売られた僕が婚約破棄、そこから始まる恋の物語
「マーサ、君何をテディーとしているのだ」婚約者の伯爵令嬢マーサが男爵家の三男坊のテディーと僕の部屋のベッドで寝ていた。
「おはよう、アーサー。私、あなたでは物足りなくて、お部屋借りたわ。ありがとう」
テディーは大慌てで服を着て「アーサー様、父にはこのことは内密でお願いします。アーサー様の婚約者があれだと、その名誉に傷がつきますよね」
下卑た笑顔で私に釘を刺すテディーだった。
「マーサ、来週の結婚式は中止だ。お互い結婚早々バツイチはごめんだから」
「あら、あなた、ウチから借りているお金を即金で返せるのかしら? あなた、売られたのよ」
「大丈夫だ。第二王子のジョージ殿下もご一緒だから」
マーサが初めて狼狽した。テディーも私の後ろにいらしゃった小柄な王子が見えなかったようだ。
二人して脱兎のごとく、僕の部屋を飛び出して行った。
◇
「アーサー、何と言って良いかだ……」
「ジョージ王子、すみません。せっかく新居を見て頂こうと思ったのですが……」
「伯爵には私が一言言っておく。娘から目を離すなとね」
マーサと僕の結婚式は、王室占い師が凶運だと発表して中止になった。
テディーは男爵家を追い出されて無頼の徒になったらしい。マーサは孤児院の院長になってしばらく修道女をするらしい。孤児院と修道院にご迷惑を掛けるのではと思ったがマーサの叔母上が修道院長とのことで自由には振る舞えないようだ。
◇
しばらくしてマーサから手紙がきていた。「テディーとは一回だけで、パーティで口説かれて、おそらく媚薬を使われた」と書かれていた。手紙はすぐに燃やした。
このことは内密にしていたが、伯爵家から情報がどうも漏れたようで、僕は社交界でとっても気の毒な人扱いになっている。今日も壁の花をしていたら、侯爵令嬢のエメラルダがぼくをからかいにきた。
「アーサー様、いつまで壁の花になって、僕は可哀想な男ですアピールをされているのかしら」
「エメラルダ様、僕はそんなつもりはありません。婚約する前からいつもこうでした」
「そうでしたの? 影が薄くて気づきませんでした。失礼しました」
広間で演奏される曲がワルツの曲に変わった。
「お詫びに一曲踊りましょう」
「エメラルダ様、僕と踊るのは目立ちます。僕は平気ですから」
「エメラルダ様、と呼ぶのは嫌ですわ。以前と同じようにエメラルダとお呼びくださいませ」
「エメラルダ、噂になりますよ!」
「どんな噂かしら楽しみですわね」
◇
僕は約束通り一曲踊ったが、エメラルダが手を放してくれないのでもう一曲踊る羽目になった。しかも広間のセンターでだ。死ぬかと思った。エメラルダのおふざけは今に始まったわけではないけれど、これはキツかった。
僕も侯爵家の一員らしい。僕の母親の身分は低い。母親は騎士階級だ。父上に見染められての恋愛結婚だった。結婚式もウチウチに質素にしたらしい。父上と母上の結婚について、周囲は大反対。父上はその反対をことごとく潰してはこう言った「恋の成就に手段は選ばない」と母上がいつもそう言っては笑っていた。
エメラルダと僕は幼馴染で、良い思い出は皆無だ。池に落とされる。起きたら首にヘビが巻き付いていたり、あの時のエメラルダの満面の笑顔は忘れられない。
僕はエメラルダに「僕で遊ぶのはやめてください。エメラルダのおふざけは度が過ぎてます」
エメラルダの答えは「アーサーの反応が一番素直で面白い。それと、アーサーは戦士なのでしょう? あの程度の悪戯で度が過ぎるってあり得ません」
言い負かされた。
◇
「アーサー、お前の婚約が決まったぞ。ジョージ王子にお礼を言っておくように」
さて、僕はどこに売られるたのだろうか?
「婚約者はエメラルダだ。あちらからの申し出なので断れない」
「エメラルダ様ですか?」
「あちらには数多くの結婚の申込みが殺到している。が、お前との婚約が整ったという理由で断っているそうだ。なので、絶対に断れない。前回のようなことがあってもだ。ちなみに、お前は入婿になる」
◇
僕はジョージ王子のところに行き、婚約の件について父上が書いた原稿通り読んだ。
「どういうことですか? ジョージ殿下」
「良い話だと思って進めた。養子に行くのは嫌だったか? それはすまなかった」
「エメラルダは家付きゆえ、許せ」
「僕はこういう境遇ですから、どこにでも行きますけど、良いのですか? 僕で」
「同じ侯爵家だし、問題ないと思うが……」
「エメラルダ様なら、もっと良いお話があったはず」
「エメラルダは、お前の母親と父親の恋愛話が大好きだったのは知っているか?」
「ええ、会うたび情熱的に語ってくれましたから。僕は赤面して顔が上げられなかった」
「エメラルダもそういう恋愛をしたいそうだ。相手はアーサーお前だ」
「殿下、なぜ私何ですか?」
「はて、エメラルダはお前がいつも素直に反応をしてくれるのが嬉しかったと言っておった。お前、毎回告白されていたらしいな。それに気づかぬとは。アーサーお前は、鈍感系だったのか」
◇
結婚式当日。
「エメラルダ、本当に僕で良いのか?」
「アーサー様が良いのです。アーサー様とマーサ様の婚約が発表された時、私は絶望して修道院に入ろうと思いました」
「そんなに思い詰めていたのか。知らなかった」
「ええ、でもまだ婚約ですから。破断になれば良い。そういうことで男爵家の三男坊のテディーを唆しました」
「君が黒幕か!」
「恋の成就に手段は選ばない。アーサーのお父様のセリフに私は従っただけでございます」
やはり、エメラルダには口では勝てない。