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真実とオルゴール

「それが気に入った?」

「っ!」


 突然声をかけられ我に帰ると、いつの間にか彼が隣にいた。

 前世のことを思い出していたせいで彼の姿が前世と重なり、一瞬狼狽えたものの慌てて視線を落として答えた。


「あ、はい、いえ……」

「どっち?」


 彼から優しく問われ、迷ってしまう。


(本当は欲しい。けれど、これを見るたび前世のことに思いを馳せるなんて……)


 やはり、何も覚えていない彼のように私も前を向くべきだと思い、口を開きかけたその時。


「そのオルゴールがお気に召しましたかな」

「あっ……」


 その言葉に弾かれたように顔を上げれば、彼の後ろにいたのは杖をついたおじ様だった。


「店主だよ」


 彼がそう教えてくれ、その店主に向かって小さく会釈してから答えた。


「お人形ではないのですか?」

「あぁ、その下にゼンマイがあるんじゃ。どれ、貸してみなさい」


 私は頷くと、そっとその人形を持ち上げ、店主に渡すと、その盤の下にあるゼンマイを何度か回した。

 すると、音楽が静かに流れ出す。


「……!」


 その優しく優雅な音色を聴き、私は思わず呟いた。


「……ワルツ」


 私の言葉に、店主は頷く。


「良く知っているね。そう、この曲はワルツで私が作ったオルゴールだよ」


 店主の言葉に、彼が感想を述べる。


「綺麗な音色ですね。さすがです」

「そうだろう? ちなみにこの人形のモチーフは、“亡き王女様と英雄”だ」


 亡き王女様と英雄。

 その言葉に私は反射的に顔を上げた。

 そんな私と彼とを交互に見て、店主は説明する。


「お若い二人はご存知ですかな? 昔、この国がまだ出来ていないほどの遠い昔、ある一人の英雄が立ち上がった。

 “亡き王女のために、私は立ち上がる”と」

「……っ」


 心臓がドクンと高鳴る。

 怖くて、彼の方に目を向けられない。

 店主は言葉を続けた。


「その英雄は、何でも王女様の騎士様でとても勇敢なお方だったらしい。

 そして私のご先祖様は、その騎士様とお知り合いで、騎士様から生前の王女様にお渡しするための陶器を……、踊っている姿を模したものをとの注文を受け、お作りになったのだとか」


 間違いない。


(その話は、私と彼の……)


「ご先祖様は、今の私の代に至るまで、そして後世に伝わるまでこのお話を大切に語り継がれておられた。

 だから私も、いつかそのお二人の姿を模した踊っている姿を作りたいと……、それだけでなく、彼らがどこかでお二人で踊っていることを願い、オルゴールとして作成したのじゃ」


 知らなかった。


(前世で彼は、たまたまという風に言っていた)


 あれはたまたまなどではなく、私のために彼がわざわざ作ってくれた物だったというの……?

 それに、このワルツは……。


「どうかい? お気に召しましたかな?」

「もしよければ僕が……、え?」


 店主と彼がなぜかこちらを見ている。

 何か私の顔についているのだろうか、と手をやれば。


「え……」


 指先が濡れており、そこで初めて私は泣いてしまっていたことに気が付く。

 しかも困ったことに、とめどなく涙が溢れて止まらない。


「あ、あれ、おかしいわ……」


 拭いても拭いても止まらない涙に困っていると。


「泣くほど気に入ってもらえたようで何よりじゃ」


 フォッフォッと笑う店主に、彼は困ったように言う。


「笑い事ではないのですが……、それに、そんな風には見えな」

「ハロルド」


 私は彼を制すると、涙を拭いてにこりと笑って店主に向かって言った。


「はい、とっても気に入りました。お話も、曲も、もちろん人形も。

 ありがとうございます、貴重なお話を聞かせていただいて」


 私の言葉に、店主は再度満足したように笑った。





「本当に良かったの?」


 街中を歩きながら彼に尋ねられ、私は頷く。


「はい。……あんなに素敵な物を、無料で頂くわけにはいきませんし、それに……」


 チラリと見上げれば、彼は首を傾げる。


(あの話を聞いてしまったら、オルゴールを見るたびにきっとまた泣いて前世に思いを馳せてしまうもの)


「素敵なお店だったので、また伺いたいのです」


 そう、店主はそんなに気に入ったのならと、オルゴールを譲ってくださろうとしたのだ。

 本当に嬉しくありがたいことだけれど、そんな貴重な物を頂くことは出来ないし、そもそも手元にあったらまた前世を思い出してしまう……ということもあり、買うこともせず、いつでも聴きに来て良いというお言葉をもらってお店を後にした。


「それで?」


 彼はそう言うと、私に向かって尋ねた。


「泣いていた、本当の理由は?」

「え……」

「僕には君が、感動して泣いているようには見えなかったから気になって」

「……」


 思いがけない質問に黙り込んでしまう私を見て、彼は慌てたように言う。


「いや! 言いたくなかったら良いんだ!

 ただ少し気になっただけで……、何だかその表情が、上手く言えないけど悲しげにも寂しげにも、見えた気がして……」


(……やはり、彼にはバレてしまうのね)


 全然仮面の下に取り繕えていないなんて元王女失格ね、と心の中で呟きながら口を開く。


「……曲が」

「曲?」

「あの曲は、私が初めて……、踊った曲なんです」

「あぁ、なるほど。あの曲を聴いて懐かしくなったんだね?」


 その言葉に頷くと、彼は笑って言った。


「分かる気がするな。音とかにおいとか、そういうものって昔を思い出すことがあるよね。分かるかもしれない」


 そう言って一人頷いている彼を見て、私は心の中で呟く。


(違うの。初めて踊ったというのは……)


 ―――貴方と初めて踊った曲なのよ。ハロルド。

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