第七話 冬、副長は相談する
「ああ、あの子ですか。おつうと申します」
遊女屋の手代の男はあっさりと教えてくれた。
歳三は「どんな子かね」と重ねて聞く。
「見習いですよ。確か生まれは摂津でしたかね。親が借金をこさえてしまい、そのかたにって。よくある話です」
「ふむ」
確かに目新しい話ではない。
典型的とさえ言える。
手代は探るような目をしてきた。
「土方様、おつうの水揚げをご希望でしょうか? もしそうであるなら、こちらも出来る限りご希望に添えるように」
「いや、違う。そのような意味ではない」
「はあ、それでは何故」
「聡い子に思えたので、少し気になった次第だ。だから座敷に呼びたいとか、そういった意向は無い」
これは本心である。
おつうはまだ女とも呼べない年齢だ。
歳三の趣味では無い。
彼がおつうに興味を抱いたのは他に理由がある。
とはいえ、説明するのも面倒だ。
その気持ち故、口調は自然と無愛想になった。
「あの子を日中借りることは出来るか」
「はい。日中は店の手伝いをしてもらっているので、その労働分を用立てていただければ」
そう答えて金額を口にする。
さほどの額では無かった。
歳三は「分かった。必要な時は言う」とだけ答えた。
今はこれ以上話すことはない。
背を向け、遊女屋を後にした。
朝の風景の中を歩く。
シィン、と冬の空気は透き通っている。
通りの横に並ぶ遊郭や茶屋もただの大きな家屋にしか見えない。
ただの京都の町並みがそこにあった。
白い息を吐きながら、歳三はその町並みを歩いていく。
"あのおつうという少女……似ているな"
無言のまま、ポツリと思った。
屯所に戻った。
いつもの任務に就く。
近藤や山南はまだのようだ。
二人には馴染みの遊女がいる。
朝もゆっくりなのだろう。
二人が不在の時は、歳三が新撰組を切り回す。
幸い外部からの来客は無かった。
過去の事件の報告などに目を通す内に、午前中は終わった。
腰を上げ、沖田を探す。
屯所の庭の片隅で見つけた。
声をかけようとして思いとどまる。
「よーし、じゃあ次は石蹴りをしようか。石を蹴って、その円の中に入れるんだよ」
沖田が話しかけているのは子供達だ。
近所に住んでおり、よく遊びにくる。
沖田には子供っぽいところがあるせいか、子供達も怖がらない。
むしろ懐いている。
「はーい」と子供達の可愛らしい声が聞こえた。
邪魔にならぬよう、歳三は物陰に隠れる。
「うん、じゃあ順番はあみだくじで決めようか。恨みっこなしでね」
そう言うと、沖田は子供達と輪になった。
元気な声が屯所の庭に響く。
明るく朗らかな雰囲気に満たされた。
とても壬生狼と畏怖される新撰組の屯所には思えない。
"後にするか"
歳三はその場を離れた。
結局沖田と話せたのは午後遅くのことだった。
「おい、総司」
「はい、何でしょう、土方さん」
修練が終わった後、沖田に声をかけた。
沖田は汗を手ぬぐいで拭いている。
一番隊組長として隊士に稽古をつけていたらしい。
「お前、子供の扱いが上手いな。何かこつがあるのか?」
「こつ? いえ、特に意識していませんよ」
きょとんとした顔をされる。
こうも無邪気だとこちらの気が削がれる。
「うむ。だが意識はしなくても、気をつけていることなどはあるだろう。でなければああは懐くことはあるまい」
「気をつけていることかあ。うーん、そうだなあ。強いて言えば、目線を合わせることですかね」
「目線?」
「ええ」
沖田は表情を和ませた。
「寒いですねえ」と言ってから火鉢に手を近づけた。
土方も調子を合わせた。
どっかと胡座をかく。
「ええと、どこまで話したっけな。そうそう、目線を合わせるって話だ。上から見下ろすと、何だか偉そうじゃないですか。だから私は身をかがめて話をしていますね」
「ほう」
歳三は感心した。
なるほど、言われてみれば納得がいく。
そんな歳三の様子に、沖田は「子供と話すことなんかあるんですか、鬼の副長が」と面白そうに問う。
「さあな。万が一あったらって話だ」
「含みのある言い方ですね。事情を話してくれてもいいんですよ?」
「む」
歳三は唸った。
話すかどうか迷う。
だが結局は正直になった。
天然理心流の同門であるため、歳三は沖田には割と本音を吐く。
「例えばの話と思って聞いてくれ、総司。例えばだぞ」
「はい」
「年若いおなごがいたとする。自分よりかなり年下だ」
「土方さん、二十九歳でしたよね。年下ってことは二十歳頃ですか」
「いや、せいぜい十三、四歳か。いいか、これは例え話だぞ」
歳三は大真面目である。
沖田は笑いを堪えた。
「ええ、そうですね」と真面目ぶった。
知らぬふりをして歳三は話し続けた。
「そのおなごが自分の知人に似ていたとする。この場合、その年若いおなごに親切にするのはおかしいか? 自分の半分の年齢しかなく、まだ子供みたいなおなごだ」
「ううん、どうかな。別にいいんじゃないですかね。土方さんにとって、その知人がどういう人か分かりませんけど。良い人ですか?」
「いや、そんなんじゃねえよ。ただ、そうだな。可哀想っていうか、そんな感じだ」
歳三は頭を掻いた。
自分の中の感情に上手く言葉を見つけられないかのように。
そんな歳三をちらりと見て、沖田は微笑む。
「ふぅん。ま、私は別に構わないと思いますね。歳が足りなければ、ニ、三年待てばいいと思いますし。土方さんは男前だからな。想ってくれれば、きっと相手は嬉しいでしょう」
「想うというのとは、ちょっと違うのだがな」
「土方さんにとってはね」
寒いのだろう。
沖田は手をこすり合わせた。
庭へ何となく目をやる。
白いものがちらちらと灰色の空から舞い落ちている。
雪だ、今年初めての。
「目線合わせて話せばたいてい上手くいくもんですよ。頑張ってください」
「おい、総司。これは例え話だからな?」
「分かってますって。あー、寒いなあ、お汁粉でも食べたいなあー」
「まったく……ちょっと待ってろ」