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俺が新撰組だ! 〜土方歳三は最後まで武士です〜  作者: 足軽三郎
第一章 京都にて 〜新撰組、活躍の時〜
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第九話 梅が咲くまで

 丸太町通を東にまっすぐ歩き、鴨川を渡る。

 そこから平安神宮までは遠くない。

 敷地に辿り着くまでは、幅の広い通りになっている。

 土産物屋や茶屋が並んでいた。

 通りは掃き清められ、気持ちがいい。

 おつうが「もうすぐですから」と歳三に告げた。


「この辺りは気持ちがいいですね」


「神様に続く道ですからね。鴨川のこっち側とあっち側では雰囲気が異なります」


 歳三は頷いた。

 分かる気がする。

 はっきりとは言えないが、どことなく空気が違う。


「こちらにも一、二度は足を運んでいるのだがね。その時は雰囲気を味わう余裕が無かった」


「えっ、では神宮にも既に訪れていらっしゃるんですか?」


「いや。会津藩屯所に用があった」


 金戒光明寺である。

 平安神宮とは丸太町通を挟む形だ。

 新撰組は会津藩預りの組織であるため、会津藩に足を運ぶことがある。

 通常は会津藩の京都守護職屋敷−−京都御所の目と鼻の先だ−−に行く。

 会津藩屯所に行ったのは修練の実地見学のためだ。


「はあ。やっぱりお忙しいのですね、土方様は」


「暇ではないね」


 こんなことを話している内に、平安神宮に着いた。

 敷き詰められた玉砂利は白く、清潔感がある。

「梅はこちらですね」とおつうが右手を指す。

 なるほど、庭園になっている。

 かなりの数の梅の木が並んでいた。

 今は寒々しいが、満開になれば相当だろう。


「満開になればさぞ見応えがありそうだ」


「梅見ですね。ええ、たくさんの人が見に来ますよ」


「その頃また来るか。来ることが出来ればだが」


「えっ、土方様、いなくなってしまわれるのですか!?」


 歳三は目を見張った。

 何故そのように思うのだろう。


「いや、当分そのつもりはない。来ることが出来ればと言ったのは、ほら、あれだ」


「ええと、言いたくなければ構いませんけれども」


 おつうは一応遠慮してはいる。

 だが、歳三としてはこのままではきまりが悪い。

 弁解するように「命を落とさなければ、ということです。仕事が仕事なのでね」と言った。

 苦笑が滲み出る。


「あ……すいません」


「別にいい。新撰組とはそういう集団ですから」


 歳三の口調には微かに苦味があった。

 のみならず、熱意らしきものもある。

 危険を承知で幕府に忠誠を誓った剣客。

 その自負が無ければ、新撰組など出来ない。

 自分も副長という地位には就けない。

 こうした禁欲的(ストイック)な覚悟が歳三の背骨を貫いている。


 "今は任務中ではない"


 視線を眼前の梅の木へとやった。

 何十何百という梅の木は今は蕾すら無い。

 だが、いざ満開となればどれほど華やかだろう。

 思わず呟いていた。


「梅の花 一輪咲いても 梅は梅」


「俳句ですか?」


「下手の横好きですがね。昔から梅は好きな花で」


 おつうに話しつつ、故郷の多摩を想った。

 数年前、早春に詠んだ一句である。

 歳三の俳句は多分上手ではない。

 近藤や沖田からは「下手の横好き」とからかわれる程だ。

 それでも今もたまに句を詠んでいる。

 任務の息抜きには丁度よい趣味だった。


「……何だか意外です。もっと怖い方かと思っていました」


「私がですか」


「はい。そのぅ、新撰組の方ってほら、壬生狼って呼ばれてるくらいですから」


「はは」


 おつうが遠慮がちに指摘する。

 歳三は笑った。

 なるほど、これが一般的な印象なのだろう。


「俳句など理解せず、ただ剣を振るう。そう思われても仕方ないかもしれませんね」


「すみません。無遠慮なこと言ってしまって」


「いや、いいさ。最近は粗暴を控えたとはいえ、我々もけして品行方正では無かったからね。ただね、おつうさん」


 歳三は声を潜めた。

 ひゅう、と寒風が吹いた。


「私も無関係の一般人に鬼の顔を見せるわけではない。言うなれば使い分けさ」


「では、土方様も怖い面が?」


「ある。そうでなければ隊の規律は保てない。誰かが鬼の顔をしなくては、たがが外れる」


 言い切った。

 格好つけたわけではない。

 大げさに言ったわけでもない。

 本心からの言葉だった。

 気圧されたのか、おつうは何も言わない。

 歳三は更に言った。


「隊士の誰もが鬼の顔を持っている。ただ、普通の人の顔もある。刀を抜かぬ時は、人より優しい奴もいる。そういうことだよ」


「んん、そういうものなのですか」


 おつうが小首を傾げた。

 その仕草が歳三の記憶を刺激した。

 あの子も−−故郷にまだいるであろうあの子も、このように小首を傾げたことがあった。

 チクリと胸が痛む。

 その痛みを打ち消したかった。


「さて、そろそろ戻ろう。帰りに甘いものでも食べていきましょう。案内のお礼です」


「い、いいんですか! う、うーん、でもお言葉に甘えるわけには〜」


 とは言いつつ、おつうの顔は緩んでいる。

 普段の生活では、中々甘いものなど食べられない。

 年頃の女子としては無理もなかった。


「武士の礼節です。婦女子に親切にせよとね」


「ではせっかくの機会なので、お言葉に甘えてっ。ああ〜、幸せです〜。土方様についてきて良かったあ〜」


「大袈裟な……」


 歳三は小さく笑った。

 大した礼では無い。

 だがこれだけ喜んでくれると、やはり嬉しい。  

 下働きはどこでも辛いのだろう。


 "ま、たまにはいいだろうさ"


 柄にもない行動と言われても構わない。

 おつうの顔に誰かを重ね、歳三は微笑した。

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[良い点] >「梅の花 一輪咲いても 梅は梅」 おもいっきり下手なところがかわいい
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