一ニャン してやられた
彼がいつ生まれたのか、何処で生まれたのか、それは彼自身にも分からない。気がつけば彼の側には、自分とそっくりな『母猫』がいた。
そして、その母猫から、野生で生きる為の術を学び続けた。
外にある様々な物が一体どうゆう物なのか、どうゆう使い方をされるのか、食べられる物なのか・・・等。
そんな母猫から、毎日のように言われていたのは
「沢山の動物が、私達をいじめようと狙ってくる。その中で特に厄介なのが
『人間』なのさ
人間は他の動物よりもはるかに賢い、だから余計に目をつけられると面倒なんだ。だから、私
達にできる、一番手っ取り早い身の守り方、それは『逃げる』事
いいかい、『人間』には絶対近づくもんじゃない、痛い目に遭わされるから。
母さんも・・・・・」
その言葉の先は、彼も覚えていない。その言葉を聞いた後すぐ、母猫は彼の前から姿を消してしまったのだから。
もちろん、息子である彼は悲しかった。でも、悲しくても空腹には抗えない。
彼は、教えられた全ての知識を糧にしながら、今まで人間に見られないように、ひっそりひっそり生きていた。
そんな日が積み重なり、彼がこの世に生まれてから、もうすぐ『一年』が経とうとしている。しかし、彼にはそんな自覚はなかった。
過ぎていく日々が、ただ静かに、平穏に暮らせているだけで、彼は幸せだったから。
ゴミを漁りながら、汚い体を舐めている生活だとしても、彼にとってはそれが普通だから。
危険だと思っていたカラスと知り合ったり、時折夜中の公園に行っては、自分の影と戯れたり、小さな路地から見える景色を、ひたすらずーっと眺めていたり。
そう、このイートロードさえあれば、彼は生きながらえる。実質人間が、彼に食糧を分けてあげているようなものなのだ。
そして今日も、『夕ご飯』を食べに路地へ来た彼は、周囲に目を向けながら、邪魔する存在がいないのかを確認する。
道の奥からは、人間達の話し声や叫び声が聞こえる。丁度この時間になると、家族や社員達が各々の店で料理を嗜んでいるのだ。
彼にとっては耳障りな大声ではあるものの、食料にありつける為には、そこだけ我慢するしかない。
夜になり、お店が賑わう時間帯になると、路地に人は誰も来なくなる。押し寄せる客の相手で、店員達は必死なのだ。
だから、夜は比較的安全に食事ができる為、彼は周囲に邪魔者がいないのを確認すると、早速ポリバケツの中を漁る。
日頃から鍛えている足腰のおかげで、壊れた電子レンジや山積みにされた食器を伝って蓋の上に登り、前脚を使って開けてしまう事も簡単。
そして、かつて母猫に教わった通り、食べ終えたら蓋はきちんと戻す為、あえて中途半端にあけて頭だけを入れる。
その理由としては、あまりにも派手にいじりすぎると、店側がゴミ箱に『鍵』をかけてしまうから。
毎日の食糧を得る為には、とにかく人間に気づかれないようにする、それが母猫の教えであった。その教えのおかげで、彼は今まで生きてこられたのだ。
だが、その日はいつもと違った。
そのバケツの中には、夜になると決まって食べ物が入っている事を知っていた。バケツの中にあるのは、賞味期限切れの食材やら、焦げた料理やら・・・
それは、店が仕込みをしている最中に出てしまった物、もしくは作るのに失敗してしまった物。その中身は、朝になると回収される事を、彼は知っていた。
だが、その日は何故か、食べ物どころか、野菜のクズすら入っていない。
彼は首を傾げたが、食糧にありつけない不安の方が勝り、蓋も閉めず、そのまま飛び降りる。そして、周囲を見渡しながら、食べられるものを探す。
路地には街灯が一本もなく、灯りは店々から漏れる照明の灯りのみ。彼はそんな、僅かな光を頼りにしながら、匂いを嗅ぎ続ける。
「・・・・・? あれは・・・・・??」
彼が食料を探している最中、一際強い光が灯されている場所を見つけ、そこにあったのは、お皿に盛られている『茶色い何か』
何の食べ物なのか、最初は分からなくて混乱する彼ではあったが、そのお皿からは、明らかに良い匂いがした。
その匂いから、彼はその皿に盛られている物が『魚系の何か』である事を理解する。
見知らぬ食材を目にして、戸惑う彼ではあったものの、容赦なく体を締め付ける空腹に、我慢ができなかった。
彼は恐る恐る、そのお皿に近づき、お皿を片足でツンツンと突いてみるが、何の反応もない。
試しに皿の中を一口舐めてみると、今までに感じた事のない旨味で、口の中が満たされ、一瞬にしてお皿にかじりついた。
その直後であった。
お皿の中に夢中だった彼は気づかなかったが、後ろから迫る人間が『2人』
そして、『1人の男性』が、『大きな白い両手』を彼に伸ばし、彼が食べ物(子猫用ウェットフード)に集中している瞬間を見計らい、両手でガシッと彼の小さな体を鷲掴みにする。
それに彼が気づいた時には、もう既に遅かった。彼はバタバタと両足を振りながら抵抗するものの、全然抜け出せない。
彼の口はもう、ウェットフードでベチョベチョになっていた為、『もう1人の女性』が暖かいタオルで拭いてあげる。
その間女性と男性は、ずっと「ごめんね」と言い続けていた。