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俺が新撰組だ! 〜土方歳三は最後まで武士です〜  作者: 足軽三郎
第一章 京都にて 〜新撰組、活躍の時〜
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第六話 島原にて

 京都には花街がある。

 その一つは祇園。

 三条大橋の近くにあり、茶屋や遊女屋は高級店が大半だ。

 もう一つは島原である。

 京都のやや南西に位置している。

 やや気安い雰囲気があり、新参者にも敷居は低い。

 新撰組が主に通っていたのは島原の方だった。

 壬生の屯所からほど近いという地理的な理由もある。

 夜にもなれば行燈に火が入り、艶めいた時間となる。


「しかし好きだね、うちの局長は」


 歳三は酒杯を傾けた。

 場所は華屋という遊女屋の座敷である。

 目の前では近藤勇が太夫(たゆう)と踊っていた。

 太夫の三味線は賑やかな曲を奏でている。

 その拍子に合わせ、近藤は自分の芸を披露していた。

 芸といっても一つしかネタはない。

 その大きな口を開け、自分の拳骨を出し入れしている。

 合わせる太夫も手慣れたものだ。

「近藤先生のお口、人間同様大きいわあ」とおだてていた。  

 綺麗どころにおだてられ、近藤はますます調子に乗っている。


「まあいいじゃないか。任務に就いていない時は羽目を外すのもね」


「それはそうですけどね」


 歳三に話しかけた男は「だろう?」と微笑した。

 年は三十歳を少し超えたあたりか。

 穏やかで品のある佇まいが印象的だ。

 この男の名は山南敬介。

 歳三と同じく新撰組副長に就いている。

 剣術の腕も確かで北辰一刀流の免許を皆伝していた。


「そういえば土方君が羽目を外したところは見たことがないな」


「ありませんか」


「記憶にある限りね。君はいつも謹厳実直だ」


 山南の言葉に対し、歳三は首をひねった。

 傍らの太夫が「ふふ、土方はんは真面目どすからぁ」と話に乗ってきた。

 同時に歳三の酒が満たされる。

 歳三は閉口した。

 あまり飲める口ではないのだ。

 しかし断るのも無粋である。

 そろりと飲んだ。

 さらさらとした口当たりが心地よい。


「私は」


 どう答えるか一瞬迷った。

 山南に対して多少忌避する部分がある。

 彼の姿勢を危惧しているためだ。

 北辰一刀流を納める者には尊皇攘夷を掲げる者が多い。

 山南もその例外ではない。

「尊皇攘夷とはいっても倒幕派ではないよ」と言っているため、今は新撰組に属してはいる。

 とはいえ、心底信じるには危うい。


 "こいつは弁が立つ。学もある"


 有能であるとは思う。

 皮肉なことに、だからこそ心を許せない。


「……不器用ですから」


 迷った末、これしか言えなかった。

 芸の無い答え方である。


「不器用かね」


「ええ。少なくとも今は。新撰組をいかに強くすることしか頭にありませんしね。それより山南さん、太夫達がお待ちかねだ。江戸の話でもしてあげたらどうです」


 やや強引に話題を逸らした。

 山南は相好を崩した。

 温厚な性格であり、話好きでもある。

 太夫達も山南の語りには目が無い。

 華やいだ嬌声が上がる。


「やれやれ、困ったな。そうだね、それでは一つ語らせてもらおうか。今日は何の話がいいかな−−」


 山南の注意が歳三から逸れた。

 相変わらず近藤は太夫と戯れている。

 ただ一人、歳三だけが静かにその場に溶け込んでいた。

 こうした華やかな場が嫌いなわけではない。

 女が苦手なわけでもない。

 むしろ好きな方である。

 単純にもてるからという理由もある。

 ただ、のめり込むということがない。

 女に溺れることがない。


「ふふ、土方はんは今宵は誰と一緒に過ごされるん?」


 太夫の一人に言い寄られた。

 白く覗くうなじが見えた。

 渇いた欲が己の中に生じる。

 浅ましい自分を自嘲しながら、彼女の右手に左手を重ねた。


「そうだな。貴女にしようか」


「ま、嬉しいわぁ。ほんに私でよろしいん?」


「無論」


 瞼を伏せた。

 誰でもいいと言えるほど、歳三は正直でも無粋でも無かった。

 シャン、と三味線の音が響く。

 曲に合わせて太夫の唇から小唄が流れた。

 遊女屋の空気が密度をしん、と増していった。


******


 京都の冬は寒い。

 朝は殊更だ。

 遊女屋の一室でも寒気は忍び込んでくる。

 歳三はそろりと目を覚ました。

 隣では遊女が寝ている。

 気崩れた着物から伸びた肢体が艷やかだ。

 何故か気まずくなり、歳三は視線を外した。

 朝に見る顔は夜に見る顔とは違う。


 "起こしては可哀想か"


 歳三は息を潜めた。

 枕元には静かに朝陽が差している。

 その朝陽へと手を這わした。

 畳の縁に指を立て、布団からにじり出た。

 朝陽がほんのりと白く暖かい。

 寝ている遊女をそのままに、部屋の障子を細く開けた。

 廊下に滑り出た。

 板張りの床はよく磨かれており、素足にひんやりと冷たい。

 誰とも会わないまま廊下を進んだ。

 ほどなく足を止めた。


「ほう、硝子(ギヤマン)張りの窓」


 独りごち、手を前に出した。

 透明な水のような物体に触れる。

 この時期、硝子はギヤマンと呼ばれ主に舶来の工芸品に使われていた。

 窓に使われているのは珍しい。

 歳三が目を奪われたのも無理はなかった。


「その窓、綺麗ですよね。陽の光もすっと通ってとっても幻想的なんですよ」


「ああ、そうだな……っと」


 思わぬ声に意識せぬまま返答していた。

 若い女の声だったとしか分からない。

 振り返る。

 歳三から数歩離れた位置で、その女は笑っていた。

 いや、少女と言った方がより正しいか。

 顔には化粧もしていない。

 肌は白いが作り物めいた感は無い。

 黒い髪には艶があり、二つに分けて緩く結っている。

 いまだ幼さが残る瞳が無邪気であった。

 戸惑いながら歳三はただ「何か?」とだけ言った。

 相手は急に慌てたような顔になった。


「あ、すいません、お客様! ずいぶんと窓に魅入られていたので、ついさしでがましい口を! 失礼しました、迷惑でしたよねっ! 立ち去ります、今すぐにっ!」


「いや、別に迷惑では」


 少女は一気に言い切り、パッとその場を立ち去った。

 歳三の言葉も聞こえていなかったに違いない。

 後に残された形になり、歳三はポツンと廊下に佇んだ。

 所在なく、ただ腕を組む。


 "何だったのだ、あの子は"


 そう思った時、不意に寒気を感じた。

 くしゅと小さなくしゃみを一つした後、歳三は鼻をこすった。

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