いつだって、貴方だけ
「楽しい時間は、本当にあっという間だね」
そうしみじみと口にした彼は、今度は私に向かって尋ねる。
「君も、今日僕とデートして楽しいと思ってくれた?」
そう恐る恐る尋ねられ、私は素直に頷く。
「はい」
「……良かった〜」
彼はそう安堵したように息を吐いてから続ける。
「僕だけが楽しいと思っても、君に楽しんでもらえなかったら意味がないからね」
「……そんなことはありませんよ?」
「え?」
私はふっと笑って言った。
「王太子殿下が楽しそうなお顔を見ていれば、私も楽しいと思えますから」
「……っ」
彼が顔を赤らめたことに気が付き、そこで初めてハッとする。
(だ、ダメだわ! 勘違いさせるようなことを言ってしまった!)
つい流れで本音を言ってしまった私は、慌てて付け足す。
「だ、誰だってそうではないですか。誰かが幸せそうだとこちらも幸せに思える。
私は、そう思います」
「……そう、だね」
彼は少し考えたように笑って言う。
「確かに、誰かが幸せそうにしているのを見ると、僕も心が暖かくなるよ」
「そうですよね」
「……でも、今日君とデートしてやっぱり君は特別だと思った」
「……はい!?」
急に何を言い出すのかと思えば、彼ははにかみながら言った。
「大人びている君が、笑ったり泣いたり怒ったり喜んだりして。
……喜怒哀楽で表情が変わる君を見て、不謹慎かもしれないけど可愛いなって、そう思った」
「か、かわ……!?」
「ふふっ、そうやって顔を真っ赤にしているのも可愛い」
「〜〜〜っ」
ダメだ、この人といると。
「さ、先程も怒ったかと思いますが!」
私はそういうと、彼に向かって告げた。
「可愛すぎるのが悪いとか、可愛いとか、そういうのをさらっと口にするのはやめてください」
「だって、君が言ったんだよ?」
「!」
そう言うと、彼は顔を覗き込み拗ねたように言った。
「“ありのままの貴方でいて下さい”って。
だから僕は、着飾らずに本心を口にしている。
つまり、“可愛い”って言うのは、僕が本当に思っていることだし、第一君にしか言わないし思わない」
「!?」
本当に、タチが悪い。
(こんなの、困るのに)
「っ、あはは」
そう言って満足そうに笑う貴方を見て、いつか手放さなければならないこの手を、放さないでほしいと思ってしまう私が。
(一番、許せない)
そんなことを思ってしまっていると。
「……何だか、難しい顔をしているね?」
そう尋ねられた私は、顔を上げて答える。
「そうでしょうか」
「うん、何となくだけど。……君は、取り繕うのが上手だし、きっと今考えていることも教えてはくれないんだろうけど……、そうだな、僕としては」
彼はそう言うと、微笑みを浮かべて言った。
「君には笑っていてほしい。どんな表情もとても可愛いけど、君にはやっぱり笑顔が一番似合うよ」
「っ、またすぐそういうことを」
「分かっているよ。けど、一人で抱え込んだり、今日みたいに泣かないでほしい。
……泣くなら、僕がいるときにしてほしいな」
そういうことを、彼は平然と言えてしまう。
そんなところも全く前世から変わっていない。
記憶がなくても変わらない彼に、私はつけ込むような真似をしているのではないか。それに。
(安心して。私の“喜怒哀楽”の表情は、貴方と接することでしか変わらない)
つまり。
私のこの心を動かせるのは、前世を含めても貴方だけなのだから。
そうして馬車が、もうすぐオルコット伯爵邸に辿り着くというところで、彼が慌てたように言った。
「そういえば、君とのデートに浮かれてすっかり伝えるのを忘れていた!」
「浮かれて……、まあ良いです。忘れていた要件とは何でしょう?」
もう突っ込むのはやめだと諦め、尋ねると、彼は言った。
「急ではあるけれど、三週間後に婚約披露パーティーを開くことになったんだ」
「……婚約披露パーティー!?」
「そう、君と僕の」
眩暈がした。そんな私に気付いた彼は、手を合わせて言う。
「本当にごめん! 国王陛下を止めようとしたんだけど、君が婚約者になったからには、お前ももっと表舞台に出ろ、と……」
「……まあ、そうなりますよね」
今までセレモニー以外に参加したことのない殿下だけど、これからはそうはいかない。
将来一国の国王となる彼は、もっと表舞台に立つべきであり、現国王陛下もそうお考えになったのだろう。
「君はまだ仮の婚約者だからと説得しようとしたんだけど、国王陛下も王妃殿下もすっかり君を王太子妃にしようと乗り気で……」
「…………」
頭を抱えたくなるのと同時に、頭痛がしてきた。
(いよいよもって逃げ場が無くなってきているわね)
「だから本当に申し訳ないんだけど、君には明日から婚約者として王城で王太子妃教育を受けてもらわなければいけないんだ」
「……はい!?」
「き、君は試験の時点で既に完璧だと言われているんだけど、王妃殿下が一応君を連れてきなさい、と……、クレア嬢? クレア嬢ー!」
逃げ場どころか、王妃への道に足を踏み入れてしまっている。
そのことに今更気が付き、現実逃避のために遠い目をしたのだった。




