とある寒い日の路地裏にて
その狭い路地を知っている人は少ない、人が行き来するような場所でもなければ、信号があるわけでもない。
路地の端々にある、小汚い灰色の電柱には、あちこちに『白い液体(カラスの糞)』が付着している。風の音がうるさいくらい響く路地からは、胃液の逆流を促すような異臭が染み付いている。そんな場所、好んで通るような人はいない。
その路地があるのは、街中にある『イートロード』の裏手。つまり、レストランや居酒屋が並ぶ通りの裏手にある路地なのだ。
飲食店の裏手にあるのは、エアコンの室外機や壊れた食器が押し込められた袋。そして、もう意味を成さない金網状のゴミ籠。
金網のあちこちには大きな穴が開き、一年に何度も何度も直してはいるものの、数日後にはもうボロボロになってしまう。
だからもう、飲食店の店員達も諦めてしまい、穴が空いたまま使っている。何度も何度も、市へ連絡するのも疲れてしまったのだ。
その日は、気怠い様子の男性がゴミ籠の蓋を開け、中にゴミを入れると、逃げる様に店内へ戻った。
何故男性が駆け込んだのか、それはゴミ籠を遠くから見ているカラスにある。
そう、今まで散々ゴミ籠を壊し続けてきた元凶こそ、それぞれのお店の仕込み時間を完璧に把握しているカラスであった。
このイートロードの歴史は長い、この近所に生息しているカラス達も、この路地の『常連』なのだ。
ゴミを捨てた店員が店に戻った事をいち早く認識したカラスは、廃墟となったマンションの一室を寝床としているカラス。
周囲を飲食店が連ねている為、廃墟となっても解体できず、数年前までは心霊スポットとして有名だったそのマンション。
しかし、今では有刺鉄線や防犯カメラ等が配置された事により、肝試しにおどずれる迷惑な人間はめっきり減り、以前にも増して不気味な外見となってしまった。
カラスは割れた窓ガラスの隙間から飛び立ち、早速ゴミ籠の中を漁る準備をする。
準備はとても簡単、穴だらけになったゴミ籠にクチバシを突っ込み、そのまま頭を振り回せば、ゴミでパンパンになっている袋なんて、簡単にビリッと破れてしまう。
カラスは咥えている袋の切り端を投げ捨て、中身を引っ張り出す。その音と臭いにつられ、他のカラスも一斉に集結する。
「よぉ、チビ。今朝もご苦労さんっ。」
「ふわぁー・・・
おはよー」
マンションとマンションの隙間から、ヌルッと姿を現した『小さな毛玉』
彼は、カラスが漁ったゴミの残飯をチビチビと頂戴しながら、路地の頭上に見える青い空を見上げる、天気を確認しているのだ。
屋根が辛うじてある路地暮らしとはいえ、『雪』や『北風』はやはり冷たい。
だから彼は、ちょくちょく空の様子を窺っては、雪や雨が降りそうになると、人気の少ない場所にある室外機へ向かう。
今はちょうど、雪が降る時期である1月。しかし、あちこちにある室外機のおかげで、この路地はあまり寒くない。
屋根の上や電柱には、まだ雪がほんの少し積もっている。少し風が吹くだけで、サラサラとした白銀の風になる。
雪が降ったのは、4日前程の事。彼はその寒い期間を、室外機の近くで過ごす事で、寒さを凌いでいた。
多くの飲食店が立ち並んでいる・・・という事は、使われているエアコンの数も当然多くなる。だからこの路地は、彼にとってこの上なく過ごしやすい場所なのだ。
屋根がある場所も多い為、彼は雪に晒される事なく、今年の冬を快適に過ごしている。
もうすぐ一歳になる彼だが、野良で生きる為の知識をしっかり身につけ、なるべく人目につかないように、ひっそりと生活していた。
「ねぇ、カラスさん。」
「何だ?」
「人間って、どうして食べ物を道に捨てたりするんだろう・・・?
まだこの果物の皮なんて、全然食べられるのに・・・」
「どうやら人間は、果物の皮は食べないみたいだぞ。食べるのは実だけらしい。」
今日も大収穫であった、彼はリンゴの皮をムシャムシャと食べながらも、周囲の状況を『耳』と『目』で確認する。
このカラスと彼が知り合ったのは、つい最近の事。
自分より一回りも二回りも小さい彼に、野良育ちのベテランであるカラスが何故懐いているのかというと・・・
「・・・あっ、この『白い箱(牛乳パック)』の中にもまだ・・・・・
・・・っ?!
カラスさん!!! 人だぁ!!!」
彼がそう叫ぶと、カラスは素早く飛び立ち、近くの屋根に隠れる。彼は、人間の手がギリギリ入らないような細い隙間に忍び込み、外の様子を伺う。
歩く度にサンダルのピタピタという音が路地に響き、大きなお腹を携えたおじさんが、荒らされている籠の前まで来ると、大きなため息をつく。
そして、ズボンのポケットに入っているスマホを取り出し、何処かへと歩いて行ってしまった。
おじさんがもう来ない事を確信した『一匹』と『一羽』は、またすぐにゴミ漁りに勤しむ。
「いやぁー、相変わらず君の耳は凄いねぇ。俺でも全然気づかなかったよぉ。」
「えへへっ、もう慣れちゃったよ。」
彼はゴミの塊の中から、さっき見つけた白い箱を引っ張り出し、まだ少し残っている牛乳を舐める。
賞味期限が昨日までだが、そんなの彼は気にしない。此処にいれば、ご飯は安全に確保できるのだから。
「・・・・・はい・・・えぇ、そうです。また来たんです。
・・・えぇ、私達の方でも、『余った残飯』を時折与えていたんですけど・・・
・・・はい、お願いします。このままでは、私共も心配で・・・」
おじさんの話し声も、彼には全く興味のない事であった。




