だね!」


 リードをされ、ステップを踏みながら答える。


「お褒めのお言葉、ありがとうございます」

「初めて踊った曲なんでしょう? 君が慣れている曲からと思ったけど、さすがだね。

 全く危なげがない」

「当然です。……と言いたいところですが、私、ダンスは一番苦手だったんです」

「……え?」


 王太子殿下が首を傾げる。

 私は苦笑いをして言った。


「でもある親切な方に教わって。その人の足を何度も踏んでしまったけれど、その人は怒らず、いつも笑って練習に付き合ってくれました」


 当時を思い出して笑みを溢すと、目の前にいる彼が少し不貞腐れたように言う。


「……何だかやけるな」

「え?」

「だって、君と踊るということは男性パート。つまり、教えてくれたのは男でしょう?」

「……えぇ、まあ、そうですね」

「やっぱり!」


 そう言ってむくれる彼を見て、私は思わずクスクスと笑ってしまう。


(そんなに拗ねなくても、教えてくれたのは紛れもない“前世の”貴方よ)


 ハロルド。―――

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