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懐かしい気持ち

 彼は前世、“一度行った場所は必ず覚えられる”と言っていたけれど、それ以上に街のことをよく知っていた。


「あのお店、人集りが出来ていますね」

「あぁ、あそこは先週開店したパティシエールだね。元は修道院で提供されていたお菓子作りを学んだ職人が作って売っている」

「よくご存知ですね」

「街の内情は常に把握するようにしているんだ。

 僕はいずれ、この国を治める国王となるから」


 そう言って周りを見回した彼の目は、確かに国王に相応しい眼差しをしていた。それに。


「……この国が、本当にお好きなんですね」

「え?」


 思わず口にすると、彼は驚いたように目を見開く。

 私は言葉を続けた。


「そうでなければ、いくら王族であるといえど、ここまで街のことに熱心になれないと思います」


 出来れば私も、常に自国のことは把握出来るようになりたかった。

 王族とは、常に民に目を向け声を聞くべきだと思っていたから。


(なんて、全く叶うどころか死んでしまったけれど)


 でも。


「私は、そんな貴方を尊敬します」

「……!」


 これは本心だった。


(彼は王太子……、いずれ一国の王となる第二の人生を、前を向いて歩いている)


 まだ迷いがある私とは大違いだ。


「……」


 それに対して彼は何も言わず、私を見つめた。

 その視線に居た堪れなくなって声をかける。


「……な、何ですか」

「あ、いや……、何でもない」


 そう言って目を逸らされて思う。


(……変なの)


 今日の彼は何か変だ。

 そう疑問に思いながらも、彼に手を引かれ連れてきてもらった場所は、女性が好みそうな骨董品を売っているお店だった。


「隠れ家的なお店ですね」

「知る人ぞ知る、って感じかな。君が好みそうな物があるかどうか分からないけれど……」

「まだ分かりませんが、こういう雰囲気は好きです」

「そっか。それは良かった」


 彼に「どうぞ」と扉を開けてもらい、中へ入ると少し薄暗い店内には、写真立てや燭台、ソーサーセットやポットといった陶器まで、幅広く置いてある。


「こんな風に売られているんですね」

「そうだね。確かに、目当てのものを買いに、こうして自分で足を運んで選ぶという機会はなかなかないよね」


(なかなかどころか、許されたことなどないわ)


 今世では出来る限り質素な生活をと思っているから外に出ようとは思わないけれど、前世では城から街を眺めて終わりだったから。


(物であれば、欲しいものは大体何でも手に入る。だけど)


 自由だけは、手に入らなかった。


(それは王女であったから、当然だと思って諦めていたけれど)


 でもこうして今、彼に連れ出してもらったおかげで、今世でも見ることはないと思っていた外の世界を知ることが出来ていて、ワクワクしている面はある。

 その場でキョロキョロと辺りを見回していると、隣にいた彼がクスッと笑って言った。


「無事にお気に召していただけたようで何より」


 その言葉に頷くと、彼は笑って言った。


「ちなみに、何か欲しい物や目当ての物はあるの?」

「いえ、特にないのですが、もし気に入った物があればお土産に買って帰れたらと思いまして」

「なるほど。そういうことだったらゆっくり見ていて。僕は店主に挨拶してくるよ」

「そういえば、このお店の方はどちらに?」

「多分奥で寝てるんじゃないかな。あまり客が来ないと言っていたけれど、客が来ても出て来なかったら不用心だよね」

「そうですね」


 このお店の方とよほど知り合いらしく、彼はそういうと、慣れた足取りでカーテンが仕切られている店の奥へと消えていった。

 一人残された私は、彼の言う通りこんな機会は滅多にないと、ゆっくりとお店の中の商品を見てまわる。


(本当に、どれも素敵だわ……)


 手に取ってみたいけれど、壊してしまったらと思うと気が引けて手が出ない。


(しかも、お値段が書かれていないなんて)


 もしかしてこのお店にあるものは、全てお高めなのではと思っていると。


「……あっ」


 ある一つのものに目が留まり、私はじっとそれを見つめた。


(……これ)


「懐かしい」


 思わず溢れ出た言葉をそのままに、食い入るようにそれを見つめる。

 それは陶器で作られた、女性と男性が手を取り合い、踊っている姿を模した人形だった。

 そして、それは前世、ハロルドが両想いとなってから私にくれたものにそっくりだったのだ。


(前世からもう何百年も経っているし、さすがに全く同じということはないけれど……)


 でも、あまりにも似ているために当時の記憶が鮮明に思い出された……―――





「あ! ハロルドお帰りなさい!」


 護衛騎士であるハロルドは、年に一度、五日ほどの休暇を取り実家へと戻る。

 ハロルドは毎年それを断ろうとするけれど、私が毎年無理矢理送り出していたのだ。


(ハロルドだって実家に帰りたいはず)


 家族思いの彼だから、その気持ちを大事にして欲しいと、渋る彼を説得して今年もようやく送り出したのだけど。


「あれ、貴方帰りが一日早いのではない? 駄目じゃない、折角の休暇なのだしゆっくり休まないと」

「十分休んできました。……それに」

「!」


 彼は椅子に座っていた私の目の前まで来ると、揶揄うように笑って言った。


「私がいなくて寂しいのではないかと思って」

「〜〜〜!」


 驚きと図星とで恥ずかしくなり、咄嗟に隣にあったクッションを彼目掛けて投げつける。

 それを軽々と彼に受け止められたのがまた悔しい。


「人の気持ちを笑って何なの、もう!」


 寂しくないわけがないではないか。

 ほぼ四六時中一緒にいるのが当たり前で、つい先日ようやく両想いになったのだから。

 そんな私に、彼はクスクスと笑って言う。


「ご気分を害してしまい申し訳ございません。

 そのお詫びと言ってはなんですが、こちら王女殿下にお土産です」

「私に?」


 まさかお土産をくれるとは思わず目を瞬かせれば、彼は私に包み紙で包まれたものを手渡しながら言った。


「お気に召していただけるかどうかは分かりませんが、それを見て王女殿下に差し上げたいと思いまして」

「っ、開けてみても良い?」

「はい、もちろん」


 逸る気持ちを押さえながら、丁寧に包み紙を取り、そして。


「わっ……」


 思わず感嘆の声を漏らす。

 それは、お姫様と王子様がダンスをしているシーンを再現したような陶器の人形だった。

 驚いて言葉が出ない私に、彼は言った。


「以前、王女殿下がその、公の場で私と踊れないことを悲しいと仰っていたのを思い出して。

 いつか……、そんな風に踊れる日が来たら良いなと思ったら、それを手に取っていて。

 一度手に取ったら買わなければならず、それで」

「素敵」

「え?」


 私は手を叩くと笑みを浮かべて言った。


「とっても素敵! ハロルド、ありがとう!」

「! ……良かったです」


 そう呟いた彼の顔は、心底ホッとしたような顔をしていて。

 私はそんな彼を見て思わず立ち上がったのだけど……。


「……どうされましたか?」

「い、いえ、何でもないわ」

「そのようなお顔をして何でもないと言われましても」

「っ!」


 私は恥ずかしくなり、俯きがちに言った。


「……抱きしめて、欲しいなと思って」

「……はい!?」

「分かっているわ! それはダメよね、さすがに。

 何より貴方が困ってしまうもの」


 そう口にしてから恐る恐る彼を見上げれば、ポカンと口を開けて固まる彼と目が合う。


(っ、もう本当に穴があったら入りたい……!)


「大丈夫! 言ってみただけ! というか冗談で……、わっ!?」


 それは、ほんの一瞬の出来事。

 彼は私の腕を引いたことでバランスを崩し、彼の胸に飛び込む形で抱きしめられたのだ。


「ハ、ハロルド!?」


 焦る私をよそに、彼は小さく呟くように言った。


「……嘘です。一日でも貴女のもとに早く帰りたかったのは私の方です。

 寂しかったのは、私も一緒です」

「〜〜〜!?」


 そう言うと、彼は私を腕の中から解放し、一歩後ろに下がった。

 いつも通りのその距離は、王女と騎士の立場に適切な距離。

 ほんの一瞬の出来事に、まるで夢のようでクラクラしてしまうけれど、それでも現実だと思えるのは、先程腕の中にいた際に彼の早鐘を打つ鼓動が聞こえていたからだ。

 嬉しさに思わず口元を押さえる私に、彼は微笑んでから言った。


「ただいま戻りました」


 その言葉に、私は満面の笑みで返した。


「お帰りなさい!」

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